第443話 飛竜の群れ

まったく…なんで俺がこんな目にエイベック ダダ ドゥ ク ドゥルスグ クバー…!」


ドワーフ語で激しく毒づきながら、ネカターエルの兄、三男のサットクが必死に足を動かす。

ドワーフ族の背は低い。

人間族と比して一回り低い背丈と人間族と変わらぬ肩幅は、他種族から見て彼らにずんぐりとした印象を与える。

そして同時に印象付けられるのがもう一つのイメージだ。


すなわち、短足である。


彼らに言わせればそれは甚だしい誤解であって、ドワーフという種族的にはその足の長さこそが適正であると強く主張されるけれど、いかんせん彼らの足が遅いことになんら変わりはない。

ゆえに今もこうして怪物どもに追い立てられ振り切ることができぬ。


その怪物どもはクラスク市の北方の村々を襲ったかの赤竜と似た…だが明らかに非なるものだった。


体長は15フース(約4.5m)ほどだがその体長の半分ほどは長い尻尾が占めており、体格自体はさほど大きくない。

通常の竜種…すなわち真竜ドラゴンであれば大体若造や若者といったサイズで成竜なのだから、竜種としては小柄な方である。


鋭い鉤爪を生やした物騒な翼を有する一方、通常の竜のような前脚を持たぬ。

まあ彼らの翼は骨格を見る限り蝙蝠のように腕に皮膜を生やして翼膜としているタイプであり。前脚が翼になって後脚で立つというスタイルはある意味とても正しい。

前脚と後脚を備えた上で翼膜まで有している真竜ドラゴンどもの方が普通に考えればおかしいのだ。


彼らは真竜ドラゴンと異なり口から火を吐くことはできないが、鋭い牙と翼膜の鉤爪、強力な脚、さらには尻尾の先端の毒針で攻撃する。

この毒は非常に強く、人型生物フェインミューブであれば喰らえばまず即死、巨人種すらもだえ苦しませ殺すとまで言われるもので、冒険者たちにも恐れられている。


サットクを襲う飛竜ワイヴァーンは一体だけだ。

ただこれは彼がその飛竜ワイヴァーンさえ対処できれば無事逃げ切れることを意味しない。


なにせ彼の上にはさらに十匹近くの飛竜ワイヴァーンが大挙して待ち構え、旋回しながらサットクの逃走を観察しているのだ。

一斉に襲わないのはその短足な人型生物フェインミューブが谷間の狭い街道を選んで逃走しているためで、飛行しているという利点を十分に生かそうとするとどうしても一度に一、二匹しか襲撃に向かえないのである。

