第413話 酒宴
「迷うのわかル。俺もイきなり街にドワーフやっテ来テ仲よくしようトカ言われタら胡散臭イト思ウ」
クラスクの言葉に腕を組んでうむうむと肯首するドワーフ達。
知らず息が合っている。
もし指摘すればなんと嫌そうな顔をする事請け合いだろうが。
「ダガそれデモお前達ドワーフの力が必要。うちで新しく作った他の酒の販路も増やシタイ」
「他にも酒があるのか?!」
「あル」
クラスクはそう言って冷蔵庫からさらに酒瓶を取り出した。
「これは
新たに取り出した三本の酒瓶の封を開けてゆくクラスク。
だが彼の呟いた単語には少々語弊がある。
「ブランデー…聞いたことがないな」
「ウィスキー…も知らぬ」
「ウオ…ウオッカ?」
一方で『ブランデー』や『ウィスキー』はこの世界の単語ではない。明らかにミエの世界の言葉だ。
これは…ミエの酒類に対する造詣不足が原因である。
ミエの世界にも葡萄酒や麦酒の蒸留酒は存在しており、それぞれブランデー、ウィスキーと呼ばれている。
甜菜にも当然ながら糖分が含まれているため酒を作る事が可能で、これを
これは広義ではウオッカの一種であり、ここまではミエもなんとか辿り着けた。
だが酒類に関してあまり詳しくないミエは蜂蜜酒の蒸留酒…彼女の世界ではミードネクターと呼ばれるものだが…に関しては全く知らず、この世界が初出だと思い込んでいる。
ゆえに蜂蜜蒸留酒だけは彼女が命名することはなく、結果クラスクが名付けた
「む! このウィスキーいいねえ」
「ブランデーも行けるぞ! 美味い!」
「このウオッカも悪くない。ふむふむ。ふーむふむふむ」
強烈な蒸留酒を次々と煽るように飲みながらドワーフ達が快哉を叫ぶ。
「人間族ハ水デ薄めテ氷を入れテ飲む」
「ほう! それも悪くなさそうだ!」
「だがこのままの方が旨い!」
「旨い!」
「ウム、旨イ」
わいのわいの騒ぎながら酒の目利きをするドワーフどもとオーク一匹…もとい一人。
傍から見たらとんでもない光景である。
その喧騒を眺めながらネッカはブランデーの水割りをちびりと飲んで、イエタは酒には手を付けず彼らの和気あいあいとした様をにこにこと嬉しそうに眺めていた。
「そう言えばその冷蔵庫とやらの奥の方にあるのはなんだ?」
「うむ。他より小ぶりな瓶だが」
「酒か?」
「酒か!」
すっかり好い心持となったネッカの兄弟たちはすわこのオークはまだ新しい酒を隠しているのかと問い詰める。
クラスクは困ったように頭を掻くが、隠しておく意味もないと素直にその小瓶を取り出した。
「これは
「
「ああ、エフルカルゥルトヌマルか」
「エフルカルゥ…む?」
ネッカに教わったドワーフ語の基本語彙に含まれていない単語だったためクラスクが眉をひそめる。
イエタもつい先刻まで彼女に合わせて語ってくれていた共通語に突然知らぬ単語がねじ込まれ、困惑して首をひねった。
「
「酒を断つ…アア。仕事すルためにカ」
「違いまふ」
「ウン…?」
ネッカの即断にクラスクは怪訝そうに眉根を寄せた。
「ドワーフ族にとって酒は日常のものなので『酒を飲んで仕事の能率が落ちる』って感覚はないんでふ。なので
「それデ酒がのめなイから酒瓜デ紛らわせルわけカ」
「でふ。なのであまりドワーフ族にとっていいイメージの果物ではないでふね」
酒好きという点はオーク族と変わらぬドワーフ族だが、酒を作る技術自体はそこらのオーク族より遥かに高い。
そんな酒を水のように飲む種族にとって酒の味がするだけで酒気を帯びていない果物、などというものはある意味拷問のようなものなのだ。
「なんだ。つまりそれは酒ではないのか」
「酒瓜だものな」
明らかに落胆した風のドワーフ達。
だがそれを聞いたクラスクがニッと笑ってその小瓶の蝋封を外した。
「!?」
「こ、これは…!?」
「酒気…酒気だと!? 馬鹿な!!」
漂って来る濃厚な酒の気配にドワーフ達が驚愕する。
「馬鹿な…!
