第442話 再度の緊急事態
「夜目の利かない私にはよくわからないですけど…なんか黒いのがいっぱいいませんこれ?」
目を細め水晶球を覗き込みながらミエが呟く。
「岩場をうろちょろしてんのはこれ大トカゲか。傭兵時代に見かけたことあるぜ」
「前にサットクが襲われテタ奴ダナ」
「ほう…ちょくちょくドレイクがおるの」
「ドレイク?」
「それはじゃな…」
「おー…これこれ。空にいっぱいいるのネッカっぽいひとむしゃむしゃしてたやつ」
「わっふ?!」
「確かに
そう、かつてクラスクやネッカ、そしてイエタが訪れたその山は、今や大量の怪物どもが蠢く魔窟と化してた。
「旦那様よくこんな危険なのがいっぱいいる山に行けましたね。怪我とかしませんでした?」
「いえミエ様、あの時わたくしやクラスク様がこの山に訪れた時はこれほど多くの怪物が跳梁はしていませんでした」
「ってことは最近…?」
「…なるほどの。そういうことか」
背後からした声はシャミルのものだ。
シャミルは黒板の方へと向かうと、その隣にある書棚から何やら取り出…
…そうとして背が届かず一生懸命背伸びして、結局ミエに取ってもらうことになった。
「これって…地図?」
「よく見てみよ」
ばさりと円卓の上に地図を広げたシャミルが椅子の上に足を乗せ、円卓の上に身を乗り出して指でなぞる。
「わしらの街がここ、
「
「そうじゃ。でグラトリアの中でもネッカの故郷オルドゥスがここじゃ。何か気づかぬか」
「えーっと、あれ…?」
その北にはかの古竜イクスク・ヴェクヲクス…クラスク市の周辺村を襲ったとされる伝説の赤竜…の住処とされる
そしてオルドゥスは
「つまりあの竜の住処に近いってことですか?!」
「そうじゃ。おそらくかの古竜めが休眠期から開けたことで周辺の竜族の活動が活発となり、その影響を受けて蜥蜴どもが暴れておるのじゃろう」
「え…目が覚めただけで近隣の環境に影響を与えるってことですか?」
「それはそうじゃろう。かの古竜の目覚めは
シャミルはぶつくさとその竜の身勝手さについて愚痴を吐く。
「そしてその後の幾多の襲撃と虐殺、
「そんな…!」
以前シャミルから聞いていた警告。
けれど当時のミエはその言葉に強い実感を伴うことができなかった。
その対象がさらに恐ろしい存在で、そしてそれがこの街を標的にしている。
一地方の環境そのものすら激変させる怪物が、だ。
ミエの身体は知らず震えていた。
その竜種がこれまでに積み重ねてきた恐怖が…その目論見通りミエの足元から這い上ってくる。
「それハドうデモイイ」
だが背後から聞こえた力強い声にミエはハッと正気を取り戻した。
そうだ。
たとえ自分が力弱い存在だとしても、やるべきことがある内はこの足を止めては駄目だ。
喩え自分がその巨大な存在の前では吹けば飛ぶような卑小な命に過ぎなくとも。どうあがいても個人で抗し得ぬ非力な身だとしても、この街を運営する者としてやれること、そしてやらねばならぬことはいくらでもあるではないか。
「外が危険なら街に籠っテいれバイイ。ナゼネッカの兄弟ハ危険ヲ冒シテ街ノ外ニ出ル」
「言われてみれば…」
「ちょっとお伺いを立ててみまふ! ドワーフの事なら直接ヌシーダ様に聞けるはずでふ!」
ネッカは魔法の背負い袋から白墨を取り出すと急ぎ円卓の間の床に魔方陣を描いてゆく。
「本当なら花のクラスク村の魔術工房でやるのが一番いいんでふが…今は時間がないでふ」
ネッカは描いた魔法陣の中央に石板を置くとその前の膝をつき、目を閉じて瞑想状態に入る。
そして手にした杖を構えながら呪文の詠唱を始めた。
「
ネッカのかざした掌から石板へと青白い光が注がれる。
しばらくしてそれの光が全て石板へと吸収されると、ネッカが厳かな手つきでその石板を手に取り神と交信を始めた。
「もしもしヌシーダ様でふか。はい、はい、こちらドワーフ族(中略)のネカターエルと申しまふ。はい、はい、今回お掛けしたご用件なんでふが…」
魔術による神との崇高な交信に感じ入っている一堂。
その中でミエだけは依然と同じ感想を抱いていた。
「やっぱりスマホですよねこれ?」
ともあれネッカのドワーフ族を生み出した主神たる山の神ヌシーダとの交神も終わり、ネッカが真っ青な顔で石板を床に置いた。
「た、大変なことになってまふ…!」
「大変なこト?」
クラスクの問いにネッカはぶんぶんと頷く。
「どうやらメインの坑道を掘り進めている時に大きな地震があって落盤事故が発生、あの街の主だった大人の男性は鉱夫でふからその事故に巻き込まれて大半が生き埋めになってるみたいでふ!」
「そりゃ本気で大惨事じゃねえか!」
ゲルダが叫ぶのも無理はない。
それほど坑道に於いて落盤事故というのは致命的である。
「それで今街のみんな総出で救出作業を行ってるでふが二次被害の恐れがあって進捗芳しくなく、さらにはどうやら食料貯蔵庫も大きな被害を受けてこのままでは深刻な食糧不足になりそうで、それで隣町に救助を求めようと外に顔を出したらさっき水晶球で見た有様になっててでふね…」
「でにっちもさっちもいかなくなったわけじゃな」
「はいでふ」
頷くネッカを見ながら腕組みをするクラスク。
「そういえばネッカ様のご家族は皆石工をなさってましたよね」
「はいでふ。それで幸い被害を受けずに済んで…」
「デ無事ダッタから自分達デ救助を呼びに行こうトシタ」
「おー…それで明日むしゃむしゃされる」
「でふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
涙目で悲鳴を上げるネッカ。
傍から聞いてるのみだとややコミカルに見えなくもないが。
「どうしましょう。このままだとネッカさんの御兄弟の命が…!」
「おー…むっしゃむっしゃ」
「決まっテル。助けに行ク」
ミエの言葉に即断するクラスク。
「旦那様!」
「クラ様!」
ぱああ…と顔を輝かせるミエとネッカ。
だが腕を組んで少しだけ難しい顔をするキャス。
「キャスは反対カ」
「無論助けに行った方がいい。が、今はこの街も一大事なことを忘れるな」
「わかっテル。だがドワーフどもはうちの提携先ダ。提携先の危機がわかっテテ手を尽くさんのハ俺の
「旦那様、
「それダ。俺の沽券に関わル。この街にもナ」
椅子から立ち上がったクラスクが大きく伸びをして上体を左右に動かし始めた。
ちょうど準備運動をしているかのようだ。
「なにより俺の嫁の家族ダ。嫁の家族ハ俺の家族。家族を助けに行くのに理由はイらん」
そして窓の外、夜陰に入った空を睨んだ。
決死の救出行が……始まろうとしていた。
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