だがもしどこかでその人型生物フェインミューブが隙を見せたなら…例えば転びでもしたなららたちまち急降下して群がって、その毒針が次々に打ち込まれることだろう。


何せ彼らは下級とはいえ竜種である。

ただの狂暴な化物にしか見えぬがその知性は人間族の子供よりは上だ。

彼らは粗野なりに竜語を話すことすらできるのである。


普段単独で襲撃してくるだけで厄介なそんな連中が、今や群れを為して旅人を襲っている。

ここ数日で彼らに襲われ喰らわれた隊商が幾つもあり、食糧を喰い荒らされ横倒しになった幌馬車がこの近辺にも転がっていた。


犠牲者の姿はない。

皆運んでいた食料同様彼らに喰われてしまったのだ。



群れ為す飛竜ワイヴァーンどもの徘徊…

それはこの地方にとってはまさに大惨事以外の何物でもないのである。



サットクは歯ぎしりをしながら逃げ足をさらに早める。

とはいってもそれは人間族に比べたら微々たる差に過ぎず、空を飛ぶ飛竜ワイヴァーンどもにとっては失笑するレベルで僅かな差にすぎないが。


無論サットクにもこの空飛ぶ蜥蜴…彼はそう豪語してはばからないが…に抗う道はある。

なにせ前回と違い今回は手元に彼愛用の斧がある。

つまり戦うすべを持っているのだ。


彼の本職は石工ではあるがドワーフである以上戦闘訓練はみっちりと積んでおり、そこらの野獣相手に引けを取るつもりはない。

前回の大蜥蜴程度であれば激闘の末に打ち倒すことができるだろう。


ただ…今回の相手はいささか分が悪い。

天井がある地底に適応し、背が低くリーチの短いドワーフ族ではそもそも空飛ぶ彼らに有効打が与えにくい。


さらに言えば戦場も彼には不利だ。

ドワーフ族が真価を発揮するのは拠点防衛戦である。

攻め込んでくる相手に任された地点を死守する戦いに於いては彼らの足の遅さは不利とはならず、逆にその重心の低さが武器にすらなる。

そしてその頑健さと不屈さと尖塔技術によって、彼らは相手が疲れ果て戦意を喪失するまで不断で戦い続けるのだ。


だが…一方でこうして相手に背を向けながらの撤退戦は彼らの体格的に向いていない。

相手が空を飛んでいれば層倍である。



チクショウルバック…!」



思わず漏れた罵倒の言葉…ドワーフ語。

最近似たような状況で同じような言葉を漏らしたことを思い出す。



あの時は助けが来てくれたが、今は…



そのまままっすぐジィ ツレアズフス! 左斜め下ロース! ウェジマール ウィーミュルゥ

了解オッキー!」

「ばうっ!」



声が、聞こえた。

あの時と似たような声が。



最初の叫びは共通語ギンニムだった。

だがそれに応じるかのように響いた声は共通語ギンニムではない。

無論ドワーフ語でもない。

だが今の彼はそれが何語か知っている。



オーク語だ。

それはオーク語で理解や承知を意味する言葉だと、サットクは学んで知っていた。



ドワーフとしてオーク語を学ぶなどなんとも口惜しく憤懣やるかたないことではあるが、とにもかくにも知っていた。

だからだ。



「イエタ! 空危ナイ! 役目済んダ! 岩陰に隠れテロ!」

「はい!」


共通語ギンニムによるクラスクの指示の下、飛竜ワイヴァーンどもの標的とならぬよう急ぎ地上へと急降下し岩場へと降り立つイエタ。


我が信仰、もろびとを護りし盾とならんノフス ラツ フシューン 〈領域・信心の楯トゥミュツォル・フシューヒラウフト〉!」


そして着地と同時に仲間への戦闘補助の魔術をかけるのも忘れない。

舞うようにくるりと弧を描いた彼女の指先から放たれた白い光がクラスクを射抜き、それが連鎖するように彼の跨るうまそうキートク・フクィルに、そしてうまそうキートク・フクィルから隣を走る魔狼コルキに、まるで鎖で繋がるように注がれた。


三人…正確には一人と一頭と一匹だろうか…の身体がうっすらと淡い光に包まれる。

信心の楯フシューヒラウフト〉は術者の信仰心を光の楯に変えて触れた対象に与える呪文で、鎧のように堅牢な防御を提供するわけではないが、対象への攻撃を逸らしたり弾いたりしてくれる光の防壁を発生させる。

いわば斥力を付与する呪文であり、聖職者の初歩の防御術である。


彼女が用いたそれはその〈信心の楯フシューヒラウフト〉を集団に対して使用できるようにした中位呪文だ。


クラスクは呪文自体がどういうものかに関する知識は一切なかったが、自分たちに対して有益なものであることだけは理解して、イエタに視線で礼を伝えると馬を一層走らせた速度を上げた。


「ひのふのみの…上に九匹カ! サフィナの言っテタのより多イナ!」


上空に旋回している飛竜ワイヴァーンどもをざっと数えたクラスクは、そちらを放っておくと後が面倒だと即座に判断し、己で対処すると決めた。


「コルキ! 下を頼めるカ!」

「ばうっ!」


前回ついてこれなかったコルキが今回はどうしても一緒に行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたいとだだをこねるのと、目的地がドワーフの街そのものでないことからクラスクが承諾し、今日のクラスクの隣には巨大な魔狼が疾駆している。


「ドワーフは喰うナよ」

「ばうー?」

「…ネッカに似てる方ダ」

「ばう! ばう!」


少々物騒なやりとりの後、クラスクは崖上を走り、そしてコルキがその脇を駆けながらサットクに襲い掛かる飛竜ワイヴァーン目掛けて一気に崖下へと駆け降りてゆく。






こうして、二つの戦端が開かれた。





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