第453話 軍隊かパーティか

クラスク市の中枢とも言える居館、その中でも首脳陣たちが会し議する円卓の間。

その門前を守る衛兵は衛兵隊の中でも選り過ぎるの精鋭である。


「なあレオナル、今中でどんな話ししてんのかなー」

「わからん。しっかしお偉い人らも大変だなー。ゲルダ様とエモニモ隊長て今妊娠してんだろ?」

「ああ」

「ちょっとそそるよなライネス」

「お前なー。今は非常事態だぞー。まあ全面的に同意するが」

「だよなー」

「妊娠いいよな…」

「妊婦いい…」



…精鋭のはずである。



と、突然扉の向こうから怒号のような音が響いた。


「おわー!?」

「すいませんすいません! 俺じゃないっす! レオナルの奴が言えって…!」

「おまえー!」


てっきり怒られたのかと飛び上がり、驚き慌てて謝る二人。

だがどうやらその音は彼らに向けた叱責ではかなかったようで、二人はほっと胸を撫でおろした。



円卓の間では…クラスクの演説に当てられて者たちがどっと湧いて興奮のるつぼと化していた。


「ウオオオオオオオオオオオオ! グラズグのア゛ニ゛キ゛ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

「スゲエ…スゲエ! 流石兄貴ダ! ナア! ラオ!」

「アア。アア……!」


感動し泣き咽ぶワッフ、興奮するリーパグ、そして静かに滾るラオクィク。


「いいねえ総力戦、あたしは好きだぜ」

「はい。今回あまりお役に立てないのが忸怩じくじたるものがありますが…」


ゲルダとエモニモが顔を見合わせ、唇をほころばせ頷きあう。


「はい! はいでふ! 魔導学院に残る資料全て洗い出してみせまふ!」

「わたくしも教会の方にできる限りの御助力を願ってみますわ。これでもこの街の聖職者ですから」


ネッカがその身を感銘に打ち震わせ、イエタが静かな語り口ながらどこか高揚した風に、それぞれの協力を申し出る。


「お前達ハ魔具の作成頑張っテもらう事にナル」

「「はい!」」


そしてクラスクの言葉に、二人は明らかに歓喜を滲ませた声音で応えた。


「おー…西森のエルフにもお話聞く…?」

「それはまずくないか。聞きに行ったサフィナが帰ってこれなくなるだろう」

「おー…それはざんねん…」

「サフィナガドッカ行ッチマウダカー!?」


せっかくのサフィナの申し出だが、彼女の特殊な出自ゆえそれは少々厳しかろうとキャスが押し留める。

そして話をよく聞いていなかったワッフが驚愕して壁際を走り回った。


「だが豊穣の森シムーサ・ウーグのエルフ族に関しては私に任せてくれ。可能なら彼らから他のエルフ族も紹介してもらうつもりだ」

「王都近くなら魔術で移動可能でふ! 他にも遠方に行くときは念のためネッカに声をかけてほしいでふ!」


皆が興奮しながら口々に己のやるべきことを語る中むすっとした顔でそれらを聞いている娘が一人だけいた。

シャミルである。


「まったく…まったく! お主らそれがどれだけ大変な作業か本気でわかっておるのか! 各地から必死に集めた情報を纏めて! 翻訳して! 統計を取って! 引き比べて! そうしてあやつの攻略法を見つけ出すのは誰じゃと思っとる!」


そして腰に手を当てふんすと鼻息を荒くしてこう続けた。


「ま、このわしなんじゃがな!」

「おー…しゃみるやる気……」

「やる気ではないわ! 単にこう…単にこうなんじゃ、今まで誰も見たことのないレベルの資料が読み解けるのかと思うたら学者として少し興奮しただけじゃ! ほ、ほんとじゃぞ!?」

