第426話 イクフィクと開拓村
「麦ッテコウヤッテ育テルノカー」
「知ラナカッタナー」
オーク達が鋤や鍬を担いで畑から帰還する。
蜂蜜はこの前採取したばかりなのでまだ森に行く必要はない。
その間彼らはクラスク配下のオークの指導の下、村付近の農作業に駆り出されていた。
オークにとって作物というのは基本襲撃し略奪するものであり、わざわざ手間をかけて育てるものではない。
そんなことをするくらいなら他の誰かに育てさせ、自分たちが根こそぎ奪えばいいだけではないか。
クラスク市北方の集落に住み始めた当初、彼らの中にはそんな意見も存在した。
無論大オークであるクラスクには基本従う。
けれどオークが他のオークに従うのは相手が強く、そしてその強さで自分たちに利益をもたらしてくれるからだ。
それがなくただ上で偉ぶっているだけの相手であれば、オークは簡単に反駁し、反逆する。
それが彼らの種族性である。
けれどクラスクはオーク族の扱いをよくよく知悉していた。
彼らの集落の周辺にある畑…それを彼らの領土、すなわち縄張りと認めたのだ。
縄張りであればオーク達はそれを守ろうとする。
必要なら見張りを怠らないし、よりよいものにしようとする。
そしてもしそこに畑があって耕す者がおらず、そして周囲の村から奴隷…労働者を確保できないのであれば、自分たちが耕す。
無論そんなことをすればその収穫は彼らのものだ。
クラスク市がそれを手に入れようとすれば彼らに対価を支払って買い取らなければならなくなる。
だがそれでいいのだ。
そもそも彼らを元の集落から引き離し新たに拓いた村に移住させたのは、彼らの元の住処をクラスク市の防衛拠点に作り替え、彼らをそこに通わせるためだ。
彼らを旧来の住処に住まわせたままでは距離が離れすぎていてクラスクの目の届かないし、旧来の風習が根深く残ったままとなってしまう。
それを払拭するためには新しい環境、新たな住処が必要だ。
新たな住処であれば新たな収入源が必要で、そのために彼らが自分たちで育て収穫した作物を売る、というのは理に叶っている。
そうすれば彼らはまず生活するための
そしてなにより…これはミエよりもクラスクが重視していたことだが…困窮していた彼らに食糧を配るだけでは決して手に入らないものを与えることができる。
『誇りと矜持』だ。
襲撃や略奪が減って生活が苦しい彼らに、このクラスク村…のちのクラスク市は食料を送り、援けてきた。
けれどオークは他者から奪い手に入れる…もっと言えば自分の力で手に入れるということに非常に強い誇りとこだわりを持っている。
与えられ恵まれているだけでは彼らの矜持が死んでしまうのだ。
ゆえにクラスクの施策は非常に上手く行った。
彼らは己の縄張りをよく守り、よく働いたのだ。
クラスク市周囲の耕作地は少々広大になりすぎて、人目のつかぬところでの作物泥棒がしばしば出没し少なからぬ問題となっていた。
彼らは山腹の洞窟や丘の上の掘っ立て小屋などに身を隠しながら、畑が収穫間近になるとその上がりだけをちょろまかすのだ。
人の善意を前提としているミエには苦手の手合いである。
だがそうした不心得者どもは他部族のオーク達が定住するようになってから壊滅した。
己の縄張りを荒らす者許すまじと、オークどもが交代制で昼夜を問わず見回っていたからだ。
何せ彼らには≪闇視≫がある。
夜陰に紛れての泥棒行為など瞬く間に看破されてしまうのだ。
また彼らの集落にはすぐ近くに他の部族のオークの集落が幾つもあり、戦いから遠ざかっていた彼らは他の村に負けじと対抗心を燃やして、まるで戦代わりかのように一層仕事に精を出したのである。
少々彼らに与えすぎではないかという意見もあった。
ただオーク達に甘いと言われようと、その責めをクラスクとミエは甘んじて受けた。
なにせ彼らが困窮したのは元をたどればミエの策謀によるものなのだから。
「結構大変ナンダナ」
「戦闘訓練モ疲レルガコレモ疲レル」
「腹減ッタ」
口々に喚きたてながら己の村へと戻ってきた。
村の名はデックルグ。
オーク語で『四番目』という名の村である。
「忘レルナ。ソレハオ前達…イヤ俺達ガカツテ襲ッタ村ノ連中モ同ジヨウニ味ワッテキタモノダ」
「「「ナルホドー」」」
先頭を歩くオークに言われ、彼らは今更ながらにそれに気づき、驚きの声を上げる。
