第476話 除外条件

「ささ、ここから入れるでふ」


その後さらに幾つかの石材を内側に落としたネッカは、クラスクが入れる程度にその穴を広げると、足元になにかの布を敷いて仲間たちを呼び寄せる。


「ただ気を付けてほしいでふ。通り抜けるときに壁に触れないで欲しいでふ」

「ナルホド。気を付けル」

「それでは失礼しますね…」

「ほほう。古代遺跡か。ほほほう!」

「そりゃ気を付けるんニャけども…ニャけども…」


クラスクとイエタが素直に壁の穴をくぐり、瞳を興味と好奇心とで爛々と輝かせたシャミルが体中からわくわくと擬音を立てながらその後に続く。

そしてどうにかして遺跡に入れる手掛かりでも…とこの街にやってきたというのに、あまりにもあっさり内部に侵入できてしまい逆に納得いかない風のアーリ。


まあ彼女の場合かつてこの迷宮に挑まんとしてその高い魔術セキュリティに幾度となく煮え湯を飲まされてきたのだろうから、そんな感想を抱いてむしろ当然なのだろうけれど。


「俺ハ行カネーゾ! ナニガアルカワッカンネーカンナ!!」

「うむ、ではそちら側の見張りを頼む」


リーパグがドワーフ達の陰に隠れるようにして…いや大きさ的に全然隠れられていないのだが…喚きたて、シャミルが片手を振って壁の向こうへと消える。


「別にアレ怖イッテダケデ言っテルわけジャナイ」

「知っておるよ。ああ見えてあやつは気を使う方じゃ」


クラスクがリーパグの態度をフォローしようとするが、シャミルは彼の言動に特段気分を害してはいないらしい。

クラスクは少し目を丸くしてシャミルを凝視した。


「よく知っテル! シャミルリーパグとラブラブカ!」

「まあ! それは素敵ですね!」

「まったく! これっぽちも! そんなことはないわい!」


クラスクの台詞にイエタが嬉しそうに手を叩き、シャミルがムキになって否定する。

一方でネッカとアーリは入り込んだ向こう側の方に興味深々のようだ。


さて彼らが壁を抜け入り込んだ先は、かなり大きめの空間であった。

壁面の様子は内側も変わらぬが、正面に大きな両開きの扉がついており、それが開かれたままとなっている。

クラスクら一行が降り立った場所はその部屋の床より少し高い場所になっていて、そこから数段階段状の足場が床まで続いていた。


「なんにもないの。空っぽじゃ」

「そうでふね。何かあるかもと期待してたんでふが」

「…どうやら未踏査の場所のようニャ。これまでの冒険者の報告を聞いた限りだとこれよりずっと手前…あーアーリたちの進行方向から考えるとずっと奥かニャ? の壁で居住区は行き止まりってことになってたはずニャ」

「つまり俺達が一番最初カ。イイナ」


オーク族は他より優れているとか自分一番、というのに割とこだわるタイプであり、それはクラスクも例外ではない。

ただミエのせいでと言うか、ミエのお陰と言うか、その優れた力で何を為さんとするのかが他のオーク達と大いに異なっていたわけだが。


「ここは一体どんな場所なのでしょうか」

「単純に考えれば玉座の間ではないか。簡略ではあるがいかにもそんな造りじゃ」


イエタの疑問に部屋を値踏みしながらシャミルが呟く。


「確かニ。偉そうナ奴高イトコ好キ。ここにあっタラ偉そうナ奴御満悦」

「ぶっほ!」


そしてその後に続いたクラスクの実に率直な感想にシャミルが思わず吹き出してしまったう。


とはよく言うたものじゃ。そうじゃな。権威ある者は己を相手より高く大きく見せたがるものじゃからのう。高低の差と見下ろす視線は確かに権威づくりには大事じゃろな」

「ナルホド」

「ためになりますわ」


素直に感心するクラスクとイエタに少しだけ眉をひそめ困惑するシャミル。

ある種純朴な二人にこういう権力構造について学ばせてしまってよいものだろうか、と。


「ですが玉座の間と言うにはだいぶ簡素ですね¥。清貧を旨としていたのでしょうか」


イエタがぽつりと呟いた通り、その部屋には本当に何一つなかった。

玉座の間ならばあって然るべき壁幕や絨毯、調度、そして玉座そのものに至るまで、何一つ。

ただの広いがらんどうの部屋が残されたのみなのである。


「俺達オーク族に略奪されタカ」

「この地底都市のこの階層まで略奪に来られるとしたら相当の強者だろうニャ古代オーク族」

「略奪にしてはすぎるのう。単純に考えれば荷物を纏めてここを引き払ったと考えた方が自然じゃな」

「多分それで合ってるニャ。前に言った上層の防衛機構はこの地下都市と対立する存在のために構築されたニャ。で最終的に相手側の勢力が優勢になってこの地下都市は引き払われたらしいニャン」

