第493話 人造兵攻略法

人造兵ゴーレム!? 人造兵ゴーレムがいるのか!」

「はいでふ。数は四体。それぞれ部屋の四隅にいまふね」


キャスの驚きにネッカが冷静に返す。

そして先ほどの巻物の続きを広げた。

≪魔具作成(巻物)≫のスキルは、同じ巻物に幾つも呪文を書き記すことが可能なのだ。


「一応は人造兵ゴーレム対策もできまふけど…」

「四体…てことはが真下に来てたってことニャ? …出入口はどこニャ。東西に一つずつかニャ?」


アーリは何枚もの羊皮紙にびっしりと書き込まれた見取り図のようなものをとっかえひっかえ眺めながらそれを組み替えたり90度回転させたりしつつ眉根を寄せ…すぐにぴぴんと尻尾を立てた。


「占術通りニャ…! これでパズルのピースが揃ったニャ…!」


アーリはその羊皮紙の束を胸の隙間に突っ込むと床に空いた穴を指さしながら説明する。


「この下の部屋はだニャー、どっちの扉から入るにしてもその手前の通路が長めになってて致死性の毒ガスが充満してるニャ。息を止めて通路を駆け抜けて急いで部屋に飛び込むと待ち構えてた人造兵ゴーレムに殲滅されるニャ。慌てて逃げだすと毒ガスの中で息が切れてやっぱり死ぬニャ。なんとか耐えられても息もしない毒も効かない人造兵ゴーレムが延々と追っかけてきてやっぱり叩き潰されるか踏みつぶされて死ぬニャ」

「ふむ、なかなかにえげつない仕掛けだな…」


アーリの説明にキャスが妙に感心した風の表情を浮かべる。

本来であればもっと嫌そうな顔を浮かべるべきなのだけれど、戦術的によく練られているとつい感心してしまう性質たちなのだ。


元来エルフにとって奇麗な空気や水というのは森の木々同様ある種保護すべきものであって、それが汚されるのは耐え難いといった感覚が強いはずだ。

純粋なエルフ族でないキャスだからこその感覚かもしれない。


「つまり私たちはその毒ガスを気にしないで人造兵ゴーレムさん達を倒せばいい…?」

「うんニャ。もっと楽だと思うニャ。人造兵ゴーレムに複雑なことをさせようと思ったら製作者が常に近くにいて指示し続ける必要があるニャ。なんせ直近の命令しか従わないからニャー。だから製作者がいニャイ時は単純な命令一種……つまり最後に受けた命令に延々に従い続けるニャ」

「さっき居住区で仰ってましたよね」


イエタの言葉にアーリがこくりと頷く。


「ニャ。で人造兵ゴーレムにできる指令はあんまり複雑にできニャイから…連中への命令は『扉を開けた奴を殺せ』とか『扉から入ってきた奴を殺せ』と考えていいと思うニャ」

「「「あ……!」」」


がばちょ、と全員で身を乗り出し部屋の中央の穴から下を覗き込む。


「なるほど…! 我々はわけではないから…」

人造兵ゴーレムの起動条件を満たさない!」


キャスとミエが互いに相手を指さし合って言葉を繋げる。


「…アーリ様アーリ様。それだと『この部屋への侵入者を殺せ』って命令の可能性もあるのではないでふか?」

「それも考えたんニャけど、この人造兵ゴーレムに命令変更とかメンテとかする時、たぶん製作者は毒ガスの通路使わずに直接ここに〈転移〉してくると思うのニャ」

「成程。確かに部屋への侵入者を無差別に、だと製作者も攻撃対象になりまふね。製作者とお弟子さんを除外して…とかまでするとになっちゃいまふし」

「ニャ。だからほぼ扉が条件と考えていいと思うニャ。この迷宮の内壁はかつての大魔導師イヴェルク以外現状ネッカ以外通過できないし、そこまで考慮された条件にはなってないはずニャ」


納得し下がるネッカの横から、背から斧を外しながらクラスクが前に出た。


「つまり無抵抗ノ石像をぶん殴れっテ事カ?」

「うんニャ。人造兵ゴーレムは攻撃されたらその相手は敵と認定するニャ。だから結局戦闘にはなるニャ。ただ…直接攻撃されない限り敵とは認定されニャイから、他にちょっかいかけなければ常に一体ずつ相手できずはずニャ」

「ナルホド。しかも攻撃されナイ限り反撃シナイッテ事ハ初撃はこちらが取れルわけか。ダイブ楽ダナ」


つまり普通に扉から入ってきた冒険者の場合扉を開けると同時に動き出す石の人造兵ゴーレム四体との死闘になるところを、一体ずつ各個撃破できる上にどの人造兵ゴーレム相手でも先手を取って攻撃できることになる。

