第414話 (七章最終話)交渉成立
「……ドワーフ族としてその仕事を受けることはできん」
「「「父上!」」」
兄弟たちが思い悩むその背後で、ブランデーの入った杯を傾けながら父トーリンが断じた。
「理由を聞イテもイイカ」
「喩えどんなものであれドワーフ族としてオークの仕事に手を貸す事はできん」
「そうカ…」
クラスクはがっくりと肩を落とした。
どうやら彼の想像以上に互いの種族の壁は厚いらしい。
「父上…」
長男ヘグーンウルクが父親に何か声を掛けようとするが、それをトーリン自らが制した。
「最後まで話を聞け。ドワーフ族としてはその話は受けられん。我らが貴様を認めたところで街中のドワーフ達が貴様を認めるには長い長い年月が必要だ。オーク族の寿命は我らより遥かに短い。その間待てはしないのだろう?」
「!!」
「父様、それって…!!」
父の言葉に面を伏せていたネッカが、その後に続く言葉で顔を上げ、ぱああと輝かせる。
「ドワーフ族として、この街としてお前の仕事を引き受けることはできぬ。だが我ら一家が受ける分には問題なかろう。当初は貴様が予定している数より若干減るかもしれんが、それで構わんか」
「ああ。助かル。助かル……!」
ぐっ、と拳を握り締め、クラスクが絞り出すような声で呟いた。
「いいのですか父上」
「…うむ。いかにオーク族であろうと優れた職人を擁し旨い酒を作れる者を認めるのは
「ええ。私は問題ありません」
父トーリンの言葉に長男ヘグーンウルクが応えた。
手にはウィスキーの注がれた杯を持っている。
「はい。私も異存ありません」
次男ナクブもそう応じた。
その手にはブランデーの入った杯がある。
「まあ俺にとっては命の恩人でもあるからな。癪な事だが」
三男サットク も不承不承頷く。
まあ手には甜菜ウオッカの杯が握られたままなのだが。
「私も賛成です」
そして四男ルセコーもまた小さく頷き賛意を示した。
そしてその手には
「うむ。ではこれよりドワーフ族の総意とは別に、我ら一家は貴様の仕事を受けるものとする。それで異存ないか」
「依存ナイ。助かル」
ほう、と大きく息を吐くクラスク。
流石に彼も緊張していたのだろう。
なにせ長年の宿敵であるドワーフの街に部下も連れずに乗り込んだのだ。
この街出身のネッカを連れ、善良で知られる
ちなみにこの商談に関し彼の家のペットであるコルキが非常に行きたそうにしてだいぶだだをこねていたけれど、流石に不味いと判断し彼に待てを言い渡して自宅に留めおいた。
コルキはだいぶしょぼくれていたけれど、どう見ても魔狼である彼をあの街以外に連れて行くのは少々リスクが高すぎるとの判断であった。
街の入り口前でのあの険悪な雰囲気を考えるとその判断は正解だったと言えるだろう。
多少なりとも彼らの矛先…いや斧先だろうか…が鈍ったのはクラスクが目の前でサットク…この街の住人たるドワーフを救ってのけたところが大きい。
もしあれがなければどんなに魅力的な謳い文句で語り訴えかけようとも、そもそも聞く耳すら持ってくれなかった可能性が高い。
そういう意味で今回の訪問はとても幸運だったと言えよう。
まあその彼の幸運も、出発前のミエの≪応援≫によって増強されていたものなのだから、この夫婦なかなかに隙がない。
「ちなみに要求するわけではないが他に酒はないのか」
「要求しテルじゃナイカ」
「いや、旨い酒なので、つい、うむ」
三男サットクの呻きを聞いてクラスクはニヤリと笑う。
「ネッカ、冷蔵庫もう一台あっタナ」
「はいでふ!」
例の小さめのリュックから机上に乗っている冷蔵庫と同じものを取り出しどしんと並べるネッカ。
部屋に上がる歓声。
「あるではないか!」
「段階的交渉ト言う奴ダ。ゴネタらダメ押しに使うつもりダッタ」
「おいこいつ頭が回るぞ」
「オークのくせに」
「オークのくせに」
「なんダトー」
酷い侮辱を言っているようで、ドワーフ達の表情には侮蔑の色がない。
言葉だけは激昂しているように見えるクラスクもまた、別段本気で怒っているわけではなさそうだ。
「残念ながらもう新しイ酒はナイガ」
「構わん。俺はウィスキーをもらおう」
「俺はブランデーだ!」
商談成立の後は無礼講とばかりに酒を要求するドワーフ達。
クラスクもまた酒好きなので特に止めることもなくそのまま酒宴に突入する。
