第490話 罠・罠・罠!

一行は隊列を組んで迷宮を進む。


先頭は盗族のアーリで、単独にて20フース(約6m)ほど前を歩きながら一行を先導する。

何かあったら片手で一行を制し、対処法を説明してから再び進む。


その次に続くのはクラスクとキャス。

いわゆる戦闘が役目の二人だ。

その背後にはイエタとネッカが控え、最後尾にはコルキとその背に横座りしているミエが続く。


本来純粋非戦闘要員であるミエのような存在を迷宮に連れ込む際にはその前後に戦力を置いて挟み込むような形にするのが最も安全性が高く、戦力面で考えるなら耐久度が高く戦闘訓練も積んでいるネッカが最後尾を務める、という組み方もある。

ただしこの方法だとネッカの前方に巨大なコルキの尻(そしてなかなかの肉置ししおきをしているミエの尻)が控え、前方を見通せない。


不測の事態で急な戦闘となった際、魔導師が戦場をすぐに確認できないのは大きなデメリットになる、ということで最終的にこの隊列が採用された。

この迷宮の構造上背後から襲われる危険が低いこと、さらには野生の勘を備えたコルキを従えている事などもその後押しとなった。


「というかアーリさんが一人だけ先を進むんですね。私てっきり旦那様かキャスさんが先頭を歩くものかと」

「そーゆー隊列もありにはあるけどニャー。戦士は戦闘に強いけど罠には弱い。盗族は罠に強くて戦闘でも生き延びやすい、って考えれば盗族が先頭の方がいいと思うニャ」

「なるほどー」

「まフツーの盗族と違ってアーリは戦いはからっきしニャから危ないと思ったらすぐにクラスク達と交代するつもりニャけど」

「わかっタ。すぐに交代すル」

「ケーキはケーキ屋に任せろ、という事だな」

「こっちではケーキ屋なんですね…まあ確かにお餅はライスケーキって言いますけど…」


クラスクがぶんぶんと頷き、隣のキャスが軽く細剣の使を叩く。

そしてミエは些細な事でここが己がいた世界と違う事を思い出していた。


「ともかく二人とも頑張ってくださいねー!」

「頑張ル!」

「ああ。言われるまでもない」

「…と、ストップニャ」


ミエの≪応援≫にクラスクとキャスが頷いたところで、アーリが後方に掌を突き出して後列の歩みを止めさせる。


「右にある扉の向こうの壁には〈発狂の紋章ユロヴァクヴォ・デ・ケピュイック〉が刻まれてるはずニャ。見たら発狂して近くにいる奴に誰かれ構わず襲い掛かる危険な魔法罠ニャけどそもそも見なければ効果ナシニャ。扉は開けずに、覗き穴があるんニャけど無視してそのままこっちにくるニャ」

「「はーい!」」

「ばうっ!」


ミエとイエタが同時に返事をして、慌てて口元を押さえる。

コルキもつい返事をしてしまった後で、主人の様子を見て己のミスに気づき尻尾を垂らしてくぅんと力無く鳴いた。


「うちらは探索に来たわけじゃニャくてさくあまで先に進む……ってクラスクなにやってるニャー!」


扉の横を通り過ぎようとしたとき、クラスクは扉の中央についた覗き穴をじいと見つめ、腰をかがめて覗き込もうとしたところをアーリにこっぴどく叱られた。


「クラスクが暴れ出したらうちら全滅ニャ! わかってるのかニャ?!」

「わかっテル。つい出来心」

「出来心でやるんじゃないニャー!」


ずんずんと戻ってきてすかぽんとクラスクを殴りつけて再び元の位置に戻るアーリ。


「ホント! もう! 気を付けるニャ!」

「わかっタ」


アーリの剣幕に押されこくこくこくと幾度も頷くクラスク。

普段あまり見られぬそんな様子に、ミエが物珍しげに瞳を輝かせ夫を見つめていた。


「こんな旦那様も…新・鮮!」

「ミエ様はお強いでふね…」

「ばう! ばうばう!」


その後も壁に隠された弩弓や自動開閉の落とし穴、吊天井などといった罠をアーリの助言で無傷でやり過ごしてゆく一行。

多少の緊張もするが怪我の危険は一切なく(落とし穴の横を抜けるときだけコルキがその狭さに閉口していたけれど)、むしろ拍子抜けするほどに順調に先へと進んでゆく。


「ていうか壁に隠されてた弩から矢が撃ち出されるっていうさっきの罠、撃ち切ったらもうそれで終了ですか? ならもうとっくに弾切れになってるんじゃ…?」

「ふむ、ああいう機械式の罠は通常定期的に巡回して矢弾の補充を行うものだが…ここにはもう補充をする者もいなかろう。いやもしかして人造兵ゴーレムがその役を担っているのか?」

