第425話 初授業、そして…

そして初等学校の授業初日がはじまった。


街の各所からやってくる子供たち…その内の少数がオークの子達だ。

無論クラスク村のオーク達の子供が全員参加だが、いかんせんそれ以外の人口が増え過ぎた。

この街ができたおかげで配偶者に巡り合えたオーク達も確かに多いのだが、なにせ街ができて間がない。

そうしたオーク達の子はまだ幼過ぎて初等学校に通えるだけの年齢に達していないのである。


ともあれ想定された生徒たちの殆どは学校にやってきた。

授業前に出席を取るその様はミエの知る小学校を想起させ、様子を見に来た彼女を大いに満足せしめた。



徐々に肉体が衰えてゆく難病だった彼女は、小学校のそれも低学年の頃はまだ比較的まともに学校に通えていたのである。



幸いというべきか、初日の出席率はとても高く、事前に熱が出た、怪我をしたといった理由で休もうとした子供たちは全てイエタによって『治療』されてしまい、不承不承通学する羽目になった。

いや勉強なんて面倒だからとずる休みを試みたその子らは、むしろ見舞いに来たイエタに心奪われ進んで通学してきたのだが。


そんな彼らを前に教師役の娘たちが文字を、数字を、そして算数を教えてゆく。


年齢と入学時点の習熟度に応じてクラス分けを行い、最初から読み書きができる子たちからまったく知らぬ子供達まで段階的に分けてゆく。



だが子供たちは遊びたい盛りである。

特にオークの子供は椅子に座ってじっとしているのが大の苦手だ。


先生が板書すべく生徒たちに背を向けた隙を見計らい、こっそり忍び寄っては尻を触ったりスカートをめくったりとやりたい放題で、これには人間族の子供たちからも喝さいが巻き起こり真似する子らも現れる始末であった。


少なくとも子供達、特に男子連中に関してはオーク族と他種族の壁はだいぶ薄くなったと言えるだろう。



ただ…彼らの栄華も長くは続かなかった。

クラスク一家の飛び入り参加である。



ミエの知る学校に於いては授業参観なるものがあり、その日だけは親が授業を参観しに来ることができたものだが、この初等学校にはそうした縛りがそもそもないため親が廊下から普通に授業を覗き見たりすることができる。

ただし教室に入ってはいけないし、決して子供に声をかけてもいけない。

違反すれば以後ひと月の間学校を出禁になると厳命されており、クラスクの手前親たちは決してそれに逆らおうとはしなかった。


そんな親たちに交じり…クラスク一家が廊下から授業をじいと眺め、そして教師として参画したのである。


「つまり7人の兵士と3人の兵士で戦った結果引き算で4人の兵士しか生き残らなかった。3人側は無駄死にだな」


妙に物騒なたとえで算数を教えるキャスの前に子供たちは震えあがり、


「ここで戦士モーリンが大槌を振るい、ドラゴンの頭にたたきつけまふ。この叩きつけるドーズウィヴム、或いは叩き伏せるダズウィヴムという単語は…」


そしてネッカの物語を語りながら説明してゆく単語講座に子供たちは息をのみ、


「さーてではなんで甜菜を作るのでしょうかー? さあさあがんばれ、がんばってー…お母さんから聞いたことない? うん? そうそう…正解! 砂糖! 砂糖を作るためですねー! よくできました! えらい! でも他に理由はない? 砂糖を作るだけかなー? 難しいですかー? 大丈夫大丈夫。できるできる。がんばれがんばれ!」


さらにミエの≪応援≫によって次々と何かをひらめき、


「かかっテコイ。特にさっきディッシアのお尻ディッシンを触った奴ダ」


果てはクラスクとの体育の授業で彼と取っ組み合いをすることになった子供たちは字のごとく震えあがった。


「やれやれ。おぬしら臨時講師なんじゃからもう少し手加減せい」


そしてこれまた教師役として採用されたノームがここに一人いる。

錬金術教師シャミルである。

ミエの世界でいえば理科の先生に相当するだろうか。


「つまり火輪草の錬金焼炎反応を見るとじゃな…」


ぼっと燃え上がる火輪草が鮮やかな紅蓮の炎を上げて子供たちが歓声を上げる。


「さらに水の気を含んで居るイエソル・ラルゥを燃やすと…ほれ、青い炎が出るじゃろ」


これまた鮮やかな青白い炎に子供たちが目を輝かせる。

ちなみにイエソル・ラルゥは直訳すれば水蓮である。

睡蓮ならぬ水蓮だけれど、ミエに言わせれば「全然違う!」 とのこと。

彼女の知る睡蓮にも青い花はあるけれど、そんなにのっぺりと大きく広がる花ではないそうな。


キラキラとした瞳で己が生み出した炎を見つめる子供たちを見ながらシャミルが目を細める。


「うむ。ああした体験が子供らに錬金術への興味を掻き立たせ、あの内の幾人かでもこの道に進むようなことがあれば、まあこの初等学校の意義もあろうというものじゃ。わし的にはじゃが、な」


