第440話 重なる難題
「クラスクノアニk…市長! 各村ノ避難民指定ノ避難場所ニ案内完了! 食料ノ配布モ終ワッタダ。現在各村ノ名簿ト突キ合ワセテ九割七分ノ受入ヲ確認ダベ」
「ワッフ、よくやっタ」
「デヘヘ…」
以前に比べだいぶまともに報告ができるようになったワッフが照れくさそうに頭を掻く。
実際前族長を倒し名を上げたラオクィクは元々腕っぷしが強かったし、リーパグも元の村では評価されにくかっただけで手先が器用でなんでもこなせるタイプだった。
それを考えれば元が内気で争いを好まぬ性質だったワッフが今やオーク兵隊長を担いながら食料などの管理もそつなくこなしているのだから、当時から一番成長しているのはもしかしたら彼かもしれない。
そしてその妻であるサフィナは…
てとてとてと…となぜだかネッカの前までやってきて彼女をじぃと見つめた。
じぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~。
「な、なんでふか…?」
「おー…ネッカがいる」
「い、いまふけどそれが何か…?」
ぺたぺたぺた。
ネッカの足を触る。
「な、なんでふか?」
「おー…足、ある」
「あ、ありまふけど…?」
頭上『?』を幾つも浮かべてネッカが困惑する。
サフィナはそんなネッカの様子を下から小首を傾げ不思議そうに見上げながら…こう呟いた。
「おー…死んでない…?」
「なんか物騒なこと言われてる気がしまふぅぅぅぅぅぅ~~~~~~!?」
ややコミカルに椅子の上に飛び上がり怯えるネッカだったが、他の面々の反応はシリアスだった。
なにせこれまでサフィナの預言と言っていいレベルの勘の冴えに散々助けられてきたのだから。
彼女がそう言うからにはきっと確度の高い何かがあるに違いないのだ。
「サフィナちゃんサフィナちゃん、ええっと…ネッカさんが大変な目に遭っちゃうのが見えたの?」
「おー…見えた。死んだかと思って慌ててきた」
ミエの問いかけにサフィナがはっきりとそう述べる。
これほどきっぱりと言い切るという事は相当はっきりと見えたに違いない。
「…でもよく考えたら今は夜だった」
「夜? サフィナや、お主が見た光景は夜ではないのか。も少し詳しく話してくれんか」
「おー…? 空は青かった。たぶんお昼くらい。場所は岩だらけ、右も左も高い崖みたいなとこ。たぶん山の中。ネッカ逃げたけど追いつかれて、二、三匹のドラゴン? についばまれてむしゃむしゃされてた」
「ネッカドラゴンに食べられてまふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~!!?」
びくぅ! とその身を竦ませカタカタカタと震えるネッカ。
なにせこうまではっきり見えているサフィナの預言はなまじな高位占術より当たるのだ。
「ニ、三匹…って一匹であれなのにさらにやってくんのかよ」
「おー…でも村を襲ったやつよりだいぶ小さい、と思う。だいたい15フース(約4.5m)くらい? その半分くらいしっぽ。しっぽながい」
「確かにテグラさんが報告されたものよりはだいぶ小型ですけど…それでもだいぶ大きいですね!?」
「そんなんが何匹もいんのかよ…」
ミエの叫びに反応してゲルダがなんとも嫌そうな顔をする。
「ニャ…しかしそれは少しおかしいニャ」
「アーリ、知っテルなら詳シく話せ」
クラスクに言われアーリは再び壁から背を離す。
「ニャ。ドラゴンでその大きさだとしたら年齢はせいぜい50歳かそれ以下…まあ若竜ってとこかニャ? でもその頃のドラゴンってちょうど親離れして自分の巣穴作って個人…個竜? まあどっちでもいいニャ。ともかく自分の財宝とかを集め始める時期ニャ。だから基本群れニャイ。同族は財宝を求めるライバル同士になるからニャ。サフィナ、他に何か気づいたとこあるかニャ?」
「おー……?」
腕組みをして、くく…くくいと上体を真横に近く傾け考え込むサフィナ。
しばらくして彼女はくくくく…くいと状態を起こし元に戻った。
「おー…? そういえば脚が二本しかなかった気がする。手ない」
「それ
「知っテイルのかアーリ」
クラスクの問いにアーリはぶんぶんと首を縦に振る。