確かにだいぶ有利な条件だろう。


「とは言っても石の人造兵ゴーレムは強敵ニャよ」

「わかっテル」

「ええと…確かあの竜と同じで物理障壁? っていうのを持ってるんですよね」

人造兵ゴーレムに関してはどうにかできると思いまふ。種類にかかわらず人造兵ゴーレムの物理障壁の除外条件オトゥグヴォ・グレートは決まってまふから」

「年経た竜種みたいに誰の弱点がなんなのか個体によってニャンて出鱈目はそうそういないからニャ」

「ならネッカにドウニカシテもらうトシテ…」


クラスクは脳内であの巨大な石像との戦いを想像してみる。

呪文は効かない。

武器で殴るしかない。

先ほどの歩きからからして動きはやや緩慢。

ただ石像だけに一撃一撃はかなり重そうではある。


「…ネッカ。人造兵ゴーレムには殆ドの魔術効かナイ」

「はいでふ」

「デモ俺や俺の武器にかける魔術ならアイツに効く」

「はいでふ。その場合呪文効果自体はクラさまや武器に発現した時点で完了してまふから」

「つまりあの石像を対象にとってナイ、範囲にも含マナイ呪文なら問題ナインダナ?」

「そうなりまふね」

「それナラ…」


クラスクはネッカに軽く耳打ちして、ネッカが目を丸くする。


「デキルカ」

「はいでふ! やってみまふ!」

「ヨシ」


クラスクは斧を構え、部屋の中央の穴の前に立つ。


「キャス、行けルカ」

「ああ」

「ミエ、コルキを使イタイ」

「はい! じゃあコルキ、旦那様の言う事よく聞くのよ。頑張って」

「ばうっ!」


言われるがままにコルキから降りたミエはコルキを軽く撫でながら激励する。

コルキは嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振りながらヘッヘッヘ…とクラスクの隣までやってきて座り込んだ。


ネッカはクラスクとキャスに対人造兵ゴーレム用の付与魔術をかけ、その場にて待機。

クラスクはキャスとコルキに軽く作戦を説明すると、そのままロープも使わずに階下へと飛び降りた。


「まずはコイツダ」


クラスクは壁の一角に陣取って微動だにしないその高さ10フース(約3m)近い石像を指さす。


「ネッカ! 行くゾ!」

「はいでふ!」


クラスクは頭上のネッカにそう告げると…


「ヨーシコルキ、遊ブゾ!」

「ばうっ!?」


尻尾をぶんっと振ってコルキが瞳を輝かせる。


ダ。こいつを転ばせタまま倒せタら俺達の勝ち。立ち上がったらコイツの勝ち。行けルナ?」

「ばうっ!」


あそび! あそびだー!

と大喜びでその石像の脚に噛みつくコルキ。

当然攻撃とみなされてその人造兵ゴーレムが起動する。


…が、コルキとは逆側のクラスクがもう片方の足を掴んでめきめきとその腕に血管を浮かび上がらせた。

二人…もとい一人と一匹がかりで人造兵ゴーレムを転ばせようというのである。


通常こんな攻略法は存在し得ない。

なにせ石の人造兵ゴーレムである。

このサイズの石製の人造兵ゴーレムであれば重量は2000~2500ヴィアム…つまり1トン前後だ。

必死になって持ち上げようと足掻いている間にその石製の巨大な拳に殴られて肉の塊になるのがオチである。



だというのに……その人造兵ゴーレムはずるりと足を取られ、地響きを立てながら見事にすっ転び、壁にその上体を叩きつけた。



「ヨシ! 遊び開始ダ!」

「ばうっ! ばうばうっ!」


コルキが目を爛々と輝かせてその人造兵ゴーレムの足元にまとわりつく。

その間にクラスクとキャスは武器を抜き放ち、その人造兵ゴーレムへと叩きつけ、或いは突き刺した。


「ム!」

「ほう、攻撃が通るな!」


強靭な物理障壁を備え、ほとんどの物理攻撃をその身に届く前に弾くはずの人造兵ゴーレムの外鎧に、クラスクの斧とキャスの細剣が突き通った。

とはいっても本体自体が硬い岩なので簡単に破壊はできないけれど、少なくとも攻撃が通らないという事はなさそうだ。


「ハハハハハハハハハ! 殴ル! 殴ル! 殴ル! 殴ル!」


機嫌よく斧で人造兵ゴーレムを殴り続けるクラスク。

≪血餓≫の曰くを持つ斧にとって血を流さぬ人造兵ゴーレムは相性のいい相手とは言い難いけれど、単純な魔法の斧としては十分に有用だった。


クラスクを殴ろうとする人造兵ゴーレム

だがその重々しい拳をクラスクはぴょんと上に跳ねてかわし、平気な顔でその胴体に斧を打ち込む。


倒れたままではろくに攻撃できぬと起き上がろうとする人造兵ゴーレム

だがそれができぬ。


それどころか尻尾をぶるんぶるん振りながら片足に噛みついたコルキがその足をひっぱり振り回すと、人造兵ゴーレムはよろめきながら再び転倒した。


どずん…と重い地響き。

左右から続く攻撃。


だがこれだけの重量の人造兵ゴーレムを、いかに魔狼と言えどこれほど容易く転ばせることはできないはずだ。





それは魔導術。

クラスクに頼まれネッカが放った魔導術。






実に単純にして明快な…人造兵ゴーレム最大の欠陥である。






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