第447話 代償成就

「んな…なんだこれは…っ!?」


ドワーフ族のサットクが愕然とした表情で目の前の光景を凝視している。


それは街並みだ。

クラスク市の雑踏である。


激しい往来、行きかう人々。

そして建物の向こうにそびえる大きな居館と尖塔…



その街のあまりの大きさと繁栄ぶりにサットクは目を丸くした。



ちなみに道中急ぐため嫌々クラスクの背中にしがみつき馬上で揺られ小さな悲鳴を断続的に上げ続けていたサットクは、街に到着すると同時に馬から降りて徒歩となっている。

コルキの方は遠出の散歩に満足したのか街中に入ると街の住人やら観光客が群がってやたら体を触りたがるのが面倒なのか、街の近くまでついてきたところでそのまま畑の方へと走り去っていった。


おそらく森のクラスク村へと戻るつもりなのだろう。


「お、市長!」

「今日はドワーフ連れですか、珍しいっスね」

「族…市長、コノ前仕入レタドワーフ族ノ酒旨カッタ!」


街の住人たちが次々に馬上のクラスクに声をかけ、クラスクが片手を上げて応える。

その堂の入った様子にサットクがまた目を丸くした。


「お前この街の市長だったのか!」

「何度もそう言っテル」


口をあんぐりとさせながら街の様子を指さし己を見上げるサットクに、クラスクはやや憮然とした表情で答える。


「いや確かに聞いてはいたが…まさかこれほど大きな町だとは思わないじゃないか!」

「それはマア…そうなルナ」


他種族のオーク族に対するイメージについてはクラスクはこの街を収めるようになってから散々聞かされてきたし、自分たちのこれまでの行為を考えればさもありなんと納得していた。

サットクの言葉にも自然頷けようというものである。


「それではわたくしは教会の方に…」

「アア。ご苦労ダッタ」

「はい。お疲れ様です」


同道していたイエタとはここで別れる。


「後デまタ、ナ」

「はい!」


そして居館での会議に彼女を招集していたクラスクは遅れぬようにと念を押し、イエタは顔を輝かせ嬉しそうに返事をした。


「…意外な組み合わせだな」

「そうカ?」


彼女の様子からなにやら察したサットクが少々困惑しながら呟いた。


ちなみにイエタが向かった教会は通りのすぐ左側にあり、これまたなかなかに大きな造りである。

この世界に於ける細工師の最高峰とも言えるドワーフ族の、それも石工であるサットクから見ればいろいろと粗は目立つけれど、それでも他種族が造ったものとしてはだいぶマシと評価する程度には、それは立派な石造建造物であった。



ただ少しだけ妙なことがある。

彼らのだ。



サットクの住むドワーフの街、ネッカの故郷たるオルドゥスは多島丘陵エルグファヴォレジファートの北端近くにある。

この街から見れば北北西の方角だろうか。

なので当然出発する時はクラスクは北門を使った。



だがイエタが祈りを捧げる複音教会があるのは街の西側…つまり彼らが通ってきたのは西である。



これにはこの街の現在の面倒な事情がかかわっている。

クラスク市の北部下町は、現在クラスク市の北の村々から避難させているオークやその家族たちでごった返しているのだ。


突然奪われた日常。

急ごしらえのため屋根すらない仮設の避難所。

襲われた村に知己や家族がいた者もいるはずだ。

その不安、心労、そして先の見えぬ焦燥はいかほどのものだろうか。


なによりその住民の多くが他部族のオーク達なのだ。

彼らは村に住んでまだ日が浅く、この街のオーク達のように社交性もまだ育ち切っていない。

さらに間近に迫った危機から種族的な戦闘本能が呼び覚まされ、皆気が立っている。

クラスクに全てを任されたゲヴィクルが必死に指導し宥め或いは暴力によって鎮圧することでどうにか小康状態を保っている状態だ。


そんなところに仇敵であるドワーフ族を放り込んだらどうなるか。

答えは火を見るよりも明らかだろう。

ゆえにクラスクはわざわざ遠回りをしてサットクを西門から街に入れたのである。


「トりあえず居館に案内すル。飯ト酒モ用意させル。落ち着いタラ後デ呼び出シテ聞く事があル」

「わかった。好きにしてくれ」


クラスクに言われるがまま頷いたサットクは、強くこぶしを震わせ、低い声でつぶやいた。


「…すまん。貴様に頼るほかない。あの街を頼む」

「わかっタ。悪イようにしナイ」




×        ×        ×




「お疲れ様でふクラ様。本当に助かったでふ」

「気にすルナ。家族の兄弟ハ俺の兄弟ダ」


円卓の間に戻ったクラスクの前にはこの街の重鎮が勢ぞろいして待ち受けていた。

まんじりともせず彼を待ち続けたネッカがサットクの無事の報を聞いてへなへなと地べたにへたり込み、キャスとミエの手を借りてなんとか立ち上がり礼を述べる。


「地元なので本当はネッカが案内するべきだったのでふが…」

「問題ナイ。イエタが案内シテくれタ。空飛べルのイイナ」

「旦那様、イエタさんは?」

「一度教会に戻っタ。後でこっちに来ルよう言っテおイタ」

「なるほど…ではもう少ししたら合流するという事で」

「そうダ」


そう、クラスクとイエタがサットクの救出に向かった折、ネッカは街で待機して彼らの帰りを今か今かと待ち侘びていたのである。


もちろん現場は彼女の故郷の近くであり、土地勘があるネッカが一緒に行った方がいいのは間違いない。

だが今回のはやや事情が違っていた。



サフィナが当初からだ。



未来は本来不確定なもので、選択肢によって様々な分岐が起き得る。

だが誰か…予言者や予知能力者などが一度未来をてしまえば、世界はその未来に向かって流れやすくなる。



からだ。



無論未来のことなのでそこから逃れるような選択肢を取ることで未来を変えようとすることはできる。

だが一度確定してしまった未来を無理矢理変えようとするには大きな労力が必要だ。


サットクを助けんと向かったクラスクの前に、サフィナがのより多くの飛竜ワイヴァーンが待ち受けていたのも、サットクの死という一度認識された未来を改変されないようにという世界の防衛機構だろう。


通常あの数の空飛ぶ相手を地表の者がどうにかすることは困難だ。

少なくともサットクが襲われ死ぬまでの間にどうにかできるとは思えない。

その上相手は竜種の一端である飛竜ワイヴァーンである。

追い散らすこと自体は歴戦の冒険者であれば不可能ではないとしても、サットクの身を守りながらそれをこなすことはほぼ不可能だったと言っていいだろう。



まあ魔狼を手なずけ呪われた斧を手にし尋常ならざる巨馬にまたがった大オークなどというちょっと神話めいた存在がその無理を暴威と暴力で押し通ってしまったわけだが。



ただもしそこのネッカがいると少し話が違ってくる。

サットクが助かった代わりに急な落石やはぐれ大蜥蜴や隠れていた飛竜ワイヴァーンなどがひょっこり現れ、彼女を殺してしまうリスクが発生してしまうからだ。


つまりネッカがサフィナがたという現地へと赴いてしまうことで、彼女が予知したのが誤解でもなくなんでもなく、本当にネッカの死だった事になりかねないのである。



これが儀式魔術〈時間遡行イノファイヴハイプ〉の際にネッカやアーリが示唆していた『代償成就』と呼ばれる現象である。




それを危惧してイエタやアーリがネッカを押し留め。兄を助けたいと願う彼女は城で留守番する羽目になった理由だった。




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