第422話 懸念

王国からの騎士団を撤退させ、地底からの軍団を追い返した、圧倒的武力と高い経済力を誇る地方都市、クラスク市。


さらには他部族のオークたちが次々に街の北部地域へと入植し、クラスク市のオークたちの指導の下で農作業に蜂蜜取りにと汗をかいている。


元の村を防衛拠点として残しつつもオーク達の頑迷な風習から脱却すべく村から離し、またクラスク市から距離を置き往来の少ない街の北方に配置することで他部族との軋轢を軽減させ、同時に彼らが攫ってきた女性たちに酒造りや化粧品などの蜂蜜関連商品の作り方を教えることで他部族のオーク達に女性達の力を認めさせその地位を向上、さらには各村に派遣した元クラスク村のオーク達により彼らに他種族とやっていけるだけの社交性も身に着けてもらう。


時折オークの部族間でのいざこざこそあったものの、その計画はおおむね順調に進んでいた。



ただ…それでも幾つかの懸念材料はあった。



まず下街に集まってきた他の街、そして他国の商人たちである。

砂糖・塩などの基礎調味料、麦・肉・野菜などの豊富な基本食糧、蜂蜜・醸造酒・蒸留酒といった嗜好品、さらには他の街では見られぬ発酵食品やスイーツといったこの街独自の特産品…


ミエのお陰で、というかミエのでというべきか、この街の食糧事情と食事環境は近在諸都市や近隣諸国を大きく引き離してしまった。


差分があればその差額で儲けるのが商人である。

この街に来れば巨利を貪れると、各地の商人たちが次々とこの街に集まって拠点づくりを始めたのだ。


「ニャア…商業自体が発展するのは大歓迎なんニャけど、この街の名産って触れ込みで粗悪品とか売られると困るニャア」


市の会合でもしばしばその問題が持ち上がり、今日もまたアーリが同業者に対する懸念を表明する。


「そんなことしますかね」

「ミエは才覚があっても商人には向いてニャイニャ」

「すいません」

「褒めてるニャ」

「ふぇ?」


商人にもいろいろいるけれど、彼らの中には利益を最優先するあまりしばしば商品の質を犠牲にする者がいる。

特にこの街の特産品のように商品がメインターゲットに対し未知で前例のないものの場合、他の街ではそれを偽物と見分けることは困難であろう。

正直よろしくないことではあるけれど、現状それを取り締まる法律はまだ存在していないのだ。


「ミエはいいものを作る事にはめっちゃ積極的ニャし優秀ニャけど、商品のについてはあまり興味がニャイタイプだニャ」

「あー…言われてみれば…」


ミエは己の顎に人差し指を当てて考え込む。


ミエにとって商品というのは「いいものを作れば売れる」というのが前提かつ大原則であり、そのためのアイデアや労力は惜しまないけれど、「よくないものをいかに売りつけるか」という点に関してはほとんど意識に上らない。

数少ない例外が先の冷蔵庫だが、あれは最終的な水田の環境構築に関わるからこそであって、米作りのためそれ以外の儲けは正直あまり考えていなかったところもあるので例外と言っていいだろう。


「確かにそーゆーところは至らないですね、わたし」

「別に至らなくていいニャ。いいものを作って適正な価格で売るのは商売の王道ニャ。それができる下地が作れるなら一番いいことニャ。この街はそれができてるニャ」

「えへへ…」


アーリに褒められてミエが珍しく照れて頭を掻く。


「…まあ確かに、他人を騙すミエ姉様というのはあまり想像できんな」

「でふでふ」

「なんかそれはそれで複雑ですね…」


妹嫁であるキャスとネッカの言葉に少し複雑な表情のミエ。


「ともかくあんまり好き勝手されると困る、ということじゃろ」


話を本題に引き戻しシャミルが継いだ。


「一番楽なのは商業組合ギルドを作ることじゃろうな。さすればそこから外れた商売はできなくなるじゃろ」

「そうなんですけどー、個人的にはあまりギルドには頼りたくないっていうか…」

「…ミエに賛成ニャ」


シャミルの言葉にミエが物言いを付け、アーリが賛同する。


組合ギルドを作れば確かに加盟した店同士ニャら規律や商品の質を守ることができるニャ。でも自由な競争が阻害されて商圏の拡大が停滞しかねニャいし組合ギルドによる利権の占有はやがて既得権益を生むことになるニャ」


アーリの説明にそうそうそれそれと腕を組んでうんうんうなずくミエ。

そのあたりの事について詳しくないものの、商人としてのアーリの意見に成程と得心しこれまた腕組みをしてうんうんと頷くクラスク。

並んでみるとなんともお似合いの夫婦ではある。


「それにギルドに加盟していニャい商人はその束縛を受けニャいし、それを疎ましく思う組合ギルドは間違いニャく非加盟の商人たちが排除する動きになるニャ!」

「ですよね」


こぶしを震わせ絞り出すように力説するアーリに全面的に賛同するミエ。

そもそもアーリンツ商会が大成功を収めるまで獣人ドゥーツネムは商人に不向き、といった風潮が支配的で、獣人ドゥーツネムであるという理由だけで単純労働以外の仕事を断られる事すら珍しくなかった。

そしてそうした取り決めをしていたのは既得権益を維持することに汲々としていた商業組合ギルドの連中である。


当時その辛酸を舐めつくしたアーリだからこそ、商業組合ギルドの安易な利用には抵抗があるのだろう。


「じゃがそれならばどうとする。街の条例で定めるか?」

「そうですねえ。商法ってことになるんでしょうけど…う~ん…どんなのがありましたっけ…?」


その手の事に興味がなかったせいか現代知識をさっぱり思い出せぬミエ。


「まず商人とは何か、商売とは何かを定義する必要があるニャ」

「そうそうそれでした」


彼女の故国の商法であれば商人について定義する総則、商売とは何かを定義する商行為法、会社とは何かを定義する会社法に始まり保険法、有価証券法、海商法と続くが、ミエはそのレベルですら出てこない。


「ん~~…わたしそのあたり全然詳しくないので詳しそうなアーリさんとシャミルさんで街の条例の素案作ってもらってもいいですかね。それで問題なければ告知しちゃいましょう」

「よかろ。蓄熱池エガナレシルの生産ラインもわしがおらんでも回るようになったでの」

「…わかったニャ。冷蔵庫の売り込みでだいぶ忙しいんニャけど、まあ必要な事だしニャ」

「助かりますー!」


両手を合わせて顔を輝かせるミエ。


「でサフィナちゃん、例の件なんですけど…」

「ダメ」

「えー…」






そして今残っているもう一つの懸念材料…

それが街の拡大に対するサフィナの反対表明である。






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