第491話 魔術パイプライン

アーリがその通路の前で何かの道具を取り出し壁面を指でなぞっている。

時間にしておよそ10秒程度だったろうか。


「今から解除するんニャけど…アーリはただの盗族ニャから機械式とかと違って魔法の罠は完全に解除できないニャ。せいぜいちょっとの間作動させないようにできるだけニャ。念のためネッカは〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉で魔力確認、問題なければアーリの合図でとっととここを抜けるニャ。いいニャ?」

「わかっタ」


クラスクの返事でアーリが壁の一部を指でさすり、針金のような道具でそのあたりを引っ掻く。

と同時にネッカが目を丸くして呟いた。


「防御術が消えて前方が視認可能になったでふ!」

「さ、今の内にゃ。時間が経つと〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉が復活するニャ」


アーリに急き立てられ慌ててその一角を抜ける一同。

特にコルキは通り抜けた後何度も驚いたような顔をして背後を振り向き振り向きして警戒していた。


何かを感じていたのだろうか。

それとも自分が何も感じなかったことが怖かったのだろうか。


「フウ、魔法の罠は厄介だニャ」

「その厄介なのを短い時間とはいえ無効にできる方が怖いんですけど…?」

「ミエ何言ってるニャ。魔法の罠なんて高難度の迷宮歩けばあちこちに転がってるんニャから、それを解除できなかったら盗族連れてく意味がないニャ」


それは確かにそうなのかもしれないけれど、それにしても指先の技術で魔術的な仕掛けを無効にできるとは一体どんな理屈なのだろうか。

ミエは感心と驚嘆でまじまじとアーリを見つめた。


「ふんふん…やっぱりニャ。こっちのルートで正解ニャ」

「わかるのか? さっき通路が可変式で前と構造が違うと言っていただろう」

「確かに前とは違うんニャけどとは言ってないニャ」

「む…?」


謎かけのようなアーリの返答にキャスは眉をしかめる。


「そもそもこの迷宮はなんのために存在するニャ」

「迷宮…っていうのはこの形を変える下層部分の事ですか?」

「ニャ」


ミエの問いかけにアーリが肯首する。


「はい! はい! アーリンツ様! はい!」


と、そこにぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら挙手をして発言を求めたのはイエタである。


(あかわいい)

(かわいいでふー)

(これはかわいいやつニャ)


思わず感心する女性陣一同(一名除く)の前で、イエタが得意げに力説する。


「さっきアーリンツ様御自身が仰っててました。火山の方から侵入してくる外敵を排除するため…!」

「その時ついでにこの街の住人…というかメンテ要員が火山に行くニャら壁にかかってる魔術防壁をすり抜けて直接呪文でひとっ飛びすればいいとも言ったニャ」

「…はい、仰ってましたね」

「自分たちがこの迷宮を通る必要がないニャら、そもそも閉じればいいと思わニャイか? わざわざ迷宮を造らニャイで、壁で隔てればそれで済むじゃニャイか?」

「……はい。仰る通りですね」


「…? ?」と頭上に疑問符を浮かべながらすすす…とイエタが下がる。


「ということは…この街のかつての住人さん達が利用してなくて、でもがある、ってことですよね」

「ニャ」


ミエの呟きにアーリがこくりと頷く。


「……火山の地熱があの街の動力源テ前に言っテタナ。ドウやっテ運んデルんダ?」


そしてクラスクの素朴な疑問にミエとキャスがハッと顔を上げた。


「そっか! ! 火山から上の街までエネルギーを運ぶが必要です!」

「! なるほど…熱耐性がある生物や熱耐性を付与する魔術によって直接その導管を直接抜けられる恐れがあるわけか。だが同時にそのルートを閉じることはできない。文字通り街のだからな」

「正解ニャ」


にやりと笑ってアーリが天井を指さす。


「そのエネルギーの流れは、この下層の迷宮ワムツォイムの天井や壁面に付帯している異空間を通ってる考えられてるニャ。別次元を通すことでそこからの直接侵入を防ごうとしたわけだニャ。まあこれはシャミルとネッカが読み解いた古文書から判明したことなんニャけど…」

