第462話 最後の一人

「権能…? 得る…?」


クラスクの説明を聞きながら何やら考え込んでいたシャミルがぽつりと呟く。

その言葉にミエが不思議そうに反応した。


「権能って確か神様が司ってるこの世界の法則とか現象とかって聞きましたけど…こう〈太陽〉とか〈海〉みたいな」

「その通りじゃ。天翼族ユームズの女神リィウーも無論権能を有しておる。ただ…この権能は神同士で奪ったり与えたり湧いて出たりするんじゃ」

「ふぇ?! 世界の法則が……もらったり渡したり湧いて出たりするんですか?」


目を大きく見開きぱちくりさせるミエの前でシャミルが頷く。


「例えば神が他の神に殺されれば己が持つ権能を奪われるやもしれぬ。また死したことにより〈死〉の権能を新たに得るやもしれぬ。権能とはそうやってうつろい生まれ或いは消えてゆくものじゃ。この世界がうつろい変わりゆくようにのう」

「あー…」


確かに世界の神話を紐解けばそうした神々のやり取りは枚挙にいとまがない。

そうした時に権能の授受が行われたり新たな権能が生まれると考えれば、神話によって神の性質が変化したりすることも説明がつく。


「なるほど…ってことはもしかしたらリィウーさんに新たな権能が生まれたり…?」

「リィウーの権能には〈空〉や〈治癒〉、それに〈旅〉など移動や治療に関するものが多いでふが戦いに関するものはからっきしと言っていいでふ。でふがもし千年近くこの地を荒らし、近年ではこの地の頂点に君臨すると言っても過言ではない悪竜をその威光で降したなんてことになったら、いつか〈勝利〉とか〈力〉とかの権能を獲得できたりするかもしれないでふね。或いは新たな信仰種族が得られたのならそれこそ〈オーク〉なんて権能が生まれるかもでふ」

「「「おおおー」」」


ネッカの言葉に皆がどよめく。


「勝利ノ女神ナラ信仰スル悪クナイ」

「ダナー。祈ッタラ勝テルッツーナラナー」

「オラハサフィナ一筋ダベ!(キリッ」

「「今ハソノ話ハシテネエ!」」


ラオクィクとリーパグが同時ツッコミを入れながらワッフを小突く。

どうやらオーク達も少し興奮しているようだ。


「権能? ノ話ハよくわからんが、トモカク神が得にナルから俺達に肩入れすルッテ言うなら、それをすル」

「利用? とすると市長殿とミエは竜の討伐に赴かぬということいか?」

「逆ダ。ミエを連れテく」


ミエが小さく息を飲み、ざわりと円卓の面々がざわついた。

ミエをあれほど大切にしているクラスクが、ミエの命が奪われかねないという啓示のある地にあえて彼女を連れてゆこうというのである。

驚くのも当然だろう。


、それはわかるニャ。でもそれを打ち破るニャらミエを置いてクラスク達だけで挑む道もあるんじゃニャイカ?」

「ナイ」


アーリの眉を顰めた詰問に、クラスクは即答する。


「なんでニャイニャ。ミエを連れてったら運命に導かれるようにミエは倒れるニャ? そうならないようにしても代償成就が発生するリスクも出てくるニャ。連れてく危険の方がずっと…」

「アーリ。お前は盗族ダッタ頃その大トカゲの巣に通じるわむつおいむ…」

迷宮ワムツォイムニャ」

「それナ。それの

「壁……?」


クラスクの奇妙な質問にアーリは眉をひそめるが、質問には丁寧に答える。


ニャ。切り出した石をぴっちり組み上げた奴ニャ。元は地下都市だったんだから当然整備されてるニャ」

「石壁カ」

「そニャ。しっかし流石古代都市の外壁だったニャ。幾重にも魔法の防護が施されてて外から中に転移はできないわ壁に魔法で穴も開けられニャいわ外部から精霊魔術で土を掘って近寄ろうとしたら振動で穴を崩そうとしてくるわでほんと散々だったニャ。結局正攻法で迷宮ワムツォイムを上から順に踏破してくしかニャイって結論になったニャー」