昼餉を取りながらシャミルが妙に上機嫌でそんな事を言った。

ともあれそんなこんなで授業は進み…


「というわけで、神々はそれぞれの似姿として生き物を作り出しました。それが人型生物フェインミューブです」

「「「へええええ~~~~!!」」」


一休みしたところで気を落ち着けたイエタが、神学の授業をしていた。


「そういうわけでわたくしたち人型生物フェインミューブ…人間族、エルフ族、ドワーフ族、小人族フィダス天翼族ユームズそれにもちろんオーク族もですね、には神様から与えられた共通の力があります。まず魔族が生み出した瘴気を浄化する力…」


板書するイエタの背中に広がる大きな羽に子供たちが目を丸くする。

あまりに美しく、神々しく映ったそれは、確かに彼らに神の存在を印象付けたことだろう。


「あのお話って子供のうちからするんですねえ」

「知らなかっタ」

「夫婦そろってしらんのはおぬしらくらいじゃ」


イエタの授業を参観しながらそんな会話を交わす三人。

ミエとクラスクは目をまん丸くして「な、なんだってー」といった表情で驚愕した。


「大体じゃな……む?」



シャミルが二人にさらに小言を述べようと口を開きかけたその時……異変がおこった。



「む?」

「あら…?」

「イエタの様子オカシイ」


シャミルが怪訝そうに眉をひそめ、ミエとクラスクもすぐに気がつく。

板書を終えて笑顔で振り向いたイエタが突然びくんとその身を震わせ、そのままその動きを止めたのだ。


「なんでしょう。まるっきり動かなくなりましたけど…」


不思議そうに首を捻るミエ。

困惑してざわめく子供達。


「あれは…トランス状態という奴じゃな。おそらく

「あー…本当に交信してるやつです?」

「本当ってなんじゃ」


ミエのかつての故郷でも神やら精霊やらと交信できると自称する者たちがいた。

無論そのすべてが偽物と断じる気はないけれど、売名や金儲けのためにそう嘯くものも少なくなかったと聞く。


幸いにしてというかミエはそういった手合いに実際会ったことはなかったけれど。

もし出会っていたら間違いなく騙されていいようにカモにされていたことだろう。


「女神様…その、それは…ああ……!」


うつろな瞳で空…もとい天井を見上げていたイエタは、やがて小刻みにその身を震わせるとがたん、という音と共に教壇の上に膝から崩れ落ち、その場にへたり込む。

クラスクとミエが慌てて駆けつけて彼女を抱き支えた。


「ドうシタ! イエタ!」

「イエタさん! 大丈夫ですか! しっかり!!」

「ああ、嗚呼、なんということ、なんということでしょう…」


真っ青に青ざめて、脂汗を流しながら、その瞳を潤ませ頬に涙を滲ませる。


「クラスク様、クラスクさま、北に、北に急いで…いえ、もう急いでも……!」

「なにがあっタ! 北?! 北に何かあルのカ!」


はらはらと落涙しながらイエタはかぶりを振る。


「もう、もう、もう…ああ、もう、ダメ……っ!」

「イエタ! はっきり言エ! 北に何があっタ!」


クラスクにその実を揺さぶられ、力ない瞳で彼を見上げたイエタは、小さく口を開いた。




「北に…北にあった村が……




×        ×        ×




どたん!


大きな音を立ててすっころぶエルフの少女。


「サフィナー! サフィナ! ドウシタダ!!」


突然街中で転んだサフィナに慌てて駆けつけるワッフ。

彼女が手にしていた籠から転げ落ちた果物を急いで拾い集めるのも忘れない


「え…なんで……?」



真っ青な顔でむくりと起き上がったサフィナは、どこか呆然とした表情だった。

何か信じられぬものを見たような表情である。


「サフィナ。ドウシタダサフィナ」

「だって、そんな、だって……

「…サフィナ?」


妻の様子がおかしいことに気づき、果物を詰めなおした籠を横に置いてワッフが眉をひそめた。


「たいへん…急いでミエとクラスクに会わなくちゃエローク ラーク ミエ イィグ クラスク エィイ ポッソン

「ワカッタダ。二人トモ今学校テトコニイルハズダ! シッカリ捕ッテルダヨ!」

「うん!」


動転したサフィナは思わずエルフ語で呟いてしまい、彼女が心配で集まってきた周囲の町人達はその言葉が理解できず首を捻った。

けれど驚いたことにワッフはそれを当たり前のように受け、彼女を肩車すると一気に街の北めがけて駆けだした。



彼女の視界に突然降りてきたもの…それは奇しくも先ほど…もといイエタが見たものと同じだった。











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