「でふでふ。隣接している次元界にエネルギー管を退避させても、そのエネルギーの流れを街へと繋ぐ導線自体は切れないんでふ。そうでないと別次元界に送ったエネルギーがそのまま行き場をなくしてその外の次元界で放散してしまいまふから」

「そニャ。で途中に障害物を入れると街への燃料供給が滞るからそっちはそのままにして、それと付随して作らざるを得ない通路の方は複雑な可変構造にして、人造兵ゴーレムやら罠やらを満載にして侵入者を叩き潰すって構造になった、というのが現状の仮説ニャ」

「「「おー」」」


アーリの説明に一同が感嘆する。


「すごいです! まるで直接古代の人に直接聞いてきたみたいに!」

「古代人じゃニャイけど、神様には直接聞いといたニャ」

「あー……」


そこまで言われてミエは今更思い出した。

そういえばアーリがイエタにフローチャートのようなものを渡して毎日毎日神様にお伺いを立てさせていたことに。


「アレの中に入ってたんですね…」

「まあ後から判明した事実を確認するため質問にはマージンを用意しといたからニャ。最終日に滑り込みで確認させてもらったニャ」

「ナルホド」


アーリの説明にクラスクがフムと頷く。


「つまりドンナに面倒デモ厄介な敵がイテモ、ッテ事ダナ」

「ニャ!」


我が意を得たりとアーリが頷く。


「で最初の話に戻るニャ。この下層部分は可変構造になってるって言ったんニャけど、10フース(約3m)くらいの小さなブロック単位で組み変わってるわけじゃないニャ。さっきのエネルギー管? だかの関係である程度大きな区画単位で組み変わってるニャン」

「区画?」


きょとんとしたミエの問いに、アーリは片目を閉じて得意げに語る。


「ニャ。そして…ニャ」

「ああ…それも確かあの紙の質問にありましたね。先ほどの質問といい、説明されてようやく意味がわかりました」


アーリの説明にぽむ、と手を叩いたイエタがようやく得心がいったらしく顔をほころばせた。


「ええと…ってことは毎回組合せはバラバラでも正解のルートには必ずこの罠がある、とかー必ずこの扉が横にある曲がり角を曲がる、とかー必ずこの部屋を通る、みたいな共通点があるんですね?」

「正解ニャ。それも神様に確認して言質げんちは取ってるニャ」

「言質て」


呆れるミエの前を歩きながら、キャスが通路の前方を見据えつつ答え合わせをする。


「つまり…今我々が向かっている先がその『正解のルート』なのだな?」

「絶対とまでは言い切れないけどニャ。〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉の先は以前来た時も通った通路ニャ。このまま進めば扉が……お、あったニャン♪」


アーリの言葉通り、前方に金属製の古めかしい扉が現れた。


「罠はニャイからそのまま入るニャン」


アーリが無造作に扉を開けて中に入り、皆もぞろぞろとそれについてゆく。


「ささぐぐーって入るニャ入るニャ。あミエだけストップニャ!」

「ふぇ!?」

「ばうっ!?」


パーティー最後尾のミエがコルキに乗ったまま後に続こうとするが、なぜかアーリに止められちょうど扉をくぐりかけたところで足止めされる。

コルキは待てを言い渡された犬のようにそこにぺたんと座り込み、尻尾をぱたぱたさせながら大人しく待機した。


「よし、と。もう大丈夫ニャー」


アーリはそのまま一方の壁の方に歩き何か壁をまさぐった後ミエに手招きする。

自分たちが何かをしでかしたのかと少し不安だったミエは、コルキの頬を撫で立ち上がらせると安心して部屋に入った。


…そして、おもむろに背後の扉がばたんと閉まって、そのまま掻き消すように消えたのだ。






「……ふぇ?」






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