第451話 かしこさと長寿と

「おー…ドラゴンかしこい…」


サフィナが感心したように呟いた後、くくく…と状態を傾けながらなにやら思索する。


「おー…向こうがかしこいんならおはなしあいはできる…?」

「まあ! それができたら素晴らしいですね!」

「いいアイデアじゃが難しかろうな」


サフィナの提言にイエタが手を合わせて賛同し、だが嘆息しながらシャミルがそれを否定する、


「財貨財宝欲しさに街ひとつ小国一つ平気で滅ぼせるような相手じゃぞ。高い餌を用意しても餌を全部奪われた上にこちらを皆殺しにしてくるじゃろうな」

「おー…がっくし…」


サフィナがかっくりと首を落とす。


「魔具もじゃが真竜ドラゴンの知恵が回る何よりも厄介な点は見切りの速さじゃとわしは思う」

「見切り…?」


シャミルの言葉にミエとゲルダが顔を見合わせる。


「見切りってなんのだよ」

じゃ。竜は自尊心が高いゆえ最終的に己が上に立つことを望むが、別にその場での勝ちにはさほどこだわらん」

「上に立ちたいのに勝ちにこだわらないんですか? なんか変じゃありません?」


シャミルの言葉に矛盾を感じ、ミエが問いただす。


「別に変ではなかろう。なにせ連中は長寿じゃからな。百年後二百年後に己が勝っておればよいという考え方なのじゃ。じゃから少しでも手こずるとすぐに逃げ出す。逃げ出して巣穴に戻った後で己を手間取らせた相手を目標に定め復讐の計画を練る。一度手の内を見たがゆえに相手に合わせてしっかりと対策を講じる。そしてその上で…必要なら相手が寿命で死んで子や孫の代になるまで待つ」

「子供や孫はなにもその竜に悪いことしてなくないです!?」

「己を苛立たせた相手の血が混じっておるんじゃ。竜が己の怒りと恨みをぶつける理由としてはそれで十分じゃろ。文献によればかつて竜に手傷を与えた勇者がその生を全うした後、各地へ散った数代後の子孫が個々に襲われて根絶やしにされたなどということもあったそうじゃ。エルフより寿命の長い竜ならではの復讐というわけじゃ」

