第492話 ショートカット

ミエたち一行が入った部屋はだいたい40フース(約12m)四方ほどの部屋で、調度もなければ怪物もいない、そして宝箱のような目ぼしいものもないといったいわゆる『空き部屋』である。


そして入ってきた扉以外にどの壁面にも扉が見当たらぬ行き止まりでもあり、さらに今度はミエの背後でその入ってきた扉までが消え失せた。


「あのー…アーリさん、扉がいきなり消えちゃったんですけど…」

「まーそういう仕掛けだからニャ」


そして扉が閉まると同時にゴゴゴゴ…と地響きがして部屋全体が揺れはじめ、ミエたちが入ってきた扉から見て右側の壁がゆっくりと彼らに迫ってくる。


「あのー…アーリさん、なんか壁がこっちに迫ってきてるんですけど…」

「まーそういう仕掛けだからニャ」


地響きは続く。

壁がどんどん迫ってくる。


「この壁もしかして私たちをぺしゃんこにしようとしてません?」

「まーそういう仕掛けだからニャ」

「そういう仕掛けだからじゃなないですーっ!?」


渾身の突っ込みを入れるミエ。

背中の御主人の異常事態を察したのかコルキはその迫る壁目がけ突進し(ただしミエごとだが)、後ろ脚で立ち上がると壁をカリカリと爪で引っ掻いた。

だがそんなことではびくともせず、壁はさらに迫る。


今度は四つ脚になって壁に首を当てぐぐいと押し返そうとする。

当然ながらまったく効果がなく、壁はさらに迫ってくる。


「キャインキャイン!」


遂に音を上げたコルキは慌てて逆側の壁へと退避して尻尾を巻いてクラスクの背後に隠れくぅんくぅんと情けない声を上げながら小さくなった。


「…ドうすルンダこの壁。壊すのカ」


コルキを投でながらクラスクがアーリに尋ねる。

少なくとも見た目に一切動じた気振りはない。


ただコルキの背の上でこちらも撫でられたそうに期待に満ちた瞳で己を見つめてくるミエにはわずかに動揺したけれど。


「心配ないニャ。ニャ」

「む…?」


アーリが肩をすくめそう告げるとほぼ同時に、キャスが迫りくる壁の動きの変化に気づく。

等速で迫ってきた壁はちょうど部屋の中央でぴたりと静止し、その後しばらくその場に留まったのちゆっくりと元の位置へと戻っていった。


「…背後の壁から微かな異音がするな。つまりこれは本来両方の壁が中央で犠牲者を圧殺するための罠か。既にお前が片方を止めていたというわけか」

「正解ニャ」

「もぉ~~~~それならそうと早く言ってくださいよ!」

「ばうばう! ばうばう!」


キャスの問いにアーリが頷き、ミエが至極もっともな抗議をする。

そしてその下でコルキが「そうだそうだ! ごすもっといって!」とでも言いたげに吠えたてていた。


「じゃあ片方の作動を止めたのってアーリさん?」

「そうニャ。一通り入ると扉が消えて扉が消えると罠が作動する仕組みニャからさっきミエには扉のトコに陣取ってもらったニャ」

「それならどっちの壁も止めればいいじゃないですかー!?」

「ばう! ばうばう!」


ミエの渾身のツッコミを、だがアーリは平然とやり過ごす。


「そうもいかんのニャ。罠を作動させとかニャイとホレ、先の通路が出てこないニャ」

「あ……」


アーリが指さした先、先ほどミエたちが入ってきた扉の対岸の壁には、いつの間にやら金属製の扉が出現していた。

そして先ほど消えたはずの元来た扉も。


「前みタイに隠シ扉を見つけル要領デ見つけられナイのか」


クラスクがその扉を指さして尋ね、ミエとコルキがぶんぶんと首を縦に振る。


「それがここの壁は罠が作動し終わるまではホントにただの壁なのニャ。おそらく罠が作動し終えたタイミングで扉自体が転移してくるんだと思うんニャけど…」

「それは高度な魔術でふね!」


しばらく黙したまま壁や床の石造りを熱心に観察してたネッカが高い魔導技術に喰いついてくる。


「なるほど…つまり先へ進むためには無事に生き延びなければならんわけか…」

「アーリさんがいなかったらどうやって対処したらいいんですこれ」

「そうでふね…全員ガス化するとか全員液状化するとかして潰された上で元に戻れば…」

「それで火山まで通路が繋がってるって言い張るのずるくありません!?」


