第488話 無人居住区を抜けて
「心配いらないニャ。この地響きからして居住区を見回ってる石の
キャスの緊張をアーリが首を振ってほぐし、指を口元に当て静かにするよう指示して足音を立てずスッと通りひとつ向こうへと移動し一同を手招きする。
一行は互いに口元に指を当て「シー…」と呟きながら抜き足差し脚でアーリの後に続き、古代の住居の陰に隠れながら様子を伺った。
やがてエルフの血を引くキャスや盗族として訓練されたアーリだけでなく、ミエの耳にもその音が届くようになった。
それは「ズシーン…スシーン…」という足音というより地響きであって、近づくにつれ足元がかすかに揺れるほどの振動が響いてくる。
「…念のため光源消しときます?」
ミエがランタンの覆いに手をかけながら尋ねる。
「大丈夫ニャ。もともと灯りのついてた街ニャし光源で順路は変えないはずニャ」
「…元々って言うなら元はここも普通に人が歩いてたはずですし普通にすれ違っても問題ないのでは?」
「そのはずだけどニャー。どうやって住人を識別してるかわからないからニャー」
「あー…」
そんな囁きを交わしながら徐々に近づいてくる足音を待ち受ける。
そして通り二つほど向こう、タンタンの灯りのギリギリ届くあたりに…それは現れた。
『石像』だ。
ミエが見た第一印象がそれだった。
美術館などで展示されている大きな石像。
まあこの世界に美術館がするのかどうかミエにはわからなかったけれど、とにかくそういう風に見える。
高さは10フース(約3m)ほど、二足歩行する人型で、外見は全身に鎧を着こんだ横方向にがっしりした人物に見える。
ミエの感覚からすると縦方向に比して横方向が随分と幅広く、どこかずんぐりとした印象だ。
「あ…そっか、造り手がドワーフだからか…」
だが違う、とミエはすぐに気づいた。
ずんぐりむっくりに見えるのはそのモデルが人間族ではないからだ。
この地下都市の外壁を造り上げたのは古代のドワーフの魔導師だと聞いた。
とすればこの
『神は己の似姿として
とかつてシャミルに聞いた。
その
「ところで私その
「たぶんニャ」
「ならあの
ミエのもっともな疑問に、けれどキャスが首を振って答えた。
「いいやミエ。
「永久機関てやつですか!? 魔術ってすごいですね…」
ミエは驚愕して通りを挟んだ家の向こうを通り過ぎてゆくその動く石像をじっと見つめる。
「てことは不老不死の人造生命体…」
「ではないでふ。
「あー…単純行動しかできないロボットみたいな…?」
「ろぼとー……でふ?」
ネッカのフォローにミエなりのイメージで納得するが、当然ながらネッカにはその単語の意味が分からず、不思議そうに首を捻った。
「おそらく『ここを見回って特定種族が、或いは特定種族以外がいた場合は攻撃せよ』的な命令を受けてると思うんニャけど。今回みたいな多種族のパーティニャと誰がうっかり
「成程確かに。特に冒険者としてオーク族がこの地下都市に侵入したのは初めてだろうしな」
「ニャ」
キャスの言葉にぶんぶんと首を縦に振るアーリ。
「護衛を任されてるということはお強いのですか? 見たところだいぶ鈍重そうに見えましたけれど…」
イエタが目を細めて手をかざしなんとかその姿を視認しつつそんな私的意見を述べる。
彼女は鳥目のためミエ以上に夜目が効かぬのだ。
「確かに動きは遅いけどもニャ」
小さくため息をつきながらアーリが首を振る。
「永遠に動き続けて疲労も一切なしの相手ニャ。一度敵と認定されたら結構撒くのは面倒だニャ」
「ああ…」
「それに戦闘でもとにかくタフで硬くて頑丈で怪力ニャし、竜と同様物理障壁も備えてるし呪文も全然効かないからかなり厄介ニャー。まああの赤竜と違って
「まあ」
「それは面倒ですね!」
イエタとミエが思った以上に面倒そうな性能に驚く。
「…より正確には呪文が一切効かないわけではなくって
「材料…? というと…」
「あーそっかさっきアーリさんが言ってましたもんね『石の
「ああ…なるほど…」
ミエの言葉にイエタが素で感心する。
どうも彼女は神や奇跡まわりのこと以外にはだいぶ疎いようだ。
「そうでふね。木製とか鉄製とか…伝説に記されたものでは
「それは相手したくないニャー…」
うへえ、という表情を浮かべげんなりした様子のアーリ。
彼女にはこれまで
まあ彼女の言い分を信じるなら仲間が戦っているのを物陰で見ていただけかもしれないが。
「素材に関わル呪文効ク…」
と、そこにこれまで会話を聞くのみでずっと無言だったクラスクが口を挟んだ。
「ト言ウ事ハあの石の
「ニャ!」
ぴぴん!と尻尾を立ててアーリの眼の瞳孔が開く。
どうやら相当興味のある話題らしい。
「そでふね…ネッカの知っている呪文で直接倒せるものはないでふが…おそらく石の
「「「おおー」」」
「それは便利ニャ!」
ネッカの言葉に皆が感嘆し尊敬の瞳で見つめる。
「ただネッカの知ってる範囲でふと相当上位の呪文を消費しまふし、なるべくなら魔力の浪費は避けたいでふね」
「それはそうだニャ」
「まあそもそも避けられる戦いなのだしな」
アーリやキャスの意見にミエもこくりと頷いて賛意を示すが、実際のところは
まあ口には出さないけれど。
「ま、さっさと先に行くニャ。こっちニャ」
アーリの案内で先へと急ぐ一行。
足早に移動するがあまり速度は上がらない。
ドワーフ族であるネッカの足が遅いからだ。
「…移動速度を上げる呪文とかないんでしたっけ」
「冒険者がよく使うのは〈
「まあ、便利な呪文があるんですね!」
「あとは変わったところでは〈
「わーすごい! 鳥! 鳥になってみたい! イエタさんみたいに飛べるってことですよね!」
「まあこれも
「
「野外での長旅とか長期移動とかにニャるとどうしてもニャー」
「魔導術でふと短時間加速して移動速度が上がるみたいな呪文はあるんでふが、長時間持続する、みたいな呪文はあまり得意じゃないんでふ。魔力を浪費しまふからね」
「なるほど…」
ふむふむと頷いたミエは代案を提示した。
「じゃあ安全な居住区を抜けるまでの間ネッカさんもコルキに乗りましょう」
「ばうっ!」
「ナルホド」
「そだニャ。咄嗟の戦闘の時魔導師が騎乗してるとちょっと問題ニャけど居住区ニャら…」
「…そうでふね。そうしまふ」
そしてあまり乗り慣れていないネッカがコルキになんとか跨り移動速度を確保して…
一行は居住区の災禍単、下層階層の入口へと到達した。
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