第496話 対策会議
「それで結局≪竜の吐息≫と≪
赤竜討伐に向かう前のある日。
エモニモの言葉にその場に詰めているアーリ、ネッカ、イエタらがそれぞれ頭を悩ませていた。
その日議題として挙げられていたのが竜の放つ≪竜の吐息≫と≪畏怖たるその身≫の対策と対処であった。
なにせこれを攻略しない事には会った瞬間に全滅である。
年経た竜種を討伐しようとする際に立ちはだかる最初にして最大の難関と言えよう。
ちなみにミエやキャスはクラスクと共に黒板の前で戦場となる現地の地勢や当日の戦術などについて練っていた。
そしてシャミルはまた別の場所でなぜかラオクィク・ワッフ・リーパグと共に何かを話し合っている。
「≪竜の吐息≫対策には〈
「まあ…それが一番確実ですよね」
アーリの提示したのは聖職者の奇跡のひとつで、触れた対象に炎や熱に対する完全耐性を与える呪文である。
これがあれば火山の高熱からも噴出するマグマからも≪竜の吐息≫からも一切ダメージを受けることはない。
まさに火口に巣を構える相手に対する最適の対策と言えるだろう。
問題は高レベルの呪文ゆえ冒険に赴く普通の聖職者などではまず詠唱不可の呪文である、ということだ。
なにせ小さな国であれば大僧正クラスの者が用いる奇跡である。
そんな呪文を、以前確認した折に当たり前のように使えると言い切ったイエタを、アーリは驚嘆の目で見つめたものだった。
「では当日わたくしは〈
「うんニャ。当日の魔力は別に残しておいてもらわないと困るニャ。あんなもん当日に使ってたら魔力が枯渇しかねないニャ」
「ということは巻物でふか」
「そうなるニャ」
「人数分となると製造期限的にはだいぶギリギリになりまふが…とはいえ外すわけにはいかないでふね」
「当然ニャ。ただそうニャると…」
「わたくしの方もある程度かかりきりになってしまいますね」
「ニャー。イエタには他にもやってもらう事がいっぱいあるんだけどニャー」
冒険者、もしくは魔術を扱わぬ者には少々わかりづらいやりとりをするイエタ、ネッカ、そしてアーリ。
彼女らが会話の内容はざっくり説明するとこんな感じだ。
〈
今回のパーティはコルキも含めて六人と一匹だから、つまりこの呪文をイエタは七回唱えなければならぬ。
だが〈
当日の魔力をこれに注いでしまうとイエタがその日使用できる回復呪文が大幅に減ってしまう。
ゆえに突入する前にネッカの≪魔具作成(巻物)≫によってこの奇跡をあらかじめ巻物に書き記しておき、当日はそれを読むだけで呪文効果を発動させるようにしてイエタの魔力を温存しよう、と言っているわけだ。
ただこれにも問題がある。
イエタは≪魔具作成(巻物)≫のスキルを所持していないため、彼女の呪文を巻物に書き記すためにはそのスキルを有しているネッカの協力がなくてはならぬ。
七人分ともなればかなりの分量だ。
二人がかりで最低でも数日はかかりきりとならざるを得ない。
それはつまりただでさえ術師として作業の多い二人を同時に長時間拘束してしまう、ということに他ならぬ。
ネザグエンも巻物作成をのスキルを有してはいるだろうが、彼女は彼女で別口の魔具作成を依頼しておりそれにかかりきりとなっていて納期もギリギリ、追加でこれを頼むことは難しい。
「とはいえ必要な準備ですよね…」
「そうだニャー。やっぱり予算と時間をこれ専用に計上しないとダメニャ」
「わかったでふ。とりあえず予定をねじこんでおきまふ」
「ええとま・ぐ・さ・く・せ・い・の・お・て・つ・だ・い…と」
アーリの返事を聞いてネッカがさらさらと己の計画表に追記する。
そしてイエタもまた羊皮紙に自分の拘束時間をメモしていた。
「で≪竜の吐息≫の方はいいとして…≪
エモニモの発言にイエタとネッカがそれぞれ反応する。
そしてそれぞれ専門分野としての知見を述べた。
「比較的初歩の奇跡ですと〈
「ホントなんでもできんだなあの呪文。便利だわ」
脇で聞いていたゲルダが実に傭兵らしい意見を述べ、イエタが嬉しそうに手を合わせる。
「はい! 女神さまの奇跡が貴女の利便に適っていたのなら幸いですわ」
もしミエがその会話を聞いていたら少々違和感を感じたかもしれない。
神というのは利益や利得によって捉えるものではなく、ただ信仰心によってのみ繋がるべきだと彼女の世界では言われていただろうからだ。
だがこの世界に於いては
神は実在する…これについてはミエの世界についても議論の余地があるが…その上で、神と信者は相互利益の関係にあるからだ。
信者はその信仰心によって神の力を借り受けて奇跡の御業を行える。
神は信者の信仰心によってより強大な力や権能を得る。
信者だけでもなく、また神だけでもない。
互いが互いを必要としているのである。
ゆえにこの世界に於いて神の力が有用だ、と認識され流布されることは神にとって明確なメリットとなる。
それにより信仰を始める者も少なくないからだ。
ゆえに神の力や奇跡が『便利』と語られるのは、この世界の聖職者にとっては嬉しく誇らしいものなのである。
「ですが〈
エモニモの問いかけにイエタが小さく首を振る。
「…そういう話であれば〈
「そうなのですか? 確か魔族に与えられた恐怖を従軍の聖職者がその呪文で…」
「それは抑止しているのです。恐怖に陥った者の精神を、その呪文の続く間だけ」
「なるほど…? それでは確かに竜と戦うには不向きですね」
〈
だが抵抗力を上げるだけでは竜の放つ圧倒的恐怖を跳ね除けられるとは限らない。
そしていざ恐怖に陥ってしまえばそれを抑止すべくイエタがさらに重ねて呪文を唱えなければならぬ。
なによりイエタが恐怖に陥ってしまえばこの復帰方法すら瓦解してしまう。
それでは竜と戦うには間に合わぬ、というのがエモニモの意見である。
「魔導術でも〈
「使えるかニャ?」
「詠唱階位には達してまふがネッカの魔導書にはないでふ」
「それはまあ買ってくればいい話ニャ。すぐに書き写すニャ」
「気軽に言ってくれまふね!」
〈
その上位呪文である〈
ただし当然高位の呪文なのでいざ購おうとすると巻物一本でもとてもお高い。
定価でも金貨千枚は超えるだろう。
かつて低レベルの呪文すら買おうか買うまいか延々と頭を悩ませていたネッカにとって、この街の環境は今でもだいぶ刺激的なようだ。
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