第489話 アーリ流迷宮攻略法

「階段もだいぶ降りましたけど…こうしてみると居住区ってかなり広いんですねえ」


延々と階段を降りながらミエが感心したように呟く。

まあ彼女の場合は実際脚を動かしているのはコルキで当人はその上に座っているのみなのだが。


彼女達は2ニューロ(約3km)弱ほど北に進み、居住区の中央にあるという大階段を降っていた。


「そりゃあそうニャ」


ひたすらに降る。

ひたすらに降る。


おおよそ15階ほど長く大きな階段を延々と降る。

その間どの階を覗いてもずっと居住区である。


つまりまだ全体の半分しか見ていないあのずらりと並んだ居住区が15個分、ということだ。

そう考えるとこの地下都市、元はかなりの総人口なのではないだろうか。

かつて住んでいた街とどちらの方が人口が多いのだろう。

ミエはついそんなことを考えてしまう。


「それにしても上下の移動手段て階段なんですね。体鍛えられそう…」

「そんなわけねーニャ。本来は500ウィーブル(約450m)ごとにある上下移動用の魔力昇降機を使うニャ…といってもこれは当時のパーティの魔導師の受け売りだけどニャ。動いたの一度も見た事ニャいし」

「魔力昇降機! つまり魔力が動力のエレベーターですか! 500ウィーブルっていうと…あー途中途中にあったあの電話ボックスみたいな奴ですかー」

「デワンボックス?」


アーリの話を聞いて思い当たったミエだったが、彼女の呟いた単語は誰にも理解されなかった。

そもそも電話という概念自体が存在していない世界である。

…ただ電話ボックスに関しては彼女の世界でも今や希少品となっており、むしろ元の世界ですら見たことのない者が多いかもしれないが。


「そう言えばアーリ、これまで当たり前のように会話してきたが、迷宮ワムツォイムにはさまざまな怪物がいる。こちらの声を聞きつけて待ち伏せするような連中はいたりしないのか?」


キャスの言葉にミエとイエタはハッとして慌てて両手で口を塞ぎ互いに顔を見合わせる。

どうにもそういったこちにあまり勘が働かないらしい。


「普通の迷宮ならそうなんだけどニャ。ここは古代期からずっと外部との接触がない場所ニャから基本生きてる奴がいないニャ。人造兵ゴーレムも音声は認識するんニャけど知性があるわけじゃニャイからそれで行動とかを変えるわけじゃニャイし…主人の命令以外はニャ」

「ならば会話は特に禁じられない?」

「基本的にはニャ。ただ例外もいるから気を付けるに越したことはないニャ」


とん、と先頭に立っていたアーリが階段の最後の一段を降りきって、左右に広がる通路の前に立つ。

階段はここで途切れていた。


「さて…今日はこっからが本番ニャ。あー…ミエとイエタ、別にずっと黙ったままじゃなくても大丈夫ニャ。あと息も止めなくて平気ニャ」


アーリが指先をこきりと鳴らしつつそう呟き、ずっと口元を押さえっぱなしだったミエとイエタが両手を解いて深くため息を吐き、その後大きく深呼吸した。

なかなかに息の合ったボケっぷりである。


「ここからがええっと上層階層? と同じく危険な場所、ってことですか?」

「ニャ。おそらく魔術的にセキュリティを巡らせてる火山の火口の方からそれでも侵入しようとしてくる相手を殲滅するための構造ニャ」

「それじゃ自分たちが火山にメンテナンス? みたいなのが必要な時どうするんです?」

「なんらかの魔具か呪文でこの階層を抜けていたと思われまふ。おそらく周囲の壁がセキュリティを発動させない条件があると思うのでふが……」

「「なるほど…」」

「ばう! ばう!」


よくわかっているのかいないのか、とりあえずミエとイエタがこくこくと頷き、コルキが吠えた。


「ニャ。確か火口に繋がる最終通路の途中に移動用の魔法陣があったはずニャから、本来はここかこの上からあそこに直接飛んでたんじゃないかニャ。まーそれを使う方法を見つけられニャかったアーリたちは地道に突破するしかないわけだけどニャ」

