第477話 盗族の技
「需要ナ意味?」
「はいでふクラ様。『
ネッカの言葉の意味がよくわからず、クラスクは眉を八の字に寄せた。
「強化…? 穴がデきテルじゃナイか。それ弱点」
「なるほど…? 察するに特定の条件を設けることでそれ以外の効果を強化しよう、といったところかの?」
シャミルの呟きにネッカがこくこくと頷く。
「これまた正解でふ。強力な効果は完全無欠で実現しようとすると膨大な魔力や手間が必要になるんでふ。より低い位階で、低い魔力で強い魔術効果を実現させようとしたとき、『特定の対象には通用しない』っていう弱点を付随させるわけでふね。相手がそれを知らなければ弱点にならないでふから」
「「「へー…」」」
ネッカの説明にクラスクだけでなくアーリとイエタも感心の声を上げた。
どうやらそうした魔術的な理屈までは知らなかったようだ。
「ム…? テ事ハこの
クラスクの気づきにネッカとアーリが目を丸くした。
「そうでふね。魔術結界の方は同系の魔導術で穴が塞がれたものがありまふから存在しないかもでふが、物理障壁の方は十分可能性はあると思いまふ」
「まー千年近くかかって誰も見つけられてニャイんだけどニャ」
腕を組んで皮肉げにそう語ったアーリが、けれどすぐにニヤリとその唇の端を歪めた。
「今回クラスクがあの化物竜に挑もうって演説をぶった時一番気に入ったとこはそこニャ。各地から情報と文献を集めるだけ集めて、賢者シャミルがそれを編纂すれば、もしかしてアイツに攻撃が通る武器が見つかるかもしれニャイって思ったからニャ」
「賢者などと面はゆいことを言うでない」
アーリに過剰に持ち上げられてシャミルが眉をひそめ文句を口にする。
まあ彼女のこれまでの実績を考えればそう呼ばれるだけのことはしていると思うのだけれど。
「まあ、シャミル様は賢者様なのですか?」
「ほーれーこうして純朴な者が騙されておるではないかー!」
「まあ、わたくし騙されていたのでしょうか」
きょとんとしたイエタをスルーして、アーリはネッカに今回最大の疑問を叩きつける。
「で、結局何があの壁の『
「ドワーフ族かつ魔導師かつ石の特性を持っていること、でふね」
「ニャ……!?」
ネッカの答えにアーリはびしりし硬直する。
「おそらくあの外壁の魔術的メンテナンスが必要で、そのために直接触れられる存在が必要だったんでふ。なのでおそらくあの壁を組み上げた古代の魔導師イヴェルク・ケオシクブは自分自身を『
「ほほう」
「なるほどー…?」
「壁の修繕大事。リーパグイつも言っテル」
滔々と説明するネッカに感心するクラスク、イエタ、シャミル。
その一方でアーリがわなわなとその身を震わせていた。
「そんニャの…そんニャのわっかるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
かつて彼女がこの迷宮…古代都市の遺跡を調査しようとしたときは、そもそもその魔導師がドワーフ族である、という基本的な前提条件が欠けていた。
彼女のパーティーにはドワーフ族がいなかったし、親しいドワーフもほとんどいなかったからである。
結果どうしても『古代期』と『魔導師』に『ドワーフ』が結びつくことはなく、正解に辿り着くことができなかったわけだ。
「いや仮にドワーフ族の魔導師まで気づけたとしても当時は用意はできなかったニャ…」
そう、ドワーフ族は魔術に疎く、魔術の道に進むものは皆無と言っていい。
そんな稀有な物好き、たとえ探したところでそうそう転がっているはずが……。
「…いたニャ」
「おったの」
「まあ」
アーリが、シャミルが、そしてイエタの視線がネッカに集まり、注目に慣れぬ彼女を照れさせる。
そんな一同を見渡しながら…クラスクはうんうんと頷いた。
「俺運がイイ」
「…今本気でそう思ったとこニャ」
そしてそんな稀有な魔導師を、クラスクは道端で拾ってきたわけだ。
豪運と言うならこれほどの豪運はそうそうあるまい。
あの日のミエの≪応援≫は、なんとも数奇な運を彼に与えたものである。
「……待つニャ」
と、その時唐突にアーリが皆を呼び止めた。
現在石組みの通路を北の方角に向かって進んでいる最中であり、周囲には特に目立ったものはない。
「ドうシタ」
「扉があるニャ」
「扉……?」
クラスクが周囲を見渡すが、やはり扉らしきものはなにもない。
「タダの壁シカナイ」
「そりゃ隠し扉だからニャー」
「隠シ扉!? ナンダソレー!?」
驚愕するクラスクを片手で制し、アーリが一人だけ数歩前に出る。
そして天井と床に目を走らせ、右側の壁にそっと指を這わせた。
「釣り天井やスライム罠はニャし、落とし穴や転送陣もニャし、壁が稼働するギミックもニャいニャ。まあこの狭い通路でそんなもん設置する阿保はいニャイと思うんニャけど」
ぶつぶつと呟きながら指先で壁をつつ、となぞってゆく。
「偽装系。幻術の壁かニャ。視覚と触覚を偽装するから普通に触れてもわからニャイだろうニャー。ノブに毒針の類はニャし、触れたら発動する〈
アーリの呟きはその場にいる誰もが理解できぬ。
ただこの中で唯一冒険者の経験があるネッカだけは、彼女が何をしているのかがわかった。
「なにしテル」
「隠し扉を発見して罠を捜索中でふ。お静かに…でふ」
「…わかっタ」
未だにアーリが何をしているのかいまいち呑み込めていないクラスクだったが、彼女の表情とネッカの声音からかなり重要な事をしていることだけは理解できたため、そのまま無言で見守ることにした。
「鍵は…魔法の鍵だニャ。永続的な〈
「ではネッカが解除しまふか?」
「〈
アーリ以外の誰もが、彼女が単に壁に向かって人差し指で触れているようにしか見えぬ状況。
だがその場の空気は明らかな強い緊張に包まれている。
「〈
「はいでふ。〈
「…アーリはそれ破れルっテ事カ?」
「そうなりまふね」
「アーリスゴイ! 盗族? スゴイナ!」
ウヒョー、と目を丸くしてクラスクが興奮する。
「はいでふ! ただ…盗族が凄い、というのとは少しだけ違いまふ」
「ム…? ドウ違ウ?」
アーリを見つめるネッカの真剣な表情に、クラスクが首を捻りつつ尋ねた。
「盗族は確かに鍵を開けたり罠を無力化したりする技術を持ってまふ。持ってはいるんでふが…それはあくまで『技術』でふ。『魔術』ではないんでふ」
「ふム」
クラスクはよくわからぬままに、だが新たな知識を貪欲に学んでゆく。
盗族の用いるものは技術…つまり戦士が剣を振るうのと同じようなもの、ということだろうか。
「でふが今アーリ様が呟いた罠には明らかに魔術のものがあったでふ。扉にかけられた鍵も魔術によるものでふ。魔術罠を解除し魔術錠を開けられるのは相当に実力が高い盗族だけでふ。なにせ技術で魔術を無効化するわけでふから」
「オオ……!」
ようやくネッカの言わんとしている事が理解できたクラスクは感嘆の声を上げた。
クラスクは魔術の有用性を早くから認めていた。
魔術に対抗するには魔術だと考えてキャスやネッカなども引き入れた。
けれどアーリはそんな魔術で編まれた罠を技術で突破できるというのである。
それはとても凄いことなのだと…今のクラスクは知っている。
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