「えええええええええ…凄いですね!」


キャスの返事を聞いてミエが目を丸くする。

その背後でイエタが定期巡回する人造兵ゴーレムがせっせと矢を補充する様子を思い描いていたが、その様子は随分と牧歌的であった。


人造兵ゴーレムは単純な命令や力仕事は得意ニャけどそういう細かい作業はどうかニャー」

「どちらかというと〈小製作ヴェオライクス・ケヴォー〉あたりの呪文で矢を定期的に生成してるのかもしれないでふね。それなら一度矢を造るようにセットさえしておけばあとは魔力がある限り補充できまふ」

「ふぇ? 矢を創造してるってことですか!? あー…でも…あー…」


ミエが一瞬仰天するが、考えてみればネッカの得意とする〈石壁創成イヴェルク・デ・カム〉や彼女は習得していないと言っていた同系統の〈氷壁創成イソ・デ・カム〉と言った呪文は壁を生み出したらそこで呪文が終わっているという。

つまり石の壁も氷の壁も一度生み出されたらそのままそこに残り続けるのだ(まあ氷はいずれ溶けるだろうけれど)。

これも魔導術によると考えていいだろう。


「でもこう石の壁みたいな剥き出しの素材じゃなくって矢みたいなものまで造れちゃうってのはすごいですね…」

「いえ実はミエ様の懸念されてる通りでふ。実際の〈小製作ヴェオライクス・ケヴォー〉の呪文は矢を創造する際なんでふ。この呪文で作れるものは多種多様でふが、結局製作技術を持ってる魔導師自体が少ないので、あまり有効活用されることはないでふね」

「なるほど…?」

「なので先ほどの罠はおそらく『製作者の矢弾作成の技術』ごと罠に込められてるんだと思いまふ。流石に古代の仕掛けでふね」

「なんかさらっと怖いことを聞いた気がしますー!」


古代魔法王国の魔法技術に戦慄したミエは、直後コルキの背中に突っ伏しそうになった。

コルキが急停止したためである。


「? なにかあったんです?」


ひりひりする鼻面をさすりながら涙目のミエが前方を確認した。

先頭にいるアーリの前で通路が直進と左折の二つに分かれており、アーリがこちらに待ったをかけているのだ。


「ここから直進するんニャけど、ちょっとだけ待つニャ」

「なにかあるんです?」

「…さっきネッカが〈魔導師の目イユィフクジョーム〉でここを見通せなかったニャ。調べてもらったら系統は防御術だったニャ」

「ええっと…」


ミエとイエタがネッカとキャスの背後から身を乗り出すようにして確認するが、アーリの背後の通路はごく普通の通路にしか見えぬ。

ランタンの灯りで照らすこともできるし、視界も確保できている。

肉眼では特段おかしな風には見えぬ。


「探知魔術で見通せなかったということはそこに強い探知対象がある、ということでしょうか。聖職者が〈邪悪探知リューポ・スゴソゥ〉の呪文を唱えた時、とても邪悪な存在がいると眩しすぎてよく見えなかったりしますし」

「イエタが正解ニャ。おそらくここには目に見えない〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉が張られているニャ」

「キブコフ…ええっと発音的に解除系の呪文でしょうか?」

「よくわかりまふね!?」


ミエが人差し指を顎に当てて呟き、前で聞いていたネッカがぎょっとして振り返った。


「はいでふ。〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉は不可視の〈解呪ソヒュー・キブコフ〉と同等の効果を持った壁を立てる呪文でふね。物理的なものではないので壁系の移動を阻害する効果はないでふが、そこを通り抜けた相手に〈解呪ソヒュー・キブコフ〉効果を発揮して付与された呪文なんかを根こそぎ解除しまふ」

「なにそれこわい!」


ミエにはそもそも『〈解呪ソヒュー・キブコフ〉の呪文を壁にする』という発想自体がなく、そんな目に見えぬ罠を知らずくぐってしまうかもしれない事に戦慄する。


なにせミエたちはこの迷宮に突入する前に既に幾つか呪文を自分達にかけている。

いわゆる補助呪文と呼ばれるもののうち、効果が比較的低く、かわりに長時間有効な呪文群である。


かつて地底軍との戦いの際に有用だった〈岩肌ヴォックツェック〉の呪文などもすでに付与済みである。

まああの呪文に関しては金銭的に手痛い出費があるだけに十分高い効果が期待できるけれど。


付与したのはこの古代都市に潜入する前と、さらにこの下層階級に突入する前だ。

唱えたタイミングが異なるのは呪文の持続時間の関係である。


ただそれらの呪文は特に目に見えてはいない。

だからミエも今まで特に気にはしていなかった。



けれど



自分の身が魔術によって守られていると勘違いして危地に飛び込み、そのままあっさり殺されてしまうかもしれない。

ミエはそんな光景を想像して背筋が寒くなった。


「アーリンツ様、ではそちらの道を避けて…?」

「うんニャ。色々考えるとたぶんこっちを進んだ方が正解ニャ」

「ならその見えナイ壁ドウスル」


クラスクの問いに…アーリはあっさりとこう言ってのけた。


「決まってるニャ。ニャ」







ぎょっとして目を丸くする一同の前で…『盗族』アーリが彼らに背を向け指をこきりと鳴らした。






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