第448話 クラスクの決断

「皆さま遅れました。イエタ円卓会議に馳せ参じました」


てとてとと扉を開けてイエタが合流し、これで一通りの人材が揃った。


「……で、結局ドワーフの街の問題も引き受けて帰ってきたわけか、市長殿は」

「引き受けテきタ」


そしてネッカの家族の一大事とあってすぐさま馬を走らせ夜通し駆け続けて現地へと急行したクラスクが無事戻り、今やこの街の危難の当事者ともなったイエタが合流したことで、中断されていた円卓会議が再開される。

幸い彼がいない間に再度の襲撃はなかったようで、クラスクはほっと胸をなでおろした。


…が、円卓の向こうでシャミルがやや不機嫌そうな表情を浮かべ彼を睨んでいる。


「状況が状況じゃ。無論よその街にいい顔をしておくのは普段なら悪いことではないが…お主この街の現状がわかっておるのか」



そう、なんとか無事にサットクを連れ帰ったクラスクだったが、それで何が解決したわけでもない。

むしろ悩み事が増えただけである。



この街と周辺の村々があの紅蓮の竜の標的にされている事はまず間違いなく、その襲撃はいつ来るかわからず、避難させた村々のオークやその家族たちの避難所生活がいつまで続くかもわからない。

ドワーフ一人救ったところでこの街の状況は一向に好転していないのである。


その上で向こうの街まで救うなどとは少々安請け合いが過ぎるのではないか、とシャミルは毒づいているわけだ。


「サットクの計画ダメ。隣町デハあの街救えナイ。救えルトしタら俺達」

「それはそうかもしれんがー!」


そもそもサットクの本来の目的は近隣のドワーフの街を頼って街の事情を話し助力を請う事だった。

だが山を出て隣町に急ぎながら彼はそれがほぼ不可能であることを悟る。


大蜥蜴どもの行進、飛竜ワイヴァーンの群れ、、空を飛ぶドラゴンの影すら見た気がする。


山の様子が一変している。

これでは近隣の街も己の街を自衛するので精いっぱいだろう。

救助するための人出どころか食料を届ける事すら困難なはずだ。


サットクは半ば絶望しながら、それでも誠意だけは見せねばならぬと、街の窮状だけは知らせねばならぬと重い足を動かしつつ…あの飛竜ワイヴァーンどもに襲われたわけだ。


あれだけの避難者を抱えながらなお食料が豊富で、避難しているオークどもを含め人手と戦力が多いクラスク市ならば確かにドワーフの街オルドゥスの窮状を救えるかもしれない。


いわゆるジリ貧である。


「で、オルドゥスを救うとして、この街の窮状を打破しつつよその街の手助けをする何かの算段はあるのか」

「あル」

「ほう、是非後学のために聞かせてくれんかの」


シャミルの言葉には少し嫌味が混じっていたが、クラスクはそれを素直に受け取って己が考えを告げた。



「あの大トカゲ……竜ダッタカ。殺ス」

「「「!!!」」」



はっきりと、きっぱりと、クラスクが宣言した。

『竜殺し』を。


「オイオイオイ、クラスクさん正気かよ」


ゲルダが眉をひそめて問いかけると、クラスクが大きく頷いた。


「サットク言っテタ。山の様子おかシイ。理由はっきりシテル。あの赤い大トカゲ目覚めタから他の連中デカイ顔シテル。ならアイツ倒せバこの街助かル。ドワーフの街も助かル。ドっちも解決デきル!」

「おおおお~~~!!」


クラスクの言葉に素直に感心し、ミエが大いに拍手し称賛する。


…が、それ以外の者でクラスクの言葉に素直に感心した風なのは、オーク族の面々…すなわちラオクィク、ワッフ、そしてリーパグのみだった。


「ってあれ私だけオークさん側なんですー?!」


愕然とするミエをよそに、円卓の面々が皆難しい顔をしていた。

一方でラオクィクたちオークどもは何やら嬉しそうに腕組みをしながら互いに頷き合い、ミエに妙に優しく生暖かい視線を送る。


「なんかちょっとショックなんですけど!? っていうかせめてゲルダさんはこっち側かと思ってたんですけど!」


赤竜イクスク・ヴェクヲクス襲撃のショックから数日、未だに心の痛みは抜けないままだが、それでもだいぶいつもの調子が戻ってきたようだ。

クラスクが無事帰還したことと、サフィナが予言した悲劇が覆されたことが彼女を多少は元気づけたのだろうか。


「せめてってなんだよ失礼な」


どっかと椅子に深く座り直したゲルダがぼり、と跳ねた前髪を掻きながら小さくため息をつく。


「傭兵の立場から言わせてもらうとさ、被害を受けた、許せない、倒す、つーて倒せる奴は、そもそもでかい顔してのさばれてねーんだよ。そいつ千年も生きてんだろ? 悪玉だとしても相当だぜ」