「確かに竜種ニャけどドラゴンの亜種というか、まあ小型のドラゴンの仲間ニャ。火は噴かないけど尻尾の先端が致死性の毒針になってる危険な奴ニャ」
「そ、その毒針で殺されてネッカむしゃむしゃされるんでふか…?」
「まあそうなるニャ。
「わっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
アーリに脅しつけられ身を震わせるネッカ。
そんな彼女をジト目で眺めながら、シャミルがサフィナからできるだけ正確な情報を引き出そうとする。
「いつ頃かわかるかの。数日中か、それとももそっと先か。光景だけでそれはわからんか?」
「おー…すごく『いまー』って感じがしたから急いできた。でもいま夜。だからたぶん明日のお昼」
「ふむ…」
サフィナの話を聞いてシャミルが腕を組んで考え込む。
「ネッカ、ネッカや、これそう震えるておるでない。お主この街の宮廷魔導士じゃろが」
「そそそそそそそそそそそそれはそうなんでふが!!」
ガクブルしながら涙目でなんとかシャミルの方に向き直るネッカ。
「ネッカや、サフィナの見た幻視が仮に占術のようなものだとして、その条件を満たさなんだとしたら、どうなる」
「わふ…?」
シャミルの言葉にネッカの震えがぴたりと止まる。
「例えば今回サフィナは『明日』と期限を切ったわけじゃ。明日お主が山へ近づかなんだら、この預言はどうなる?」
「そうでふね…はっきりと口に出された時点で条件が認識されてまふから…なんらかの不測の事態が起きない限り、その未来は回避できると思いまふ」
「まるほど。市長殿市長殿、明日はネッカを家から出さんで大人しくさせとるがよかろう。それでネッカへの被害は防げるはずじゃ」
「わかっタ。ずっとベッドの上から出さない事にすル」
「わっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
家族以外の前でそんなことを言われ耳先まで真っ赤になったネッカが額から蒸気を迸らせる。
「なるほど…? 預言ってのも結構外れるもんなんだな?」
「なんにせよ被害を免れられるみたいでよかったですー。ネッカさん、今晩は旦那様に存分に可愛がってもらいましょう! 明日山へ行けなくなるくらい足腰立たなくなれば大丈夫です!」
「ミミミミミミエ様ー! そそそそういう事は他の人がいる前ででふね…っ!」
やいのやいのと騒ぎながらも少し和やかなムードに染まる面々。
村の焼き討ちのショックが大きかったせいか別の難事をなんとか回避できそうなことでだいぶテンションが上がっているようだ。
ただ…その中にあって一人、けげんそうに羽を
もったいぶる必要もあるまい。
己の羽をつくろえるのはこの中でただ一人、
「…………………………」
「イエタさんイエタさん、どうしたんですかそんな難しい顔をして」
「ミエ様…いえ、今の話に少し違和感があって…」
「違和感?」
こくりと頷いたイエタがネッカの方に視線を向ける。
「ネッカ様、少し質問をしても?」
「は、はいでふ」
「ネッカ様は近日中に山へ向かう用事がおありでしたか?」
「いえ…ないでふね」
「
「ないでふ」
「………………………」
ネッカの返事を聞いて、イエタがさらに眉根を寄せる。
「イエタさん? 何か気になる事でも?」
「妙なんです。聖職者の使う占術…神様へのお伺いもそうなのですが、予知や預言ならば確かに本来取るべき行動を取らないことで回避できることがあります。ただ…『元々取る予定でない行動』について預言が警句を発することはまずないんです」
「あれ……?」
言われてみればそうである。
元々山へ行く予定だったネッカを街に押し留める事で危難が避けられるというのなら預言の意味もあるのだろうが、そもそも山へ行く予定の一切なかったネッカを山に行かぬようにさせる預言、というのはいささか奇妙ではないか。
「おー…言われてみれば」
「サフィナさん、よろしいでしょうか」
「おー…サフィナよろしい」
イエタの問いかけにこくこく、と肯首で返すサフィナ。
ぺこりと頭を下げたイエタは…彼女の類推するある可能性について口にした。
「サフィナさんが幻視されたのは……本当にネッカ様ですか?」
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