ミエの心からの絶叫が部屋の中に反響した。

特に反論する者はいない。

皆ミエの言葉を実にもっともだと思っていたからである。


「さ、先に進むニャ」

「次は勝手に閉まる扉とか迫る壁とか勘弁ですよー」

「ばうー」


アーリの先導で次の部屋へ向かう一行。


「…ここは覚えがあるニャ。おそらく罠もなんにもない空き部屋ニャ」


辿り着いたのは先ほどより一回り小さい、30フース(約9m)ほどのこれまたがらんとした空き部屋である。

扉は彼らが入ってきた方角の正面、および右側の壁の中央にあった。



…少なくとも目に見える範囲では。



「よく覚えてますね…」

「前に来た時はここで夜営したからニャー」

「「あー」」


安全とアーリに断言されたことで一同は多少が解けたのか、各々少しリラックスしながら壁に背もたれたり背筋を伸ばしたりする。


だがアーリだけは床に耳を付け、中指の第二関節でコンコンと叩き何やら音を聞いている。

そして瞳孔を縦に開き、尻尾をぴぴんと立てて髭を揺らした。

どうやら興奮するような何かがあったらしい。


「どうした、アーリ。何か聞こえたのか?」

「ニャ。だって話ニャ」


埃をはたきながらアーリが立ち上がる。


「さっきこの迷宮は幾つかのパーツを定期的に組み替えてるって話をしたニャ」

「はい」

「都市にエネルギーを届けるため必ず火山と都市が繋がってる迷宮ができる、って話ですよね?」

「そうニャ」


イエタとミエの返事にアーリが頷く。

ただミエ的には迫る壁に完全に押しつぶされないと先に進めない部屋はあまり『繋がってる』とは言いたくなかったけれど。


「でこのパーツはてんでバラバラじゃなくてある程度決まった法則があるんじゃニャイかってのがアーリの推測だったニャ」

「それについても確かあのいただいた羊皮紙の質問にありましたね」

「念を入れてネッカも占ったでふね」

「そうニャ。二人の占術のお陰で正攻法のだけじゃニャくてある程度も見えてきたんだニャ」

「縦の…?」「繋がり…?」


アーリの言わんとすることがよくわからず、ミエとイエタが顔を見合わせる。


「簡単に言うとこの後の『正しいルート』はこっちの扉をくぐってあと十二の部屋を抜けた先ニャ」

「じゅうに…」


アーリの指さした先の扉を見つめ、先刻の部屋のようなギミックを想像してげんなりするミエ。

何せ部屋は12だとしてもその途中途中の迷路にも面倒な罠があるに違いないのだ。


「…けど、その先の階段を降りて下の階で幾つかの部屋を抜けた先の部屋が、ニャ」

「「「!!」」」


アーリが指さした床を、一同が目を瞠って見つめる。


「でこれまたイエタに事前に調べといてもらった奴ニャけど…」

「この迷宮の内壁は外壁に比べて魔術セキュリティが甘い、でふね」

「ニャ」


ネッカが巻物を取り出して詠唱の構えをし、アーリがニヤリと笑う。


「外からの侵入を防ぐ外壁と違って、内壁は『ドワーフ』かつ[魔導師』の条件を満たしていれば呪文が通るニャ。現代にそんな変わり種パーティはまず存在しないからほぼ無意味なセキュリティの『穴』ニャけど……うちらは違うニャ」


ニヤリ、と笑ってそのドワーフの魔導師に視線を送るアーリ。


「せっかくだからその利点を最大限活用させてもらうニャ」


アーリが指先でざっと床をなぞり、ネッカが小さく頷く。


我が命に従い展じて開けファイク・ブセラ・フヴァウェス・ユゥーク・エドヴェス 『地変式・壱イヴェグルクィリ』 〈泥化イクォウ〉!」


ネッカの詠唱と共に床の中央部分がちょうど10平方フース(約3m四方)ほど茶色く変色し、そのまま床が抜けるように下方へ落ちて行って…少し経ってから下方でべちゃりと音がした。


「これでだいぶ踏破時間を短縮できるニャ」

「「「おおー」」」


ふふんと胸を逸らすアーリに一同が感嘆する。

だが…床に空いたその大穴を覗き込んで、ネッカがやや物騒なことを呟いた。







「これ…下に魔力反応がありまふね。おそらく人造兵ゴーレムかと」







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