「おー…しゃみるかわいい」

「んにゃっ!? な、なにをゆうとるサフィナ!?」

「げるだ(くいくい)。しゃみるかわいい」

「知ってるよ」

「げげげゲルダ貴様までええええええええええ!?」


妙な褒められ方をしたせいか真っ赤になって狼狽えるシャミル。

可愛いと言われ慣れてないから動揺しているのか、それとも夜毎囁かれているから動揺してしまうのか、少々審議が必要な挙動である。


「…アーリ、お前ハドうダ」


わいのわいのと盛り上がる一同の中、一人壁際に背もたれて腕を組んで難しい顔をしているアーリにクラスクが話しかける。

声をかけられたアーリは『え? 自分?』のような感じに一瞬挙動不審に陥るが、観念したのか深く深くため息をついた。


「この期に及んで村を滅ぼされた怒りだとか気合だとか根性だとか言い出したら爪で引っ掻いてるとこなんニャけど…」


そして、ふてぶてしい態度で牙を見せながら獰猛に笑い、クラスクに視線を向けた。


「『知識と情報で戦う』ってくだりは気に入ったニャ」

「オオ、なら…!」

「わかったニャ! ミエ風の言い回しをするニャらニャ。協力するニャ。ま、アーリは兜ニャんか被ったことないんだけどニャ!」

「ヨシ……!」


クラスクがぐっとこぶしを握った。

あの竜について詳細な調査をしているらしきアーリを味方に引き込めたことに強い手応えを感じているようである。


「オイオイみんな大興奮だな。聖女様のあんなツラ初めて見たぞ」


己自身も少しその身を滾らせながら、努めていつも通りにふるまっているゲルダ。

なにせ彼女ですら幼少の頃から聞いたことのある、まさにおとぎ話レベルの相手に今から挑もうというのである。

戦士たる身として高揚しないはずがないのだ。


「しかしせっかくクラスクの旦那がいいこと言ってんのにお前反応うっすいなミエ……ミエ?」


そしてミエの方に顔を向けたゲルダは…彼女の様子を見てあんぐりと口を開けた。




ちーん。




あろうことかミエは、椅子に座りクラスクの方に顔を向け目を見開きながら気絶していた。

彼の演説のあまりの素晴らしさに尊死とうとしとカッコよを併発して意識をそらに飛ばしていたのである。


「しっかりしろミエ! おいミエ! 傷は浅いぞ!?」

「ドうシタミエ! ミエー!?」


必死にミエを揺するゲルダと本気で動揺し慌てふためくクラスク。

さっきまでの威厳もどこへやらである。




×        ×        ×





「さて、なんとか落ち着いた事ニャし、あいつを討伐する、って結論で続けさせてもらうんニャけどいいかニャ?」


アーリの言葉に一同が頷く。

ネッカがアーリの横の黒板の前にスタンバイし、いつでも板書ができるよう準備していた。


「あー…なんかお城の中なのに星空が見えましたー…」

「しっかりしろミエ、大丈夫かオマエ。まだ夕方だぞ」


まだ少しふらふらしているミエにゲルダが彼女なりの言葉で心配する。


「だーいじょーぶでーすよぉーう。たださっきの旦那様の事思い出しただけでこうお空にふわーっと…いける! って感じがして」

「それ行ったらダメな奴じゃねーか!」


ゲルダのツッコミに奥にいるイエタがこくこくと頷き同意する。


「…話が逸れたニャ。ともかくアレに挑む気ニャら、その前にひとつだけはっきり決めておかないとならニャイことがあるニャ」

「なんダ」


クラスクの問いかけに、アーリは腰に手を当てこう答えた。


「『軍隊で挑む』か『パーティー』で挑むか、ニャ」

「む……?」


クラスクが眉をしかめ、その意味を考える。

一方ミエの脳裏に浮かんだのはきらびやかなドレスに身を包んだ淑女たちが大広間で優雅に踊るイメージだった。


「なんかきらびやかですねえ」

「いい加減帰ってくるニャ。そのパーティーじゃないニャ」


まだ少し上体がふらふらしているミエの額をゲルダが指ではじく。


「いったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「目ェ覚めたか」

「覚めた! 覚めましたけど別の意味でどっかに行きかけましたっ!」


額を抑え悶絶するミエ。


「パーティーというのは戦士や魔導師などで構成された数人の一団のことじゃ。簡単に言えば冒険者連中のことと考えればよい」

「ああ…ええっとつまり少数精鋭ってことです?」

「まあそうじゃな。冒険者どもが皆精鋭かどうかはともかくとして」

「フム…」


その話を聞いてクラスクが腕を組んで考え込む。


「単純に考えルト人数が多イ方ガ犠牲ハ増えルが戦果も多イ。ダガアーリガ言イタイのハそう言ウ事ジャなかナイナ?」


少しだけ首を捻ったクラスクは、だがすぐに何かに気づいて呟イタ。



「人数が少なくなけれバ戦えナイ状況……そうカ、つまりアーリが聞イテルのはの話カ」


クラスクの回転の速さに我が意を得たりとアーリが唇を歪め笑う。







「正解ニャ。『軍隊で戦うかパーティーで戦うか』、は、言い換えると要はこういう事ニャ。『竜が来るのを待ち受けて迎え撃つ』か『相手の巣穴に乗り込んで倒す』かニャ」







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