ノンアルコール飲料だと思っていたものが芳醇な酒の香りを漂わせて来たら酒飲みは戸惑うだろう。
彼らの混乱もちょうどそんな感じであった。
「うちの錬金術師凄腕。酒瓜を酒に変えル秘儀知っテル」
「なんと…!?」
「そんなことが本当にできるのか!」
「俄には信じ難い…!!」
だが事実である。
一般的な酒…醸造酒は材料に含まれている糖をアルコールに変えることによって作られる。
だが酒瓜は酒のような味こそするがそこにアルコールは含まれていない。
通常の果物であれば大気中に漂う天然酵母などが付着することでその糖を材料に発酵が行われアルコールを精製し天然の果実酒となることこもある(オークが昔作っていた原始的な酒の製法がこれである)が、酒瓜にはそもそもその果肉に糖分が殆ど含まれていないため酵母による発酵自体を起こせない。
そこでクラスク市の凄腕の錬金術師…即ちシャミルは、酒瓜の果肉用に専用の酵母を用いてこれを糖に変え、同時にその糖を通常の酵母でアルコールに変える、という工程を経ることで酒を生成する事に成功した。
これは平行複発酵と呼ばれる高度な技術であり、日本酒などの製法がこれに当たる。
かつてシャミルはこれを製造したことがあったけれど、結局元の酒瓜と大して味が変わらぬためお蔵入りとしてしまっていた。
だがそのアイデアだけは忘れていなかったようで、今度はそれを蒸留酒に仕立ててみた、といったところだろうか。
「む…これは……!?」
「酒気は先程のウィスキーやブランデーほどではない。ないが…」
「うむ。芳醇だ。とても
ドワーフ達がその豊かな味わいに舌鼓を打ちながら驚嘆する。
「この酒ダケ実験的。少し作り方違ウ。数作れナイ」
「なるほど…どうりで風味がだいぶ違う」
酒の談議で当たり前のように対話するドワーフとオーク。
なかなかに歴史的な瞬間である。
さて通常の蒸留酒は『蒸留器』を用いてアルコールだけを抽出するようにしてアルコール度数を高める。
結果アルコール度が高まり、また蒸留という工程のお陰で酒に含まれる不純物も減ってゆく。
蒸留酒がアルコール度数が高いがゆえに酔いやすい一方、悪酔いをしにくいのは蒸留という工程によって酒に含まれる不純物が減少するからだ。
だが一方でそうした不純物が酒のコクや個性を育んでいるともいえ、蒸留酒はある意味そうした個性を切り捨てて作られると言ってもいい。
ビールに残っている麦の風味はウィスキーにはほとんどないし、ブランデーもワインに比べると原材料の葡萄の風味はさほど感じられない。
そこでシャミルは火輪草から作りだした薬液を酒の醸造過程に加えた。
これは液中の水分とアルコールをより強く分離する液体の壁を内部に作りだし、同時に酒の中の澱を付着する効果を持つ。
比重の関係でアルコールがその薬液より上に移動し、火輪草の熱でゆるやかに暖められることで沸点の違いで先に気化し、蒸留が進む。
一方で薬液の下側では発酵を終えた酵母が死骸となって澱となるが、それが上層の薬液に付着することでアルコールと隔てられ、それを盾にアルコール発酵が続けられる。
通常の醸造に於いては酵母は自らがアルコール発酵によって生み出したアルコールにより死んでしまい、それ以上発酵を進めることができず、結果アルコール度数はある程度以上には決して上がらない。
けれどシャミルの編み出した技法であれば蒸留と発酵を同時に進めることで酒の風味を残したままアルコール度数をさらに高めることが可能なのだ。
まあ澱が底ではなく液中に浮くことになるので澱引きが手間だし、そこまでしてもアルコール度数は30~35%程度に留まるけれど、そのお陰でドワーフ達が驚嘆する程の高い酒気と風味の両立という離れ業を実現することができたシャミル渾身の蒸留酒である。
より正確には平行複発酵自然蒸留酒、のような呼称の方が正しいのかもしれないが、いずれにせよミエの世界でもなかなかにお目にかかれない高度な蒸留技術と言えるだろう。
初期に製造されたものは攻城戦の最中にミエが傷口の消毒に用いていたくらいなのアルコール度数が70%を超えていたはずだが、どうやら他の材料での蒸留酒を造る過程で製法を色々試行錯誤したものらしい。
「この酒を…輸入か…!」
「むむ、冷やし飲み…!」
「「ううむ……!」」
酒を飲みながらドワーフ達が呻く。
オークは敵だ。
仇敵だ。
だがこの酒は旨い。
旨すぎる。
さらに冷蔵庫という新たな革命的用具までが飛び出した。
「さあ、決断の時ダ」
ああ、一体…一体どうしたらいいのだろう。
ドワーフ達は、両手を広げニヤリと笑うそのオークの前で懊悩した。
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