第441話 啓示解釈
「ネッカさんがネッカさんかどうかって…どういうことです?」
ぱちくり、と目をしばたたかせたミエがイエタに尋ねる。
「わたくしは神の教えを学んだのみで他の魔術系統については詳しくありませんが……神聖魔術に於いて神から与えられし啓示というのは必ずしも的中するわけではないのです」
「ええっと…それは神様も間違えることがある、ってことですか?」
ミエの言葉にイエタはふるふると首を振った。
「ひとつは啓示を与えたことにより啓示を受けた者の行動が変わり、それによって未来が変わってしまったケースですね」
「それはまあ…正しい在り方じゃろ。そうでなくばなんのために啓示を与えたのかわからんではないか」
「はい。次にその啓示が求めていることが実際には預言ではなく目標であるケース」
「あん…?」
だんだん難しくなってきたのか、ゲルダが眉をしかめ首を傾げる。
「もくひょー? どーゆーことだそれ?」
「あれでふね。神性同士の目的が競合している場合…例えばあるアイテムがどの陣営のどの国にあるかによって未来が大きく変わって、それによってそれぞれの神様の利益や損失が変わってくる場合、そのアイテムの奪取自体が啓示として振ってくることがありまふ。未来に起こる事ではなく、神様がそうあって欲しい未来に対する啓示、ってことでふね」
「あー…なるほど。つまり今回だとお前を
「ここここ今回のことはそれとは違うと思いままままままままままままふがっ!!」
想像していなかった方向からのツッコミにネッカがあわあわと慌てふためく。
「そしてもうひとつが…受け手が解釈を誤るパターンです」
「あー…そういえばネッカさんも前に言ってましたね。占術で尋ねる神様…高位存在? は
「でふでふ。ミエ様よく覚えてまふね」
ミエの言葉にイエタは小さく頷く。
「はい。神様の御意志が高いところにあって、わたくしたち肉体の枷を持つ者には神様の意図通りに解釈しきれないこともあります。それと…受けた啓示が何らかの映像などであった場合、受け手のよく知っているものに置き換えて解釈してしまうこともあるんです」
「あー! つまりサフィナちゃんが見たネッカさん、っていうのがネッカさんによく似た別のドワーフさん、って可能性があるってことですか?!」
「はい。サフィナさんが見たという光景が何からもたらされているのかはわたくしにはわかりませんが、少なくとも元々ネッカ様が山に行かれる御予定ではないのに山に行くのが危険だと啓示を受ける理由がありません。今から明朝までの間に突発的な要件が降って湧いてくるのでもない限り」
「おー…イエタかしこい…」
ぱちぱちぱち、と拍手をしたサフィナが腕を組みながらくくくく…と首を傾げる。
そして先刻同様上体が真横に逸れるくらい大きく悩んだ後…ゆっくりとその半身を元に戻した。
「おー…言われてみるとちょっと違う気がしてきた。ネッカ男じゃない気がする」
「ネッカ女でふよ!!??」
サフィナの壮大なボケとも言える台詞にネッカが本気でツッコんだ。
「そうですよ! ネッカさんは立派な女性です! 夜とかもうすごいんですから!」
「そうだな、うむ。献身的で努力家でとてもその…奉仕精神が旺盛だ」
「凄く抱き心地イイ! 筋肉イイヨナ! 女! 間違いなくイイ女!」
「ちょっ! 皆さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
姉嫁二人と夫の追い打ちに真っ赤になって沸騰するネッカ。
「まあ馬鹿夫婦のノロケはこの際置いといてじゃ」
「のろけってなんですか! ほんとネッカさんすごいんですよ! この前なんてですねー!」
「この前のことはもういいでふから!!」
妹嫁をフォローしようとムキになるミエを耳先まで赤くなったネッカが抱き着いて止めようとする。
「置いといてじゃ。それがサフィナの勘違いだとして、ではなぜサフィナはその啓示を受けたのじゃ。」
「確かに…うちの街のドワーフはまだネッカさんしかいらっしゃいはずですが」
エモニモが以前確認した住民の戸籍と種族集計を思い出しながらそう呟く。
「まあオークの街じゃからな。天敵のドワーフ族が居つかぬのは道理じゃろうよ」
「ですよね。それならなおの事なぜ…」
「おー…」
二人の会話を聞きながら、サフィナはなぜか両こぶしを天に突き上げた。
「ネッカじゃないけど、ただのドワーフじゃない、と思う。サフィナがネッカと思い込むくらいにはすごくネッカだった。こう…ネッカじゃないならネッカの家族? みたいな?」
「「「!!!」」」
がた、とクラスクとネッカ、そしてイエタが身を乗り出した。