「珍しく正論ですね」

「エモニモお前珍しくってなんだよこの口かこの口か」

「ひゃへへふふぁふぁい」


冷静にツッコミを入れた隣のエモニモの口を横に引っ張るゲルダ。


「えーっとでも…ほら吟遊詩人さんとかも歌ってるじゃないですか竜退治のいさおしってやつ! 街を襲ったドラゴンを旅の戦士とか魔法使いとかが倒すの!」

「あー、あるニャ」

「旦那様はその…自慢じゃないですけどいえちょっと自慢ですけど割と強い方だと思うので、こうなんとかなったりしないんですかね…?」

「ソウ! 強イ! 俺強イ!」


ミエの言葉に鼻息荒くクラスクが己の強さをアピールする。


「あー、クラスク殿、ミエ姉様。こう非常に言いにくいことなのだが…」

「はい、なんでしょうかキャスさん」

「吟遊詩人の謡っているあの英雄譚なんだが…相手は実はドラゴンではないのだ」

「ふぇ…?」


キャスの言葉が一瞬理解できず、思わず変な声を上げてしまうミエ。


「だってほら、テグラさんの報告と同じで硬い鱗があって」

「うむ」

「強靭な前脚と後ろ脚があって、その上で背中にも羽が生えてて」

「ああ」

「長い尻尾を生やしてて」

「そう」

「口から火を吐く…」

「そうだな」

「ドラゴンじゃないんですか!?」

「違う」

「ええー…?」


キャスの返事に面食らうミエ。

だってどこらどう聞いてもドラゴンの特徴に思える。

まあファンタジーに疎いミエはドラゴンの知識自体大してあるわけではないのだけれど、少なくともテグラの報告にあった存在と同じ姿に思える。

それがドラゴンではないとはどういうことだろう。


「ドラゴンじゃなかったらなんなんです?」

ニャ」


ミエの素朴な疑問に答えたのはアーリだった。

アーリはいつもの定位置である壁際で腕組みをしながら背もたれていたが、ミエの問いに答えるような形でその背を壁から離した。


「ドレイク…?」


ミエはきょとんとした顔でその言葉を聞いていた。


ファンタジー小説やその手のゲーム経験があればドレイクの名を持つモンスターのひとつでも聞いたことがあったかもしれないが、ミエはそうしたものに関してとんと疎く、ドレイクの名称も誰かの人名程度にしか聞こえなかった。

そしてもし知っていれば多少なりとも違和感を感じたことだろう。


そもそもドラゴンとドレイクは元を辿れば同じ語源の同じ意味である。

それが語感の違いやゲームにおけるモンスターの名称不足を補う形で両方採用され、やがて別の名称と認識されるようになり、作品によっては別のモンスターを指すようになったわけだ。


それがどうやらこの世界に於いては元々別種のものを意味するらしい。

そうした疑問を、残念ながらミエは抱けなかったけれど。


「ええっと…見た目の特徴は同じに聞こえますけど、何が違うんです?」

ニャ」

「種族…ドラゴンて…あれそもそもドラゴンって何族? 確か以前『竜種』って言ってましたよね?」

「そうニャ。ドラドンは竜種、つまりドラゴン族ニャ。他に分類しようがニャいからニャ」

「じゃあドレイクは?」


ミエの率直な疑問に対し、アーリはおよそミエの想像を斜めに超えた答えを返した。


ニャ」

「ふぇ? トカゲって…あのトカゲですか?」

「ニャ。つまりニャ」


ぱちくり。

ぱちくり。


ミエは目を二、三度しばたたかせた。


鱗があって…まああるだろう。

四つ脚で…まあそれも問題ない。

その上で羽が生えて…この時点でちょっとおかしい。


そして火を吐く。

トカゲ。





「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」





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