「きゃあ!」


ミエが悲鳴を上げる横で、クラスクが難しい顔をして腕を組んだ。


あル奴ハ厄介ダナ」

「アア」


クラスクの呟きにラオクィクが賛同する。

勝てじと理解した時開き直って死に物狂いで向かってくる奴は手強いけれど、即座に逃げを打つ奴はそれ以上に面倒だ。


なにせこちらの居場所を知り得意とする戦法を知られたまま生き延びられてしまうのだ。

となれば当然相手に対する戦術を立てる。

対抗策を考える。

自分だってそうする。


シャミルの話を鵜呑みにすれば相当な巨体で、おそらく己に絶大の自信があって、その上でちゃんと

相手するとしたら相当に厄介な存在である。



「それに魔導術を使うのカ、ソイツは」



魔導術を使う相手ならいくら警戒してもし足りない。

ネッカがこの街にもたらした数多くの恩恵と活躍により魔導術の有用性と強さを十二分に想い知らされている彼は、それを相手が使ってくる脅威もまた十分に理解していた。


「え? でも魔導術って魔導学院に行かないと学べないってさっきアーリさんが言ってたじゃないですか言ってたじゃないですか!」

「なんで二回言うのかニャ」

「大事なことですので!」


ミエの脳裏に浮かんだのは学院の狭い門にその大きなねじ込んながら入り込み、他の学生たちと一緒に学生帽をかぶり片眼鏡をかけ本を開いて学んでいる竜の姿だった。


「あ、ちょっとかわいい! かも!」

「変な想像してるんじゃないニャ」


アーリが腰に手を当てながら嘆息する。

そしてその横でどう説明したらいいかと思案しながらネッカが口を開いた。


「ミエ様。魔導術を用いるために魔導師は学院で魔導語を学びまふ」

「はい。それはそうですよね」


ネッカが唱えている呪文は明らかに共通語ではなく、他の言語とも類似性がまるで感じられない。

魔術に関するなんらかの専門言語であることはミエも理解していた。


「創世神話によればかつて偉大なる存在が言葉によってこの世界の元を創り上げたと言われてまふが、魔導語というのはその際に使われていた言葉の欠片と言われてまふ」

「へええええええええええええええ」


ミエはネッカの説明に素直に感心し、また得心した。

言葉によってこの世界が造られたのなら、その言葉の欠片を用いればこの世界の一部を模倣したり再現したりできる理屈だ。

つまりそれが魔導術、というわけだろう。

ミエとしてはその説明はとてもわかりやすかった。


「で、でふね。竜は遥か古代からこの世界に存在していて、一匹一匹がとても長寿なこともあって、彼らの言葉はこの『はじまりの言葉』を色濃く残してるんでふ」

「ふぇ? それってどういう…」

「つまり竜語という言語そのものが魔導語と共通している部分があって、要は彼らは日常会話で魔導語を話してるようなものなんでふ」



うん?

ミエはネッカの言葉がしばらく理解できずに、腕を組んで上体をくくいと傾けた。


魔導語が?

日常会話?


それはつまり…会話するだけで魔術が発現するという事だろうか。




「えええええええええええええええええええええええええええ!!?」




口をぱくぱくとさせながらミエが驚愕する。


「え? 日常会話? 魔導語で?」

「はいでふ」


人型生物フェインミューブがわざわざ魔導学院…ミエの感覚でいえば大学のようなものだろうか…を設立し、高い学費を納めて必死に学ぶ魔導の言の葉を普段使いの言語として使う種族。

それが真竜ドラゴンという存在だと、ネッカは言っているのだ。


「ええっとそれじゃあその…『燃えろー』って呟いたら相手を燃やせちゃうとかそういう…」

「そこまで超越的ではないと思いまふ。魔導語とあまり変わらないという事は魔導術と同じことをするなら結局長大な文言を唱えなければならないでふから」

「あそっか、圧縮展開…」


この世界の魔導術は世界のことわりを解き明かし魔導語で表現する事でそれを再現することができる。

ただし世界そのものを再現するには膨大な詠唱が必要で、それを緩和するために呪文を圧縮し秘文ひもんという文字に固めて記憶し、呪文使用時にはそれを解凍して詠唱に代える。

魔導術が秘文魔術と呼ばれる所以である。


「まあ圧縮展開の必要ないごくごく単純で微弱な簡易魔法ボクルヴァス程度であれば、日常会話のついでに引き起こすことが可能らしいでふが」

「とんでもねえなそりゃ」


竜についてある程度聞いたことがあるであろう現地人のゲルダもそのあたりまではさすがに知らなかったらしい。


「えーでもでも魔導術の呪文て魔導師が開発したんじゃ…?」

「厳密には開発したとは少し違いまふ。この世の全ては魔導語と魔導術によって説明がつく、という理論の下にこの世界をしてるんでふ。つまり魔導師が開発した魔術というのは元からこの世に存在していて、それを魔導師が研究の末に証明した、と、言えばわかりやすいでふか」

「わかり…」

「やすい…?」


ゲルダとサフィナが顔を見合わせ腕を組んで首を傾ける。

ただミエは今の説明でだいぶ得心がいった。


「なるほど…? つまり数学の公式が元から存在してて、誰がどう計算してもその公式に則ってはいたけれど、それを誰かが発見するまでは誰も公式について自覚できてない、みたいなものですか」

「その通りでふ! というかよく数学の喩えで出てきまふね!」


ネッカが感嘆しつつもどこか不思議そうに呟き、その横でゲルダとサフィナが腕を組んで頭上にさらに追加の「?」を浮かべていた。

まあ当然というか、その奥のシャミルは今のミエの発言の意味を全部理解しているようだが。


「なので真竜ドラゴンは魔導学院に通わなくともこの世界の真理の一端を掴んで魔導術として会得することができると聞きまふ。無論展開の仕方も同時にでふ。学問としてではなく感覚…というか、でふかね。これを『血脈魔導ドリュウ・ティルゴルゥ』と呼びまふ」

「それって…」


途中まで言いかけた言葉を、ミエは呑み込んだ。

だって高い知識と知恵を備え、喋るだけで魔術的な事象を引き起こせて、学びもせずにこの世の真理から魔導術を引き出し習得できる。


それでは、それではまるで…






まるで、神様みたいではないか、と。






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