第463話 議論と転機と
「…だいぶ煮詰まったのう」
円卓に散らばる大量の羊皮紙。
黒板にびっしりと書き込まれた絵と文字。
全員卓に突っ伏すほどの喧々諤々の激論の末…現在部屋に充満しているのは疲労と困憊場であった。
「魔具…作成する魔具のリストはこんなものでふかね…根詰めても期日までに終わるかどうか…」
ネッカがよろよろとメモを書き溜めた羊皮紙を握りしめる。
「ネッカさんじゃないと作れないもの以外はネザグエンさんに手伝ってもらったらどうです? 確か魔導学院同士物品を移動させる魔法陣みたなのありましたよね?」
「ええ…? ミエ様、それって〈
ちなみにネザグエンは現在王都に戻っている。
なにせこの街との関係や新設する魔導学院での待遇はアルザス王国に伏せているのだ。
あまり向こうを空けすぎると怪しまれてしまうためである。
「お金ならいくらかかってもいいですから。納期を間に合わせることを優先しましょう!」
「うう……っ」
「ふぇ? どうかなさいました?」
「いえ、予算を気にしなくていい、という台詞を魔導師が聞くとだいたいこうなるんでふ…」
「わかるニャ」
半泣きで涙をぬぐうネッカを不思議そうに見つめるミエと、なにか理解者面をしているアーリ。
「しかし小康状態を保っておるとは言え一応敵対している相手国の魔導学院に魔具作成を依頼するとはの…」
「あらだって公式見解では向こうはこっちに敵対してることにはなってないですし、魔導学院は立場で中立でしょう? お金で解決できることならお金で解決しましょう!」
「「うう……っ!」」
ミエの台詞にネッカだけでなくアーリまで涙をぬぐう。
「どうしたんですアーリさんまで!」
「冒険者って怪物なり
…どうやら冒険者時代に相当苦労したらしい。
「私もしばらく街を空けるぞ。
「わかっタ、キャス、任せル」
「ああ。シャミル。必要情報は先刻聞いたもので構わんのだな?」
「うむ。それと筆記でも書籍でもなんでもよいが口伝より可能な限り文字が良い」
「ほう? それは何故だ?」
「翻訳する際に各言語の文脈やニュアンスの違いがあるじゃろ? せっかく資料を集めるならそのあたりも注意して比べてみたいんじゃ」
「わかった。努力してみよう」
シャミルの依頼にキャスが小さく頷く。
「でイエタさんも教会の資料を求めて『大聖堂』ってとこに戻って…結構遠いそうですけど期間的には間に合いますか?」
「はい。わたくしは現在この街の聖職者ですから」
「ふぇ?」
イエタの言葉は彼女にとっては筋の通ったものだったが、ミエにはその意味が咄嗟に理解できず首をひねる。
「〈
「はい」
「???」
ネッカの言葉を聞いてもやはり理解できぬ。
「聖職者は己が務める教会を『帰点』として設定することができるのです。そして〈
「はー! へー! つまりイエタさんは向こうに着きさえすれば一瞬で帰ってこられるんですか!? それなら確かにかかる日数は半分! へー! へー! 聖職者って便利ですね! って奇跡に便利とか言っちゃいけないですよね…すいません」
「いえ、お気になさらず」
にこやかに会話するミエとイエタ。
ただその横でアーリが少々複雑な顔をしていた。
「ネッカ、ミエはああ言ってるんニャけど〈
「はいでふ、中位呪文でふね。位階だけなら同系の魔導術〈
「やっぱりニャ…」
魔術には位階があって高い位階の魔術程強力で高度とされる。
とはいえ位階が高いからと言って用途や対象が限定される神聖魔術の〈
単純に神聖魔術はその手の移動や移動補助系の力を苦手としているためより高い位階が必要になっているだけだ。
だが当然ながら高い位階の魔術を唱えるにはより高い実力が必要となる。
〈
それだけイエタが高い実力を備えている事を示す証左と言えるだろう。
アーリは腕組みをして目を細める。
もしクラスクの言う通り彼女を派遣されたのが有翼の女神リイウーの肩入れによるものだとしたら、かの女神は相当にこの街とあの竜との戦いについて重要視している、ということに他ならないからだ。
「シャミルも
「わしは故郷には帰らん」
「まじか。じゃあノームの国の資料はどーすんだよ」
一方でゲルダとシャミルは資料収集の方針について少し揉めていた。
「落ち着け。ブスウィルトミーには街の者を行かせるつもりじゃ。必要な資料について記した書簡を持たせてな。
「なんだよ」
「現場の調査じゃ。やれ避難じゃなんじゃとごたごた続きでまともな調査もできておらんかったじゃろ」
「それって…!」
ゲルダとシャミルの会話にミエが割り込んできた。
「竜に焼かれた村を調べたいってことですか?!」
「うむ。幸いというと皮肉じゃが被害地が三か所あるでな。被害状況などから向こうの≪竜の吐息≫の有効射程や威力などが算出できるやもしれん」
「それはそうかもですけど…危なくありません? 向こうの発言? からすると今後も襲撃がありそうな気がするんですが…」
「む、確かにそうじゃな。一応リスクとしては未だ焼いていない村を襲う確率の方が高かろうが…」
「こう呪文で姿を消したり…してもダメなんでしたっけ竜の場合…」
「そうじゃな。向こうは≪夜目≫も≪暗視≫も持っとるし探知魔術も使えるじゃろうし姿を消しても≪音響探査≫で位置を特定されてしまうじゃろうしな…」
「だとするとなまじ姿を消したらかえって重要人物だって疑われて襲われかねないですね…」
「…そうじゃな。しかし困った。なるべく現地を見ておきたいのじゃが」
「おー…それならサフィナいいのしってる」
「「「サフィナ?」」」
と、そこにゲルダの太ももの影からサフィナがにゅっと顔を出した。
「〈
「あー! 知ってます! 石ころ帽子!」
サフィナの説明ですぐにピンときたミエが思わず叫ぶ。
「なんじゃそれは」
「へー! 呪文にもあったんですね! へー! へー!」
「…じゃが確かに竜には有効かもしれんの。連中は価値のないものには極端に興味が薄れるでな」
「そうですね。じゃあその方向でシャミルさんを送り出すとして…えーっと後は……」
皆で意見を交換しながら今後の予定を立てている真っ最中、一人なんとも居心地投げにそわそわしている人物が一人。
「あのー…」
「? どうかしたんですかネッカさん」
おずおず、と話を切り出すネッカにミエが反応する。
「えっと、そろそろ…でふね、だいぶ待たせてると思いまふので…」
「待たせてる……?」
ネッカに言われてミエはなんのことやらと大仰に首を捻り、その後ようやく気が付いた。
「あー! ネッカのお兄さん!」
「「「あ……」」」
そう、彼らはクラスクの大演説とそこから続く竜の攻略法に夢中となって、ネッカの兄サットクの事も、そしてドワーフの街の危機の事もすっかり忘れ果てていたのである。
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