「確カニ!」
「言ワレテミレバ!」
「アイツラモ大変ダッタンダナー」
どこか他人事のように口にする彼らに先頭を歩くオークが小さくため息をつく。
「他人の身になって考える」…これは他種族と上手くやっていくためにとても重要な思考法だ。
それをなるべく早く、なるべく多くのオーク達に教え込まなければならない。
「まったく…クラスクの奴も面倒な役目を押し付けてくれたもんだ」
クラスク市長を呼び捨てにするオークは殆どいない。
かつてそうであった前族長ウッケ・ハヴシはもう墓の下…もとい野ざらしの白骨死体である。
もはや他部族の族長たちですら彼の下につき、彼を呼び捨てにはしなくなった。
となると…それ以外で彼を呼び捨てにするオークはもう二人しかいない。
クラスクの古い友人でクラスク市オーク軍大隊長ラオクィクと…かつてクラスクの兄貴分であったイクフィクである。
今オーク達の先頭を歩くオーク…イクフィクは、この村の管理と指導をクラスクに任されており、こうして少しずつ彼らに教育を施している真っ最中なわけだ。
だがなかなかにその前途は多難そうである。
「マッタク…ウチノ村ノ時ハヨクモマアコンナノヲヤリ遂ゲタモンダアイツラ」
クラスクとミエの二人。
単なる活きのいい孕み袋だとしか思っていなかったあの娘がクラスクを変え、その二人があの村を変えた。
そしてクラスクはイクフィク自身が決して勝てぬからと挑むことすら諦めていた前族長ウッケ・ハヴシにすら、彼女を守るために挑み、そして打ち勝ってみせた。
文字通り己の手で村を変えてみせたのだ。
今は『正解』がある。
あのクラスク市を理想像として、間違っている部分を是正してゆけばいい。
だが当時は何が正しいのかすら誰もわかっていなかった。
クラスクと当時の族長、どちらにつくのが正しいのか、有利なのかすら定かではなかった。
そんな中であの二人は村のオーク達の教育をやり遂げたのだ。
当時はよくわからなかったけれど今なら理解できる。
それは素直にすごいことだ、と。
「ン……」
と、村に入ったところでイクフィクが少し眉をひそめた。
村の様子が少しおかしい。
村娘たちがひとかたまりになって中央の広場にいる。
全員で肩を寄せ合って、こちらを見つめているのだ。
(俺達ヲ待ッテイルノカ…?)
この村に新たに手に入れた嫁はいない。
皆かつて住んでいた集落から連れてきた、いわば元孕み袋達である。
それを今皆嫁だ妻だということにして、今日ここにいる。
女たちにも色々思うところがあるだろう。
実際イクフィクの妻ロエポだとて元はそういう存在だった。
それがクラスクの妻ミエのとりなしによって今のような関係になるに至ったのだ。
途中ぎくしゃくしたこともあったけれど、最終的には人間族の夫婦のような関係に落ち着けた…と思う。
実際のところはわからない。
もしかしてまだこちらを恨んでいて、こちらが老いて足腰が立たなくなったあたりで命を奪いに来るのかもしれない。
相手の立場になって考えろと先ほど彼らに偉そうに言ったけれど、相手の立場になって考えたからと言ってわからないこともあるのが人の心だ。
イクフィクは最近それをとみに強く感じるようになっていた。
娘たちが互いに肘をつつきあいながら何かを譲り合っている。
というか、押し付けあっているのだろうか。
そんな彼女たちの背中を、一人の女性が押す。
イクフィクの妻ロエポである。
それに促されるように娘が一人、前に出た。
胸には壺をなにやら抱えているようだ。
(ハハア…成程)
イクフィクはすぐに事情を察して一人脇に避ける。
娘はもじもじおずおずと前に進み、オーク達の前で止まった。
「ナンダ?」
「ドウシタ?」
「オ前ハ確カ、クロエヴノトコノ…アー」
「エーット…ナンダッケ」
「「ナンダッケ?」」
オーク達が言葉を探して首を捻る。
「『
「「「ソレダー!」」」
イクフィクが横から呟いた言葉に目を大きくかっぴらいてオーク達が互いに指をさす。
何度言っても覚えぬ彼らに、イクフィクは少しだけ額を抑え首を振った。
なかなかにこれは、長い道のりになりそうだと。
その時は……確かに、そう思っていたのだ。
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