第423話 予見と萌芽

さて商人どもが跋扈する以外にも、この街では現在人口増加問題が顕著となっている。

まあこの街の住人となればもうオークの襲撃に怯えずに済む上に街の人口が増え続けている関係で耕作地もまた拡大を続け、結果人出だけはいつでも必要とされていて賃金労働によって日々食っていく分には一切困らないとなれば誰だとて住みたくはなるだろう。


ただそうなるとどうしても問題となってくるのは敷地問題である。

街の南、そして東西は移民たちによってほとんど埋め尽くされてしまった。


ゆえに今も門戸を叩き続ける移住希望者達の新たな住居は町の北部に作るしかない。

他部族のオーク達の住処は街の外に新たに作った周辺村によって賄えたため、当初の予定通り移住希望者を街の北部で受け入れる予定だったのだが…



「ダメ」

「まだダメですかー」

「ダメ」



なぜだか、サフィナがOKしないのである。



「サフィナちゃんサフィナちゃん。何がダメなんです? 一応理由を聞きたいかなって…」


街の北部にはまだ十分に空き地がある。

しかもそこにはこの街の売りである義務教育の現場たる初等学校と中町から移住してきた卸売市場もある。

今後発展する余地も大きく、新たな住環境としては文句のない立地と言えるだろう。


にもかかわらず、サフィナの反対によりここしばらく街の北部への移住は行われていない。

我慢できずに勝手に住み着き始めた連中はオークの衛兵によりたたき出されたけれど、追い出された彼らからも不満が噴出する。



なんでこんなに土地が空いているのにここに住んだら駄目なのか…と。



そうした突き上げが激しくなって、ミエもだいぶ困っているのである。

何せ彼らのために空けてある土地なのだ。

ミエの方こそ彼らを受け入れたいのである。


だがこの街はこれまでサフィナの直感に幾度も幾度も救われてきた。

いやカンというよりむしろ彼女のそれは予知や預言に近い。

それ程の確度なのだ。


だからとりあえずサフィナの忠言は信用する。

その点に関してミエは揺るぎない。


ただ…信用するにしても理由は知りたい。

そうでないと移住希望者達を納得させることは難しいからだ。


「…わかんない」


だがその理由を、サフィナ自身もよく理解していないようだ。


「ただもう少し、もうちょっと、空けておいた方がいい気がする…」

「…わかりました」


サフィナの言うことはきっと正しい。

ただその理由が明示されない。


だがら今のミエにできることは、何らかの言い訳を考えて少しでも長く移住希望者達を引き留めることだけだ。


「無理に住み着く奴ハこれまデ通り衛兵に追イ出させル。ここオークの街。オークのするコト止められナイ」

「助かります旦那様」


クラスクの言葉に深く頭を下げるミエ。


「しかしなんなんでしょうねえ。サフィナちゃんが言うんですから間違いはないと思うんですが」


多くの懸念材料は半年前の地底軍の襲撃を退けた際にあらかた潰れた。

潰してのけた。

そのはずだ。

サフィナの忠告を信用しつつも、いまいちピンと来ていないミエである。


「ネッカも気になって調べようとはしたんでふが、今回は特に石や土にかかわる事案ではないみたいでよくわからなかったでふ」

「まあそれがわかっただけでも収穫としましょう!」


申し訳なさそうに告げるネッカをミエがフォローする。

さすがに毎度毎度都合のいい状況ばかりとはゆかぬようだ。


「あとは魔術関連でわかりそうな人っていうと…」

「イエタダナ」

「そうでした。ただイエタさんはなー」


クラスクに指摘されそういえば聖職者は直接神に話を聞ける存在だと思いだしたけれど、イエタは最近ずっと初等学校の準備で忙しく、なかなかに聞ける機会がなかった。


「今度尋ねてみましょうか。あ、お布施の額も計上しておかないと…」


シャミルやアーリと共に予算について詰めながら、ミエは小さく嘆息する。

順調に見えていても、いつだって問題というのはついて回るものだ。



×        ×        ×



