第445話 空の王者
足場たる
その隙を突いて背後から襲い掛かり必殺の毒針を打ち込まんとする二匹の
だが襲撃される側に予期された攻撃は必殺とはなり得ない。
空中での戦い、二体以上による襲撃、互いに相手に邪魔にならぬ、それでいてクラスクからの反撃を食らいにくい、遠くからのリーチある一撃。
となればその初撃は彼らの最も得意とする尾棘の毒針であるべきだ。
クラスクは大きく上体を逸らしつつ首をぐりんと返し己に迫る毒針を睨みつける。
一本の毒針が大きく逸れて、もう一本が右のこめかみを掠らんとした。
突然、クラスクの目の前でその毒針の進路が変わる。
イエタが唱えた呪文〈
クラスクは先ほどの尾撃をかわした際、己の身の回りに彼女が唱えたなんらかの守りの力があること、そして自分の肌からどれくらいの距離、どれほどの力でその『押し返す力』が働いているのかを肌で感じ、学習していた。
自分に体の端に当たるくらいの攻撃ならギリギリ脇に逸れる、と。
だがわかってはいても致死性の猛毒を有した毒針である。
さらには今にも地表に落下しかねない緊急事態の最中で、その呪文効果も説明を受けたものではなく、つい先刻たった体感しただけだ。
逸れるだろうと当たりがついたとして、果たしてどれだけの人間がそのままでは己に命中するであろう角度でその毒針を待ち受けようとするだろうか。
戦場に於いては瞬時の判断の誤りが死を招く。
仮にその判断が正しかったとて、決断に迷っていれば命を危険に晒す。
そしてもしその決断が核心をついていたとしても、それを信じ切り身を任せる胆力がなくば、やはり対手に後れを取るだろう。
クラスクの戦士としての強さは、その的確な判断力と即座の決断力、そしてその決断に己の全てを委ねることのできる豪胆さにあると言っていい。
クラスクの右側頭部ギリギリを突き抜けた
ギリギリまで引き付けたそれを、クラスクは今度こそがっしと左手で掴む。
驚き慌てた
新たな足がかり…今は手がかりか…を得たクラスクは、意識を失った
あまりの早業に仰天し、続く激痛に呻く
だが当然ながらクラスクの攻撃はそれで終わらない。
いや、正確には彼の斧に宿った呪詛が終わらせてくれない。
明らかに自然の出血より多い。
先ほどと同じである。
まるで離れた場所からその斧が傷口から血を啜り取っているかのように、みるみるその
もちろんクラスクの暴威を彼が掴まりぶら下がっている
尾のすぐ上には彼の前脚があるし、尾を持ち上げればそのまま噛みつくことだってできるはずだ。
ならなぜ彼はその
答えは単純、彼が重いのだ。
元々オーク族は
そのうえクラスクはミエの≪応援≫の彼専用の固有効果によりステータス還元の恩恵を受けており、並のオーク達より遥かに増した耐久度がその体躯をさらに肥大化させている。
いわばその
必死に彼を振り払おうと暴れるが、せいぜいその尾がぶらぶらと大きく揺れる程度で、むしろ自らが落下せぬように羽ばたくので精一杯なのである。
まあ飛行生物として考えればクラスクほどの重量をぶら下げたまま未だ空を飛んでいられるだけで十分驚きなのだけれど。
ともあれそんなわけでクラスクは
先ほどの尾の先端とは違い、より大きな切り口からはより大量の血が漏れ出て、そのせいで急激に失血したその
それを見計らったように、左手一本で己の全体重を支えていたクラスクは空中でゴム毬のようにぐぐ、とその身を大きく丸めた。
そして己をぶら下げた
失血で意識が朦朧としているところに横からとんでもない衝撃を喰らったその
明滅した意識はすぐに回復し、我に返った彼は慌ててその身を立て直し揚力を得ようとしたが……一瞬遅い。
大きく一回羽ばたいたところでそのまま崖の壁面へと叩きつけられた彼は。呻くような叫びを上げたるとそのまま転げ落ちるようにして崖下へと消えた。
手傷を負った
これ以上好きにはさせじと暴れまくる
左手には尻尾、右手には斧を掴んだままのクラスクは、その背にしっかり掴まることができず翻弄される。
己が背の緑の
だがそのせいで他の
…が、それこそがクラスクの狙い。
暴れる
「…ここダ」
ぼそり、と呟いたクラスクは、あろうことか己の生命線である斧を軽く宙に放った。
クラスクのすぐ脇でゆっくりと回転する彼の愛斧。
そして自由になった彼の右手は目の前にある
一瞬の早業とあまりの怪力に
すぐに右手を伸ばし、宙を回転しながら少しずつ己と離れてゆく愛斧を掴まんとするクラスク。
一回取り損ねてぎょっと目を見開くが、そのまま薬指と中指でとんと斧を上に弾き、さらに一回転した斧の柄を今度こそがっしと引っ掴む。
「
そして…叫ぶ。
その斧に集めた血を解放する
前回は操り人形と化したエルフを幾人も斬って貯めた血のストックだが、今回は大型の
これで十分足りるはずである。
クラスクの背後、その宙空に巨大な紅蓮の斧が生成される。
彼が持つ斧から溢れ出た血潮が形を成した斧だ。
そして遠くから彼を威嚇している
ぶうん、とクラスクが斧を振るった。
目の前の
それは同時に彼の背後にあった巨大な
負った傷はそれぞれバラバラなれど、そのいずれもが飛行を維持することが困難な程には重傷で、
そんな中クラスクは、その落ちる
「逃がすカ、阿呆メ」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!?」
羽を掴まれ羽ばたくこともできず、その
地表がみるみる近づいて、竜種ともあろう者がなんとも情けない悲鳴を上げた。
が、地表…崖下の岩場へと激突する寸前、ほんの30ウィールブ(約27m)手前で、クラスクが突如その羽を解放した。
大慌てて皮膜を広げ、ギリギリ地上数ウィーブルのところで急制動し墜死を免れる
だがその背中には、既にクラスクの姿はない。
ほんの少し前、
クラスクの愛馬
彼は先刻崖下に転げ落ち呻きながら立ち上がろうとした
そしてクラスクがその
宙空、斧一閃。
一息ついて完全に油断したその
そのまま疾走する
主人の安全を確認し、徐々に歩調を緩める
彼の頭をぽんぽんと叩き労をねぎらったクラスクは…己の斧で肩を叩きながら呟いた。
「さテ、コルキの方は終わっタかな」
愛馬に鞭打つこともなく馬首を返し、先刻サットクが襲われた場所へと駆け戻るクラスク。
彼の背後には…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます