第433話 村々の惨状

「コレハ……」


部下と共にデックルグの村へとたどり着いたラオクィクは絶句する。

村が丸ごと焼け焦げてただ一面に黒い。

ところどころに残っている黒い炭のようなものは住人が焼け焦げて炭化したものだろうか。

もはや人の形すらしていない。

相当な高温で焼き払われたせいだろう。

地面に走る無数の焦げ跡の線条がその高熱を物語っている。


ラオクィクは妻二人…ゲルダとエモニモが花のクラスク村で療養していることを少しだけ感謝した。

そうでなくばあの二人はきっと自分と一緒に現場に急行していたことだろう。


は彼女たちには見せない方がいい。

刺激が強すぎる。


ゲルダは怒りのあまり、

エモニモはショックのあまり、

きっと冷静な判断を失ってしまうだろう。

お腹の子供にもよろしくないどころか、最悪母体が体調を崩して流産してしまう恐れすらある。


(ダガソレニシテモ…?)


一緒に連れてきた部下たちに念のため生存者を探させながら、ラオクィクは何が気に喰わないのか眉を顰め、村の中を検分する。

仮にこの黒い消し炭が死体だとして、全員この村の住人だったものと仮定して、そのがいささか奇妙な気がする。


イエタやサフィナが告げたという『わるいやつ』。

それがこの村を襲ったとして、この村を焼き尽くしたのだとして、なぜこのような死体のになっているのだろう。


村を焼き尽くしたであろう炎は村の外れから放たれたものだろう。

だのに村にいたオーク達が戦いを挑んだ様子がない。

井戸の周りで何かの作業をしていたであろう村の娘たちが逃げ出した様子すらない。


これでは…

これではまるで日常の風景をそのまま切り取って焼き殺されたかのようではないか。


「隊長ー! タイチョー!!」

「ナンダ!」


部下の声がした方向に足早に急ぐ。


「ム…!?」

「コイツガ……タッタ今マデ生キテマシタ!」


噎せ返るような臭気…完全に炭化している他の連中と異なりその死体だけはかろうじてだ。

逆に言うと他の連中は村を焼き討ちにした際によく漂ってくる肉や髪の毛が焼け焦げた臭い、あれすら感じないほど完全に燃え尽くしてしまっているという事なのだが。


大きさからしてオークだろうか。

かなりの大柄だ。

背丈はラオクィクほどだろうか。

ただ彼よりは横幅があり、がっしりとしている。


「マサカ……!?」


ラオクィクは急いで焼け焦げた地べたに膝をつき、かろうじて残っているその死体の唇を凝視した。


頬から唇に残った傷跡がある。


間違いない。

イクフィクだ。

それはかつてクラスクの兄貴分だったイクフィクだった。

なおも確証を得ようと掴んだ黒い腕は、ラオクィクの手の中でぼろぼろと崩れ落ち地面にばら撒かれた。


「~~~~~~~~~~~ッ!!」


まだ村のオーク達が旧態依然な価値観に染まっていた頃、イクフィクはその代表格のような存在で、クラスクからミエを奪おうとしたこともあった。

けれどそれは当時の村のやり口からすれば当たり前の話であって、彼が特別悪者というわけではなかった。


一騎打ちでクラスクに敗北した後はずっと大人しくしていたし、前族長との頂上決闘ニクリックス・ファイクの時も立場は中立。

その後クラスクが族長の座に就いた時も格別反対せず彼の指示に従った。

もし当時彼がクラスクに歯向かっていたならら、未だ存在に少なからずいたであろう不満分子…特にクラスクのやり方だと当分女が手に入らぬ若いオーク達が暴れ出してクラスクが村をまとめ上げるのにもっと時間がかかっていたはずだ。


