第464話 地震波

「随分と時間がかかったではないか。一体この街の為政はどうなっているのだ…ヒック」


散々待たされたネッカの兄、サットクはすっかり不機嫌…もとい、ご機嫌であった。


「…だいぶできあがっておるのう」

「む、ノームではないかノームではないか。ハハハこんなところで我らが同胞に出会うとは機縁もあったものよヒック」

「本当に大丈夫かこやつ」

「なあにこんなもの飲んだ内には入らん入らん」

「すっかり千鳥足じゃな…」


顔を赤くしてふらふらとおぼつかない足取り。

間違いなく酔っぱらっている。

とはいえドワーフ族は耐久性が高く特に酒類に関しては無類の強さを誇る種族だ。

それがこれだけ酔っぱらうという事は…


「蒸留酒ずっト飲んデタナ」

「まあ待つ間ずっと暇だったからな。飯も絶品だったぞ、うむ。ここの料理人は素晴らしいな! ハハハ」

「あー…そういえばトニアさんにお願いしてたんでした…」


円卓会議がまとまるまでの間しばし彼の酒や食事を給仕して欲しいとお願いし、トニアに快諾されたことを思い出すミエ。

材料費については街が持つからと言ったはずなのでトニアは予算に糸目をつけず存分に腕を振るったに違いない。

サットクの御満悦な表情からもそれは伺える。


「待タせテ悪かっタ。うちの村もダイブ立テ込んテテナ」

「飯の間にこっちも事情を聞いた。まさかが目覚めておるとはな…道理で山が騒がしかったわけだわい」


一転して沈痛な面持ちでサットクが呻く。

街が相当に心配なんだろう。


「ええと…ネッカさんの兄でサットクさん…ですよね? 私は市長クラスクの妻ミエと申します」

「こちらはサットクだ」


ぶっきらぼうに答えるサットク。

だがミエは深々と頭を下げ謝意を表した。


「私たちへの御配慮ありがとうございます。お話を進めさせていただきますね」

「……………!」


先ほどのサットクの挨拶はドワーフ族としては些か礼を欠いたものだ。

ドワーフ族が正規な挨拶を行う時は本名を名乗らなければならぬ。


ただドワーフの名はその一族の歴史そのものでありとにかく長い。

同族以外には冗長で退屈にも聞こえるだろう。

ゆえにサットクはあえてドワーフ流の礼を欠いてだけ名乗ったのである。

そしてミエはそれを察したからこそと言った。

サットクは当意即妙に返すミエを少しの驚きの眼で見つめる。


「さてドワーフの王国グラトリア北端の街オルドゥスの坑道で落盤事故が発生、多くの男性が生き埋めになり人出が不足、幸い石工だったため落盤事故に遭わなかったネッカさんのご家族が他のドワーフの街に救援を要請しようとしましたが外には赤竜イクスク・ヴェクヲクスが活動期に入った影響で爬虫類や竜族などが跋扈しており迂闊に隣町まで移動もできず…というところまでしかこちらはまだ把握していないのですが…」

「全部説明しとるではないか」


目を大きくひん向いてサットクが叫ぶ。


「…というか、ええ? そこまで把握しとるのか。わしはまだなんも説明しとだんぞ」

「それはまあ…はい。こちらの街の状況とネッカさんの魔導術のお陰でだいたいは」

「ほう…ネッカも役に立っておるようでなによりだ」

「はうう…」


じろりと兄に視線を向けられ縮こまるネッカ。


「それはもう! ネッカさんはうちの街の魔術の要ですから!」

「ほほう」

「はううううううっ」


ミエの言葉にまずます身を竦めるネッカ。


「何を遠慮すルカ。ネッカ立派に仕事果タシテル。自慢シテイイ」

「めめ面と向かって言われると恥ずかしいでふ!」

「まあそれは置いといてじゃな」

「シャミル様ー!?」


ショックを受けるネッカをよそに、シャミルは彼女の兄に目を向ける。


「サットク殿、事前に衛兵から聞いたと思うがこの街は現在赤竜イクスク・ヴェクヲクスに狙われており色々と立て込んでおる。無論救助には向かうつもりじゃが、重要度の線引きはさせてもらいたい。構わんか」