「ナルホド。火山自体のセキュリティはこっちから入ル事デ無視デきルガ火山ニ入ルマデニハ苦労がイルトイウ事カ」

「そういう事ニャ。まーそのためにアーリが同道してるんニャからここから十階層分はアーリに任せとくニャ。ネッカ、頼んでおいたブツは準備済みニャ?」

「はいでふ!」


ネッカが己の背負い袋から巻物を取り出す。


理に従いて起動せよイカクィギル・ルバフゥ・バ・リープ 『探知式・伍イノッド・ヴェオシリフリ』 〈魔術師の目イユィフクジョーム〉」


ネッカがなにやら呪文を唱えるが、特段何かが変わったようには見えない。


「ええっと…探知式って聞こえたから占術ですか?」

「はいでふ。ミエ様は流石でふね」


呪文を唱え終えたネッカはなぜかそのままそこに腰を下ろし、目を閉じた。


「これは目に見えない空に浮かぶ魔法の眼球を生み出す呪文でふ。ちょうどこのあたりにありまふね」

「ふぇっ!? 全然見えませんね…」

「目に見えないんだから当たり前ニャ」


そう言いながらアーリが背負い袋から黒板とフェルトペンを取り出す。


「というわけで、視認できる範囲をぐるっと回って欲しいニャ。探知系の魔術も併用頼むニャ」

「了解でふ。では右の方から行きまふね」

「「??」」


アーリとネッカが何をやっているのかよく理解できず、クラスクとミエとイエタが頭上に「?」を浮かべて首を捻る。

ただキャスだけはすぐに二人の思惑が見て取れたようで、感心したような困惑したような微妙な表情を浮かべた。


「とことん慎重だな。冒険者と組んで依頼をこなしたこともあったがここまで極端なのは見たことがないぞ」

「まー冒険者が巻物用意したら魔導学院からか買うにせよ自前で書き記すにせよ結構な出費になるからニャー。やるとしたら自前で呪文を唱える語りにニャるけどそうすると迷宮突入前に貴重な魔力と呪文を無駄に浪費することにニャるし」


ふんすと鼻息を荒くしたアーリが胸を逸らせドヤ顔をする。


「金と手間がかけられる時は存分にかけるのがアーリ流ニャ!」


そして…その後に続くネッカの言葉でミエ達にもようやくネッカとアーリのやろうとしている事が理解できた。


「右の通路…50フース(約15m)ほど続いてまふね。その後左に曲がってまふ。そのまままっすぐ進むと…30フース(約9m)先の右側に扉がありまふね」

「ふむふむ30フース、扉…と。じゃあ扉は無視して先に進むニャ。なるべく扉の方は見ないようにして通り過ぎるよう頼むニャ」

「了解でふ」


ミエとイエタは顔を見合わせて、そしてクラスクは目を真ん丸に見開いて、その後三人でアーリたちを凝視した。


本格的に迷宮を探索する前に、迷宮の構造をあらかじめ全て下調べしておこうというのである。


どうやらネッカが造り出したその魔術の目は宙に浮いて自由に動かすことができるらしい。

そしてその目玉からみた光景をネッカ自身が共有できるようだ。

なかなかに便利な調査用の呪文と言えるだろう。


「ふむふむ…じゃあ今度はそこを右に曲がってほしいニャ」

「アーリさんアーリさん、これってこの階の地図を描いてるんですか?」

「そニャ。実地に調査もするけどその前にざっと一通り調べておくニャ」

「ああ…リスクマネジメント的な…?」

「りすくま…ニャンだって?」


次々にネッカに指示を出しながら、ミエから聞いた奇妙な単語に眉根を寄せる。


「こっちの話です。ええっとアーリさんてここより先は降りたことないんですか?」

「あるニャ」

「ならここの地図とかとってあったりしないんです?」

「とってあるニャ。あるけど通用しないニャ」

「ふぇ?」


思わず変な声を上げてしまうミエの前で、アーリはちょんちょんと前方の壁を指さした。


。魔術によって定期的に迷宮の構造が変化してるニャ。居住区と違ってこっちは昔からの魔力がまだ通ってるみたいだからニャー」

「ええええええええええええええ」


愕然としてミエは慌てて目の前の壁を見る。

しっかりしていて重厚で、とてもではないがこれが動くという発想には至れない。


「アーリさんはそれをあらかじめ知ってて?!」

「まニャ。うちらが今回無視できた上層階層にも似たような構造があったし、それ以前の冒険者の記録やらなんやらから得られた情報とここの造りが全然違ってたからニャー。だからこうして念には念を入れてるってわけニャ」


アーリの説明にただ感心して聞き入るミエ。

一体どれだけの事を考慮してこの迷宮の攻略に挑んだのだろう。


「…ここから先は通路が光ってて見通せないでふね。魔力反応でふ」

「む。〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉に引っかかったニャ? 系統はなんニャ?」

「ちょっと待って欲しいでふ…ええっと…防御術でふね」


軽く呪文を唱え、しばらくしてからネッカが告げる。

彼女が造り出した魔術の目玉は、ネッカ自身の視覚に作用する呪文の効果をその眼球越しに作動させることができるのだ。

なかなかに繊細で高度な魔術である。


「とニャると…調査はここまでかニャ。よし、みんな待たせたニャ。とっとと出発するニャ」






こうして一行は、迷宮のさらなに奥へと足を踏み入れた。





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