第452話 クラスクの答え

「…ニャ」


一同を覆う陰鬱な静寂を、アーリの小さな鳴き声が破った。


「魔導術についての話はアーリも初耳のとこが多くて参考になったニャ」


そしてにゃふんと咳払いすると、改めてクラスクの方に向き直る。


「ともかく、アレはニャ。もちろん偽竜ドレイクじゃなくて真竜ドラゴンを倒した勇者もちゃんといるニャよ? ただそれはもっと若い、まだ成長しきってない真竜ドラゴンニャ。少なくとも五百年以上生きてる真竜ドラゴンを倒したって記録は、この地方には残されてないニャ」


アーリの言葉に耳を傾けながら、クラスクは組んだ腕の上に己の顎を乗せ、睨みつけるような視線をアーリに向けている。

けれど彼女は特にそれに怯むこともなく、その致命的な質問を投げかけた。


「それでも、それでもアレに挑む気かニャ、クラスクは」

「挑む気ダ」


短く、だがきっぱりと。

クラスクはその質問に応と答えた。


「無謀に突撃して死ぬ気かニャ? なにか成算があるニャらここで説いてほしいニャ。それが…この街の市長としての務めニャ」

「………………………………」


一同からの視線が集まる中、クラスクはしばしむっつりと押し黙る。


「旦那様! だんなさまっ! がんばれ、がんばれー!」

「ミエはちょっと黙ってるニャ」

「はいです…」


しゅんと縮こまるミエ。


だがこの時の彼女の小声の≪応援≫が…

今後のこの街の命運を大きく左右することになろうだなどと、この時はまだ誰も気づいていなかった。



「…俺は小さなオークの村が全テダト思っテタ。思い込んデタ」



口を開いたクラスクのそんな言葉に、ラオクィクらオーク達がぴくりと反応する。

彼らにも身に覚えのある事なのだろう。


「ダガここに街を作っテ、俺は知っタ。この世界広イ。タくさんの種族がイテ、みんな色々な事思っテル、考えテル」


竜の話とは少し外れている気もするが、彼の述懐はこの街のオーク達の想いでもある。

少し心打たれたように、皆が聞き入っていた。


「あの大トカゲ…竜? は千年近く生きテル、そうシャミルに聞イタ」


クラスクは言葉と共に彼女に目を向け、シャミルがうむと応じた。


「千年近くもの間、あいつにタくさんの奴が挑んダ。挑んデ誰一人倒せなかっタ。ダからドうしようもナイ。アーリが言イタイのハそうイう事ダト思ウ」


クラスクの言葉に、アーリが小さく頷いて答えとした。


「ダガ俺はそうハ思わナイ」

「その根拠のない自信はなんニャ」

「コンキョあル」


アーリの皮肉めいた口調に、クラスクがはっきりとそう言い切った。


「千年の間挑んだ奴らはみんな無為無策で突っ込んデ無駄死にしテ来タのカ。全員そんな阿呆なのカ。俺はそうハ思わナイ」


クラスクの語る言葉に徐々に熱が籠る。


「前に挑んだ奴のが、が残っタはずダ。口伝デモ巻物デモ本デモイイ。吟遊詩人の語ル戦勲いさおしデモイイ。後から挑む奴らハそうシタ先人の失敗を調べテ学んデ対策を立てて挑んダはずダ。そしテ…そいつらの失敗もまタ記録に残されタ」

「確かにそうニャ。でもそれを延々と続けて、未だ誰も成功してないんニャよ?」

「それハダ」


クラスクの言葉にそれまで無言で聞いていたキャスが初めて目を上げた。


「オーク族他の種族ト仲悪かっタ。それ知っテル。デモそれ以外の種族も他の種族トみんな仲イイわけじゃナイ」

「「うっ」」


クラスクの言葉にミエ以外の者たちが小さくうめき、ミエが不思議そうに首を傾げた。

いやサフィナもまたよくわかっていないのか、ミエの隣で腕組みをして彼女の真似っこをして首を傾けていたが。


「エルフ族ドワーフ族仲悪イ。ハーフエルフトもダ。ノーム族背の高い連中を大体胡散臭イ思っテル。人間族ハこの国ダトエルフト仲悪ク、あト人間族以外の連中を少し低く見ル傾向アル。特に獣人族ハ明らかに下に見テル」

「やれやれ痛いところを突くのう」


そう呟きながらもシャミルはクラスクの観察眼に感心する。

オーク族は当然としても、確かに各種族は仲がいいとはいいがたい部分があるからだ。


「そして冒険者ダ。さっきアーリは一攫千金を求めたタ冒険者が竜ト戦ウ言っタ」

「確かに言ったニャ」

「そしテ同時に各国の国宝なんかガ奪われタトモ言った」

「おー…いったきがする」

「国宝トやらも換金しかねん冒険者どもに各国や各種族が情報を渡すトも思えん。仮にどこかの国が雇った場合デモ。他からの情報は得られナイ。そしテ冒険者が持ち帰った情報も、また国や街に記録されル事ハ少なかったはずダ」