「もっと奥か?」

「そうらしいな…もう少し掘ってみるか」


真っ暗闇の中、どこからか声がする。

声が反響しているところを見ると狭い空間なのだろう。


続いて響くカーン、カーンという乾いた槌の音。

これまた周囲にわんわんと反響する。

どうやら地中で穴を掘っているものらしい。


「ガスに気を付けろ」

「……………」


短い言葉。

だが返事はない。

とは言っても雰囲気から無視している風でもない。

言われるまでもない、といったところだろうか。


完全な真闇の中、灯火一つない。

けれどもしその闇の中を見通すことができたのなら、そこが地中を掘り進んだ穴の中で、その奥にピッケルを持った二人の男がいることがわかるだろう。



それは坑道だった。

その二人は鉱脈を求め坑道を掘り進めているのだ。



ただその穴の高さは人間が通れるほどではあるけれど、人間がピッケルを振るうには少々足りない。。

けれどその二人は問題なく直立し、手にしたピッケルを存分に振るっている。


つまり彼らは人間ではないのだ。

ドワーフである。

ドワーフ族の身長は人間族に比べればだいぶ低い。

さらに彼らには≪闇視≫の種族特性があり、暗闇でも問題なく活動できる。


地中にはガス溜まりなどもあり、中には有毒性や可燃性のものもある。

頑健で毒に強く、また灯火を用いず坑道を掘り進められるドワーフ族は他種族に比べ鉱夫としての高い適性があると言えるだろう。


「しかし妙だのう。これほどの鉱脈ならとっくに見つかっておるはずじゃが…」

「…そうだな」


今度はちゃんと返事があった。

彼もまた疑問に思っていたのだろう。


ドワーフ族として非常に忸怩じくじたる思いではあろうが、もし彼らがこの鉱脈を見落としていたとしたのなら方向的に地表付近に続いているとしか思えなかった。

にもかかわらず、石工のサットクの調査によりそのルート予測は潰えた。


そう、彼らはドワーフ族の地下都市オルドゥスの鉱夫達だ。

彼らはかつてネッカの兄サットクが調査していた鉱脈の当たりを目指して掘り進んでいたのである。


「そんなことはあり得ん」

「…だが事実そうだった」

「うむ。そのあり得んことが起こったということは…」

「ああ、そうなるな」


暗闇の中互いに頷きかわすドワーフ達。

彼らだけで納得されても他の種族にはわかるまい。


簡単に言えばこういうことだ。

その鉱脈は石と鉱物の専門家たるドワーフ達の目を欺いて地中に潜んでいたわけではない。


つい最近生成されたから、つい最近になるまでドワーフの目に留まらなかった。

当たり前の話である。


もし仮にそうだとするならば、ドワーフ達の目を掻い潜ぐって地表の方に鉱脈が続いていなかったとして納得がいく。

なにせ元は存在していなかったのだから。


ただ…その鉱脈が地底の方に伸びていたとするのなら、それは相当高い圧力と地熱が地底深くで発生していたことになる。

とすれば最近ずっと眠っていた火山が目を覚ましたのかもしれない。


彼らが出した結論はそんなところだった。


「む…なんだ?」

「奥道の方からだな」


奥道とは彼らが掘っている支道の元となっている坑道の本筋、その奥の方のことを指す。

彼らドワーフの鉱夫達は小さな振動からそれがどこから発せられたか音なのかすぐにわかるのだ。


二人は先ほど出した推論からすぐに危険を察し、急ぎ奥道に知らせようと坑道を戻ろうとした。



…が、一足遅かった。



突然鉱山全体を巨大な地震が襲う。

地震は地震でも大地震のような…だたそれにしては些か奇妙な揺れ。

微細動がなく、突然巨大な揺れが発生するという直下型特有の振動。


みしみしという嫌な音が響き、硬いはずの坑道の天井ががらがらと崩れて落ちた。






しばらく続いていた揺れが収まり、地底に静寂が戻った時…

その坑道は崩落し、その日、誰一人街に戻ることはなかった。






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