「ネッカの兄弟カ!」
「わたくし達はネッカ様の御兄弟のことを存じ上げておりますが、サフィナさんは直に会ったことがありません。ネッカ様に近しい存在だったから、あの方たちを知らないサフィナさんがネッカ様と勘違いされたのでは…?」
「きっとそうでふ! ネッカの兄様達の誰かに間違いないでふ!」
謎が解けたらしきところでゲルダがばんと手を叩いて歯を見せ笑う。
「あーよかったよかった、つまりサフィナが見たのはネッカじゃなくってネッカの兄貴ってことか!」
おお~…とゲルダの台詞に一同がどよめき、安堵のため息が漏れる。
「でもそれってつまり…ネッカさんじゃないですけどネッカさんのお兄さん? が
そして顎先に指を当てたミエの一言に、皆がびしりと硬直した。
「なんにも解決してないでふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~!!?」
村の一大事のさなか突然降って湧いた別口の難題に皆が騒然となった。
「ちょっと待て、待てい。それもサフィナの言じゃとその予言の事態が発生するのは明日の昼とな?」
「じじじ時間がないでふ! っていうかそもそもなんでそんなことに!?」
「落ち着けネッカ。お前が占っテ調べロ」
「あ…そうでした。そうでふね」
クラスクの一言に正気を取り戻したネッカが背負い袋を円卓の上に置き手を突っ込む。
見た目の大きさと裏腹にその気になれば小部屋いっぱいの金貨をまるごとしまい込むことすらできる、
「その袋なんでも入ってんな。武器とかも入んのか」
「縦横高さが特定のサイズ以下のものしか入らないでふから剣とか斧は難しいでふね。でもゲルダ様の鎖斧はリーチの主要部分が鎖でふからまとめれば入るかもでふ」
「へーそりゃいいな今度あたしにも作ってくれよ」
「わかりましたでふ」
そんな会話を交わしながらネッカが取り出したのは…人の子供の頭部ほどの大きさの透明な球体であった。
「えーとこれはでふね…」
「あー水晶球! ってことはこれで占いするんですか! 占いするんですか!」
「は、はいでふミエ様。ずいぶん興奮されてまふね…?」
「はい! はい! だって夢だったんですもの!」
「ゆめ…?」
非常時だというのにミエは思わず興奮してそう叫ぶ。
なにせ占い師と言えば水晶球。
かつて彼女が住んでいた世界に於いて、都会の街角に占い師がいることは珍しいことではなかった。
花占いやカード占いなど種類を問わず、女性は占い好きなことが多い。
水晶球占いなどその最たるものだろう。
ミエもそうしたものに興味津々ではあったのだけれど、残念ながら両親に占いをすることは止められていたのだ。
なにせ当時の彼女は二十歳になるまで生きられぬとされていた病弱の身。
占い師がインチキで下手に元気になるなどと占われて変な期待をしてその後に落胆や絶望するにしても、占い師が本物で彼女が遠からず死ぬと告げるにしても、どう転んだところで彼女のためにならぬと判断されたわけだ。
だが魔法が実在するこの世界、占術が存在するここでなら話は別だろう。
魔導術は情報収集を占術と呼ばれる系統で行使することが可能である。
つまり図らずもミエは本物の水晶玉占いというものを今から拝むことができるわけだ。
「魔導師も水晶球占いとかするんですねー」
「というか〈
「へええええ~~~確かにそれっぽい!」
背負い袋から一緒に紫色の滑らかな布を取り出したネッカはそれを円卓の上に束ねるように敷き、その上にそっと水晶球を置く。
「
そしてネッカが呪文を唱えると…その水晶球がぼうと光を放ちぼんやりと…だが徐々にはっきりとどこかの光景を映し出す。
「へぇー…これは私たちにも見えるんですね。ただなんか暗くありません?」
「今は夜じゃからな」
「あそっか」
「どれどれ…おー見える見える」
「ええいわしにも見せんかゲルダ、お主邪魔じゃ!」
「あれもしかして見えてないの私だけですか?! ずるくありません!?」
全員興味があるのか群がるようにして水晶球の中の光景を覗き込む。
もっとも≪闇視≫や≪夜目≫を持たぬミエやエモニモの視力では暗い水晶球の奥に何かの大きな影があるくらいしかわからないが。
「これは…山か…?」
「はいでふキャス様。ネッカの故郷オルドゥスの街のある山の…わっふ?」
「わっふ?」
「わっふ」
すっとんきょうな声を上げた一同は…そこに映った光景に思わず己が目を疑った。
その山の空にも麓にも山腹にも…大量の怪物が蠢いていたのである。
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