「ええっと…旦那様、それはなんでです?」

「冒険者が国や街に雇われルなら目的は竜退治ダ。手強イ相手ダから事前の報酬ももらっテルはずダ。ダガ今まデ誰一人成功シテナインダロ? ダッタら全滅しテルかシテなくテモ雇イ主のトコには帰らん。前払イの報酬を返せ言われルかもしれんからな」

「ああー、なるほど!」

「ダカラそういった連中が持ち帰っタ情報は酒場の噂話になっタリ、吟遊詩人が唄にしタリしタはずデ……そんなダカラこれまデ挑んダ誰もが持っテル情報に『穴』があッタ」


そう語りながらクラスクはアーリの方に視線を向ける。


「アーリ。お前あの大トカゲについて詳しく調べタ事があっタハズダ。そうデナイトあそこまデ詳しく語れん」

「…そうだニャ。否定はしないニャ」

「ダガお前デもシャミルやネッカの説明にところどころ驚イテタ。商人ガ、魔導師ガ、そして学者ガそれぞれが集めタ情報の種類や専門分野が違うからダ」


クラスクの雄弁な語り口を、いつの間にか皆固唾をのんで聞いていた。


「その情報を、この街に集めル!」


どん、と円卓をこぶしで叩き、クラスクが力説する。


「アーリ! シャミル! 魔族や地底の連中が脅威ならあの大トカゲもこの世界の脅威のはずダ。、あルか!」

「む。『国際法レイー・メザイムト』のひとつ、『討竜法レイ-・ドラゴントリュームズ』のことか」

「それダ」


クラスクの言葉を聞いてミエははっとした。


そうだ。

魔族が脅威なら、瘴気が脅威なら、そして地底の侵略が脅威なら、国を亡ぼすとすら言われる竜種だって十二分に脅威なはずだ。

ならば国の利害を超えた国際法レイー・メザイムトがあってもおかしくない。


「…って国際法レイー・メザイムトがあるのに協力してないってことですよね、今まで」

「国家単位で連合して事に当たらねばならぬ魔族どもとちごうて竜の場合はいかに強大でも個体じゃからな。冒険者が退治することもある。ただそうなると竜の財宝は…」

「あー…なるほど。『散逸の危機』ってやつですか」


あんな強大な相手に挑むのだからそれは当然大きな見返りがあるべきだろう。

ただ冒険者は殆どの場合後ろ盾がない個人の集まりだ。

どこに住んでいるのか、どうやって連絡を取ればいいのかすらわからない流れ者も多く、冒険者ギルドでさえわかるのは来歴の記録だけ、といったことも珍しくない。

そんな彼らに竜の財宝が渡れば様々な国の宝、種族の秘宝が売り払われ散逸してしまう危険がある。



信用できない相手には、必要な情報は与えない。

考えてみれば至極当たり前の話である。



「ウチは街ダ。ずっトここにイル。逃げナイ。オークに信用がなくテモ街トシテの信頼ハあル」


それは確かにそうだった。

オークの作った街ということで胡散臭がられてはいても、経済的にこの街が信頼に値することはこれまでの短い年月で十分証明されていた。

この街の商品の質はとにかく高く、それでいて市場価格よりはだいぶお買い得なのだから。


「それニ商人達から聞イタ。うちくらい多様な種族集まっテルトこ全然ナイ。シャミル、うちはノームの国ト仲イイナ」

「そうじゃな。地底の連中とのあれこれのお陰でじゃが」

「キャスはエルフの森とツテがあル」

「…そうだな。協力とまではゆかずとも彼らと竜の戦いの歴史くらいは聞き出せるかもしれん」

「ドワーフの街の危機助ければアイツらからも聞き出せルかもしれナイ」

「…! ハ、ハイでふ!」

「各地の商人にモ、吟遊詩人にモ、魔導学院にモ、教会にモ、それぞれがそれぞれの路デ知識を、情報を集めロ。国際法を盾にシテ強引に迫レ、泣きつケ。金に糸目をつけルナ!」


強い声で、クラスクが訴える。

、と。



「それを全部集めテ! 纏めテ! !」



己の右腕を前に出し、ぐぐいと曲げて大きな力こぶ作る。

その剛腕に……知識を、そして知恵を武器にして持つと宣言する。



「タくさんの戦士が奴に挑んダはずダ。ダガ…そんナ『斧』振るウがあの大トカゲに挑んダ事ハ…今まデにナイはずダ」



全て語りきったクラスクは…そこで大きく息を吐き、唖然としながら彼を見つめる一同に向かい、こう付け加えた。







「この街ヲ…あの大トカゲに立ち向かウ、にすル」







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