「うむ。それで構わん」


サットクとしては一刻も早く街に戻り救助活動を行いたいところだが、街の外にあれだけ怪物が跋扈している現状だと街から街への移動は困難を極めるだろう。

各街も怪物どもを街に立ち入らせぬよう防衛線を引くのがやっとではなかろうか。


そんな現状で外からの救援を取り付けられそうなのは現在この街しかない。

彼としては藁にも縋る思いでこの街に頼るしかないのである。


「うむすまんの。ではまず落盤事故に何か心当たりは?」

「ないな。それらしき前兆は先日まで報告されておらなんだ」

「どんな風に事故が起きたんじゃ。地震か」

「うむ。巨大な揺れが突如襲ってきて坑道が奥の方から崩れたらしい」

「急に? 微震はなかったんですか?」


シャミルの問答にミエが唐突に口を挟む。


「…いや、なかった気がする」

「気づかなかったとかはないですよね?」

「………………」

「ああっ! なんか怒らせちゃったみたいでごめんなさい!!」


むっつりと黙るサットクにミエが慌てて謝る。


「ドワーフ族は石や岩の挙動には敏感じゃからな。細かな揺れでもすぐに気づく。一流の鉱夫たる所以じゃよ」

「なるほど…つまりP波が全然なくてS波がすぐに来たってことですか…なら直下型かな?」

「「「???」」」


ミエの呟きの意味が全く理解できず一同が目をぱちくりとさせる。


「ああえっとどう説明したらいいんだろ…ちょっと黒板のここ消しますね」


ミエが立ち上がってネッカの背後、黒板の既にメモに写し終わったあたりを消し、図を描いてゆく。


「地震ってのはどっかにその地震の発生源があるんですよ。『震源地』っていうんですけど。まあ地中のどこかですよね」


地面らしき線の下に爆発するマークのような震源地を描きこむミエ。


「でその揺れが地面を伝って地上…ドワーフさん達の場合は地底ですけど…まで届くとそれが地震として感じられるわけですけど、この時んです。厳密には違うんですけど『縦揺れ』と『横揺れ』って言い換えるとわかりやすいかもです」


ミエの流暢な説明に一同が唖然とするが、ただ一人シャミルだけは瞳を爛々と輝かせた。


か! それで速度が変わるわけじゃな!?」

「さすがというか…よくそこにすぐ辿り着きますねえ」

「おー…さっぱりわからない」

「右におなじー。もっとわかりやすく言ってくれよ」

「えーっとこれ以上わかりやすく…?」


うーんと首を捻るミエを見ながら、同じように腕を組んでむっつりと押し黙り考え込むクラスク。

頭の中で何かを必死に組み立てる。


「波長…つまり波カ。水桶の上に立つアレか」

「ですです旦那様」

「波を地面ト見立テルなら水を横から見ナイトダメダナ……オ、ソウカ」


クラスクは腰に巻いている腰ひもを解き、円卓の上に乗せ、それをぐにゃぐにゃと波のように曲げる。


「円卓のこっちの端がミエの言う『土の下のシンゲンチ』? そっちの端が地面トシテ…波がゆるやかダト…」


クラスクは波のように歪めた腰紐を幾度かずらしながら目的地へと運ぶ。


「四回で辿り着く。波の揺れが大きイト…」


今度は先ほどよりより腰紐を大きく撓め、歪める。


「これダト六回カカル。つまりノカ。ナルホド」


うんうんと一人納得するクラスクに皆が目を丸くし、その後おおおおーという嘆声が漏れた。


「ワカリヤスイゼ兄貴!」

「サッスガ兄貴ダベー!」

「ナルホド。ナルホド? アトオ前ラ兄貴言ウナ」

「「エエー」」


ラオクィクの忠告に不平の声を上げるワッフとリーパグ。

そんな彼らを背に…シャミルとミエは互いに顔を見合わせ、その後クラスクを見直して驚愕の表情を浮かべていた。


ミエは元々地震の多い国で生まれ育っており、その手の話を聞くのも調べるのにも事欠かなかった。

シャミルはP波とS波自体は初めて聞いただろうが、書物から集めた事前の知識があり理解も早かった。


だがクラスクは違う。

彼は己の頭で考え、その発想力で独自に理解してのけたのだ。

これは相当の地頭がなければできない芸当である。





無自覚なミエの≪応援≫があるにせよ、クラスクの素の知能も相当に上がっているようだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る