「まあ…ではこの街の方たちはいずこに…?」

「知らないニャン。この迷宮ワムツォイムに挑むための調査だったからニャー」

「まあ…」


イエタの疑問にそっけなく答えたアーリは、そのまま視線をネッカの方に移す。

彼女はシャミルと共に興味深そうに瞳を輝かせてこの空っぽの部屋を検分していた。


「ううむ、しかし見事な造形じゃな。シンプルながら無駄がない!」

「はいでふ! しかしさすが古代都市。見事な魔力でふねー」

「それニャー!」


突然アーリが上げた奇声が石造りの部屋にうわんうわんと反響し、すぐ隣にいたネッカがキンキンと耳鳴りを起こし目を回した。


「あの壁は! 遺跡内部調査用の魔術探査も通さニャイし! 壁自体への調査魔術も結果が返ってこニャイし! そもそも壁自体を魔術の対象にしたら報復魔術が飛んでくるはずニャし! 当然壁透過みたいな魔術も弾くはずニャし! 地中を掘って近づくだけで今回みたいに地震を起こすはずニャし! とにかくろくでもない魔術セキュリティだったはずニャ! なーんーでーあんなにあっさり入れたニャアアアアアアアアアアアアア!!!}

「おおおおおおお落ち着いてくださいでふ! ゆゆゆゆゆらさないででででででっででででで」


アーリががっくんがっくんとネッカの肩を掴んで激しく揺すり、ネッカが目をぐるぐる回してみるみる顔を青くする。


「アーリ落ち着け。その状態ダトネッカ話シタくテモ話せナイ」

「ニャッ!」


ハッと我に返ったアーリがネッカから手を放し、三半規管に執拗な攻撃を受けたネッカがふらふらと泥酔者のようにその場をふらついた。


「ええっとでふね…ひとつずつ答えまふ。まずあの壁が占術を妨害して遺跡内部の調査を阻害しているのは間違いないでふ。アーリ様の仰る通りでふね。壁自体を魔術の対象にしても阻害されて壁の破壊や貫通ができないのもその通りでふ」

「ニャ」

「あと…以外が外から近づくのもダメでふし、ネッカの随行者でもネッカ以外は外壁に直接触れるのはに引っかかりまふ」

「さっき下に布引いて壁触ルナイッテタのはそれカ」

「でふでふ」


クラスクの言葉にネッカがこくこくと頷く。


「ネッカ様は問題ないのですか?」


イエタが今の説明から抱いた素朴な疑問を口にした。

ちなみにネッカは愛称であって本来はネカターエル様。の方が正しいのだけれど、ネッカは己に対するその言い間違いが気に入ったらしく、イエタにもあえてそのままそう呼んでもらっていた。


「…それだニャ。今のネッカの説明ならアーリたちが外から壁に近づいても平気だったこととネッカがさっき壁に触れても大丈夫だったことには説明がつくニャ。ドワーフ達が鉱山を掘削した結果あの壁に近づいて対抗措置として地震が発生したこともニャ。でも…」

「なぜネッカダけ平気ナンダ?」


クラスクの素朴な疑問とアーリの困惑に、ネッカが困ったように頭を掻いた。


「あの外壁に設定された『除外条件オトゥグヴォ・グレート』を満たしているからでふ」

「『除外条件オトゥグヴォ・グレート』……?」

「聞かん単語じゃな」


初めて聞く単語にクラスクが首を捻る。

が、同時に他の二人…イエタとアーリが特に引っかかっていない事にもすぐに気づいた。


「二人トモ知っテルのカ」


クラスクの問いにアーリとイエタはそれぞれ小さく頷く。


「わたくしたち聖職者の行使する奇跡の中には特定の対象だけを含まない呪文があります。たとえば『天翼族ユームズは含まない』、であったり『善良な者は対象外』などですね。そういう効果の事を『除外条件オトゥグヴォ・グレート』と呼ぶのだそうです」

「ニャ。精霊魔術の〈土の鎧スゥルシ・プクシア〉は物理攻撃を防いでくれるんニャけど魔法の武器で攻撃したらその効果が発揮されないニャ。そんな感じで呪文の中には『穴』がある奴があるニャ」


それぞれ自分の主観で語るが、言いたいことは似たようなもののようだった。






「はいでふ。二人とも正解でふ。そして『除外条件オトゥグヴォ・グレート』はある種の呪文群に対してとても重要な意味を持ってるんでふ」







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