ぶるるる…と部屋の外で嘶きが聞こえた。
クラスクの愛馬
「酒の席が長くなルなら馬房を借りテイイカ」
「わかった。馬房はないが開いている牛舎ならある。案内しよう」
「デハ暫し失礼すル。おおイ
扉を開けて念のため左右を確認、通路を歩いているドワーフがいないことを確認の上のそりと地下道に出たクラスクは、サットクの案内で家の脇に掘られた穴に案内する。
「ううむ。引っ張って入ると奥から出られんな。押したら蹴られんか?」
「心配ナイ。
クラスクにそう言われた
サットクはその馬の信じ難い行動にギョッとして目を剥いた。
構造上の話であれば馬は確かに退歩可能である。
馬術などにもそうした技法があるし、騎士達も必要なのでそういう移動法を馬に教え訓練したりする。
けれど彼らは通常誰かが上に乗って命じない限りそうした行動は進んで取らないものだ。
視界が広い獣であっても完全な背後は死角であることが多く、そして動物は視界が確保できない…つまり安全が確認できない方向へは進みたがらないものだ。
だがこの馬は命じられた後己の背後をわざわざ確認し、その後自ら後ろ向きに牛舎へと入って行った。
高度な知性がなくばこうした行動は取れぬはずだ。
「…というよりそもそもあの馬だいぶ大きくないか?」
オークを通路に出しっぱなしはまずいと足早に屋内に戻りながらサットクが素朴な感想を漏らす。
「そうダナ。うちにイル他の馬よりダイぶ大きイ」
「だろう。ドワーフの街にいる馬は小柄な種類だが外の馬と比べてもずんと大きくないか? どこの品種だ?」
「普通の馬ダッタ。なんか乗っテタラ大きくなっタ」
「なんだそれは!?」
「わからん。ダガ俺大きイ。馬も大きくナイと困ル」
「それはそうだろうが、だからといって乗り手が困ると大きくなるのか外の馬は!」
「知らン」
確かに奇妙な符号である。
クラスクは元々オーク族の中でも大柄寄りではあったが、これほどの巨体ではなかった。
それが今の状態になったのはミエのスキル≪応援≫の、夫である彼のみに働く専用効果≪ステータス還元≫の力によるものである。
これにより筋力や耐久度を恒久的に増加させ続けたクラスクは、そのステータスに見合った体格となった。
まあどうして耐久度ばかりがそれほど増大したのかと言えば、夜の夫婦の営の際に色々と≪応援≫されたからなのだけれど、とりあえずそれは置いておいて。
ともあれクラスクの身体は徐々に大きくなっていった。
通常の軍馬では到底支えきれぬほどに。
ならばどうして
彼女が毎日昼夜を問わず夫に対して行っていた数々の≪応援≫……
その≪応援/旦那様(クラスク)≫のレベルが上がったことにより、その応援相手に愛用の騎乗生物、獣の友、使い魔などがいた場合、その内の一体に通常の≪応援≫ではなく≪応援/旦那様(クラスク)≫の効果の一部が適用されることになっていたのである。
使い魔を有する魔導師でもなければ獣の友を持つ
ゆえにミエの≪応援/旦那様(クラスク)≫の初歩的な効果である≪ステータス還元(低級)≫が
これにより
その大きさはもはや魔狼コルキと並んでも見劣りしない程となっており、その高まった知性も合わせ、もはや彼は単なる馬というより魔獣と呼ぶべき相応しき存在となっていたのである。
「…で、あのオークとはどこまで行っているのだ」
「どこ!? どこってどこでふか!?」
「決まっているだろう! その…こう、関係性というか…」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
扉を開けると他の兄弟たちが今まさにネッカを問い詰めている最中であり、ネッカが真っ赤になって俯いていた。
「ああああああああああああああ!!」
「オーク! 貴様! 妹に!!」
「抱イタかト言うなら抱イタ。イッパイ抱イタ。夫婦ダからな」
「「「貴様ぁ!」」」
酒をあおりながら食ってかかる兄弟たち。
真っ赤になって顔を覆うネッカ。
無言で杯を傾ける父トーリン。
「待て待て待て。それなら俺も聞きたいことが……!」
その声は内から勢いよく閉じられた扉によってかき消すように消えた。
こうして宴の夜は更け…クラスク市とネッカの家族との間に冷蔵庫制作の契約が為ったのである。
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