そう考えれば彼はいわばクラスクの消極的協力者だったと言ってもいい。


表立って活躍こそしなかったが村を襲った地底連中の二度にわたる襲撃でも彼は奮戦していたし、未だに実力は村のオーク達の上位だった。

そんな彼が何もできず惨たらしく殺されたというのは、ラオクィクにとって少なからずショックであった。


「ソウカ…イクフィクガ死ンダカ…」

「ゲ、コレッテイクフィクノ兄貴カ!?」

「ウヘエ…兄貴強エノニ…」

「…ソウダナ」


オークの衛兵たちの言葉からイクフィクが彼らにも少なからぬ影響を与えていたであろうことを知って少しだけ溜飲が下がる。


「シッカシナンダッテアンナウワゴトヲ…」

「ナニカ言ッテイタノカ!?」


死体の場所から考えて間違いなくこの村を襲った何者かと相対したであろうイクフィク。

彼が今際いまわの際に遺した言葉ならきっとなにかの意味がある。

ラオクィクは食ってかかるように配下のオークに詰問した。


「ナンテ言ッテタ!」

「イヤ、ソレガホント意味ノワカンネエウワゴトデ…」

「意味ガアルカドウカハ俺ガ決メル言エ!!」

「ハ、ハイ! エ、エーット確カ……」


部下が告げた言葉を聞いて、ラオクィクの顔の眉がぐぐいとしかめられた。







×        ×        ×




愛馬疾風ゼロにまたがりヴォヴルグの村へと急いだキャスバスィは転げ落ちるようにして村に飛び込み、そして絶句した。

地面が焼け焦げ、一面炭化している。

村の端の一点から放射状に放たれた高熱が村全体を通過していったのだろう。

そこにあったのは見るも無残な焼け焦げた死体の山だった。


「ギス……ギス!!」


部下に場所だけ伝え追ってくるよう言い置いて村へ急行したせいで現時点ではキャス以外に誰も人手がいない。

キャスはこの村に派遣されていた親友の名を呼びながら方々を探し歩いた。


…が、いない。

当たり前である。

こんな圧倒的暴威が村全土を覆って誰かが助かっているなどと期待する方が間違っている。

絶望的な気分に陥りながらキャスは必死に彼女を、いや誰でもいいから生存者を探し歩いた。


いない。

いるはずがない。



おそらくたった一回、一回の攻撃でこの村は滅んだ。



避けられない。

逃げようがない。

この地面に走る焦げ跡が、その暴威の圧倒を物語っている。

どんな屈強な戦士だろうと耐えられはしなかっただろう。


そして…その放射状の高熱攻撃にキャスは思い当たる節があった。

だがそれは同時に己の行為の徒労を意味する。

あの種族に出会って、無事で済む者がいるはずが…


「いや、待て……!」


違う。

逆だ。


キャスはハッとに思い至りすぐに四つん這いとなり、未だ煙を上げる地べたに手を付けた。


「地の精霊相手は苦手だが……頼む……!」


そして朗々とした声で唄うように呼び掛ける。


大地の精霊よ、教えておくれミキャラマ プシカルマック アリアム!」


精霊魔術は精霊に語り掛け、彼らの協力によって魔術を行使する魔術系統である。

精霊とは主に地水火風のこの世界の現象や大自然のことわりであり、性格や人格を有してこそいるものの己のには抗えない。


風邪の精霊はひとつところに留まれないし、火の精霊は炎を可能な限り燃え広がらせようとする。

そうした彼らの性質を利用し、精霊たちに彼らの言語でをするのが精霊魔術である。


だが精霊に語り掛ける言葉それ自体は精霊語であり、当然ながら詠唱の形式をとらぬ形で精霊に話しかけ、会話すること自体は普通にできる。

そうして精霊と友諠を交わし連れだって相棒として旅する精霊使いもいるほどだ。


ただその場合呪文効果のような明確な力はまず期待できぬ。

初対面の精霊であればせいぜい相手の愚痴に耳を傾ける程度が関の山だ。


それも情報収集には存外不向きである。

風の精霊はひとところにとどまっていることの方が稀だし、地の精霊であらばそもそも人型生物フェインミューブのように視覚で情報を認識していないため目撃情報なども集められぬ。


けれどキャスは知っている。

もし大地の精霊が話を聞いてくれたら、こちらの質問にたった一言でも答えてくれたのなら、



たとえほんのわずかでも、まだ可能性はある……!



その日、大地の精霊はやけに不機嫌であった。

地表付近を何者かが無遠慮に焼き焦がしていったからだ。

そして語り掛けてきた者からは彼らと仲の悪い風の精霊の臭いがする。

これで機嫌がよくなろうはずがない。


だがは礼儀を心得てはいた。

必死に、だがへりくだってこちらに懇願してくる。

そのは、大地にとってとてもとても心地よいものであった。



それならばまあ、質問のひとつくらいは答えてやろうという気になるものだ。



「隊長ー!」

「隊長! 速いッスよ速いッスよ!」

「うちらの馬はゼロほど優駿じゃないんすからー!」

「「ってなんじゃこりゃああああああああああああああっ!?」」


元翡翠騎士団騎士隊ライネスとレオナルを先頭に、衛兵たちが早馬で村に次々と到着し、そしてその光景に絶句する。

現在エモニモは産休で衛兵隊長の座を副長のウレィム・ティルゥに託しており、キャスはその補佐としてよく彼らの面倒を見ていた。

そのこともあって衛兵たちは彼女をかつてのように隊長隊長と呼んではキャスに叱られていたのだ。


「お前たち! 急げ!」


…が、今日のキャスは彼らをたしなめることもせず急き立てる。


「急げって、なんすか」

「生存者の捜索ですか?」

「それは私がもう済ませた! こっちだ!」


わけもわからず言われるがままキャスの後についてくる一同。

キャスは他とまったくかわらぬ焼け焦げた地面の一角を指し示すと、厳しい顔でこう告げた。


「ここを掘れ。もしやして生存者がいるやもしれん」

「「「ええええええええええええええええええええ!?」」」

「ただし剣などは使うな。傷つける恐れがあるからな」

「ってえことは…えーっと…手で?」

「そうだ」


意味も分からず、ただキャスに命じられるままに手で土を引っ掻き掘り進める衛兵一行。

なにせキャス自らが率先してやっているのだから文句も言えぬ。


そんな無為とも思える掘削作業が時間にしておよそ四分鐘楼(約45分)ほども続いた頃だろうか…


「あれ、これ誰かの…手?」

「本当か!?」


キャスが慌てて確認すると、確かにそこには人の腕…

があった。


全員で頷きあって慌てて掘り出してみる。

そこには…






土の中に埋まるように、夫イェーヴフを背後から抱きかかえ、意識を失っているハーフの黒エルフブレイ、ギスクゥ・ムーコーの姿があった。





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