「それは大変でしたね…」


ミエが古代人たちの執念の塊のようなセキュリティに半ば呆れ感心する。


「ナルホド。カ」

「ニャ?」


アーリの返事を聞いてクラスクは顎に手を当てる。

演説前にミエに受けた≪応援≫が、彼の知性を限りなく高めていた。

そう、女神が最悪の未来に託した大いなる道しるべに気づくほどに。


「イエタ」

「はい」


クラスクは今度はイエタの方に顔を向けた。

オークにあるまじき静謐な顔。

イエタはそれを見て不覚にもどきりと胸を高鳴らせてしまう。


「お前の見た〈天啓ミュージマパゥ〉トやらの光景思イ出セ」

「ええと、ミエ様とクラスク様が…」

「俺達の様子ハドウデモイイ。?」

「ええと…?」


予想外の言葉にイエタは改めてあの時女神から授かった光景を思い返す。


「薄暗い洞窟の中のような場所で…」

「広かっタカ」

「……そう、ですね。言われてみればあまり狭い感じはしませんでした」

「壁が仄紅かっタ言っテタ。それハ燭の灯りカ」

「いいえ。もっとこう部屋というか背後の床が赤熱を放っているかのような…」


ニヤリ、とクラスクが牙を見せ笑う。

まるで戦に赴く直前のように。


「『壁』ハ」

「壁?」

「その赤熱が照らしている壁ハドンナダッタ。なんデ地底ダト思っタ」

「ええとそれは…こう、他に灯りがほとんどなくって、むき出しの荒々しい岩の壁で……」


首を捻り、あの時受けたイメージをできる限り正確になぞるイエタ。


「え? そういえば……」


言われてその時の感覚を思い出した。

本当に不思議なくらい、


「こう…切迫感みたいなものが内にあって…急がなくては、みたいな感覚があって…背後からじりじりとした熱が背中を焼いて、頭上には…なぜか風の音が……」


「ならイエタ、お前が見た光景ハおそらくダ」

「「「!!」」」


クラスクの言葉に皆今聞いたイエタの言葉を急ぎ反芻する。


荒々しい岩の壁、頭上に渦巻く風の音、目の前の壁を照らす赤い光…溶岩の赤熱。

確かに背後に溶岩だまりのある火山の火口の底の底…いわゆる火口底かこうていと考えるなら納得がいく。

火山の火口であれば頭上から陽光が降り注いでいるはずだが、もし夜ならば今の光景に瑕疵はない。


「つまり…お主らは竜に挑んで負ける、という予言を受けたのか」


苦々しい顔でシャミルが告げた。

この街の敗北を。


「違ウ。大事なのそこジャナイ」


けれどクラスクの解釈は違った。

その天啓から、まるで異なる希望を見出していた。


「死の予知受けたサットクは助けられタ。予知予言は変えられル。ダから俺達のハドウデモイイ」

「いやどうでもよくはないですけどー?!」


夫の死の予言は捨て置けぬと必死に反駁するミエ。


「……ドウデモよくハナイガ、今ハ置イテおけ。大事ナノハ辿トその女神が太鼓判を押しタ事ダ」

「「「あ………っ!!」」」


クラスクの放った言葉に、一同が愕然とする。


「そうか…なら、逆に言えばというわけか……!」


目を大きく見開いてシャミルが呟く。

明らかに意表を突かれた時の顔だ。


「そうダ。ミエを連れテ行けバ運命トカナントカッテヤツデそれがナル。そこまデは手助けしテやル。ダからその後デミエが倒れ俺が死ぬカドウカハこっちデどうにかシロ……ッテ話ダロ? その女神トやらの言い分ハ」


クラスクの話を聞いていた皆は唖然とした。

皆二人が死ぬかどうかばかりが気になっていてそこまで頭が廻っていなかったのだ。


「奴を倒すにハ奴の所に辿りつかナイト駄目。そのためにその女神トやらがわざわざくれた忠言ダ」


クラスクは…そこでミエの瞳をまっすぐ見つめ、こう告げた。




「ミエ、お前の力が必要ダ。俺が必ず守ル。一緒に来テくれ」


クラスクにそんなことを言われて…ミエが断ろうはずもない。







かくして…竜を討伐するメンバー最後の一人が決まったのだ。







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