第411話 交渉術
「大オーク…?」
「大オークだとぉ……!?」
大オーク、という単語にネッカの兄弟たちは眉を吊り上げ殺意を顕わにする。
いや元から殺気丸出しという気がしないでもないが。
だがそれは致し方ない。
その単語はオーク族以外のあらゆる
血と争乱を嫌でも想起させる忌まわしき象徴そのものなのだから。
特に長寿の種族の場合それを実体験で覚えている者もいるのだから猶更だろう。
「貴様その暴威で我が妹を慰み者に…っ!」
「ち、違いまふ違いまふ! 全然違いまふーっ!」
激昂する兄達と弟を手府大きく振り回しながら慌ててとりなさんとするネッカ。
「むしろ逆でふ! ネッカはその…お金がなくなって路頭に迷ってクラスク村の近くで行き倒れてでふね…」
「行き」
「倒」
「れ」
「でふ。それでそのまま野垂れ死ぬところをクラ様に御救いいただいて。だから…」
「それはそれで何をやっとるか貴様ァァァァァァァァァ!!!」
「すすすすすすいませんでふぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~っ!!」
兄のもっともな言い分に縮みあがるネッカ。
「ヘグーンウルク」
長男がガタと椅子から立ち上がりクラスクを問責せんとしたところを父トーリンの鋭い言葉が制する。
ヘグーンウルクは憤懣やるかたないといった表情で、だが大人しく椅子に座り直した。
ドワーフ族は秩序を好み、年配の者に従う。
年経た者は年経ているというただそれだけで尊敬する。
なにせ福利厚生など言葉すら存在しない世界である。
長生きできているのならそれは既に敬うべき立派な業績ではないか、というのが彼らの言い分なのだ。
石の断面にその土地の歴史が刻まれているが如く、年齢とは岩に刻まれし年輪であり、それはすなわち優れた叡智に等しい。
ゆえに彼らにとって年配でありかつ家長である父の言葉は絶対であり、それに逆らうなどという事は思いつきもしなかった。
「ドワーフ族とオーク族の確執については知っていよう」
「知っテル」
「どんな相手だろうとオークはオークだ。ドワーフ族の街に乗り込めば怒りと恨みで我を忘れたドワーフに殺されても文句は言えぬ。それはわかっているのだな」
「わかっテル」
「仮にも街を治める者としてそれは軽率ではないか」
「ダガお前達デナイトデきナイ仕事があル。俺以外の奴が来テも話にならナイ」
「仕事?」
「そうダ。ネッカ」
「は、はいでふ!」
頷いたクラスクは隣にいるネッカに顎で指示して、ネッカが嬉しそうにいそいそと準備を始める。
それとなんとも恨めし気な顔で睨みつける兄弟たち。
ネッカは背負袋を下ろし、そこから…ニュッと石造りの箱を取り出して兄弟たちをギョッとさせる。
明らかに縮尺比がおかしい。
ネッカの背負袋はだいぶ小さめで、およそ4ゼリム(約18リットル)程度の容量に見える。
こちらで言えばサイクリングをする者などで背負っている軽めのリュックと言ったところだろうか。
にもかかわらずそこから出てきたのは高さ2フース(約60cm)ほどの大きさの石の直方体だ。
どう考えてもその背負袋に入る大きさではない。
「まじないか」
「は、はいでふ! これはえーっと『
途中まで言いかけたネッカの言葉を父トーリンが手を制する。
彼の…いや彼とその家族の瞳は、吸い寄せられるようにその石の箱に向けられていた。
「石製の物入れか」
「扉が開閉するようだな」
「ふむ…出来はまあまあと言ったところか」
兄弟たちが目を細めその石の箱をしげしげと眺め、口々に呟く。
先程までとは打って変わった雰囲気である。
「えーっと、えっと、これはネッカがでふね…」
己の作ったもので家族からこういう反応を受けた事のなかったネッカがおそるおそるそう告げようとすると、長男ヘグーンウルクがそれを片手で制した。
「言われんでもわかる。お前の手癖だ」
「はううううううううううううううう」
ばっさりと切って捨てられたと思い込みたじろぐネッカ。
だが兄弟たちの反応は彼女の想像とは少し違っていた。
「ああ。ネッカの技だな」
「うむ。悪くない」
「気合が乗った出来だな…心身が充実していた証拠だ」
「庫の横についている黒い部品はなんだ…?」
「こちらはネッカの手によるものではないな」
「うむ。違う」
ふむふむ、ほうほうと頷きながらぶつぶつと呟き、一同で回り込むようにしてその箱を観察する。
そしてそのまま元の席に戻ると、どっかと座り直して腕を組みまっすぐクラスクを見上げた。
「で、どんな仕事だ」
「これを作るのか?」
彼らのあまりの豹変ぶりに目をぱちくりとさせたクラスクが、隣にいるイエタと顔を見合わせる。
「随分態度変わっタ」
そう指摘されたドワーフ達は互いに見交わし、長男がヘグーンウルク口を開く。
「お前が何者だろうと、魔族だろうとオークだろうと、この石箱は良いものだ。良い出来だ」
テーブルの上に置かれたそれを指差しながら、そう告げる。
「そうダナ。いいものダ」
クラスクの言葉にヘグーンウルク深く頷く。
「そうだ。良いものだ。これだけいいものを造れたということはこれを作った職人はきっと良い環境にいたのだろう」
彼の言葉にネッカが激しく同意するようにぶんっぶんっと首を勢いよく縦に振る。
「もしこの職人がお前の街で仕事をしていたというのなら、お前は職人に良い環境を与える事ができる者だということになる」
「ヨイ環境…」
クラスクが腕を組んで首を捻る。
当人的にはあまり自覚がないのだろう。
けれど彼を挟んで左右にいるネッカとイエタは、ヘグーンウルクの言葉に何か気付くように顔を上げ、互いに顔を見合わせて深く頷いた。
「そうでふ! クラスク市にはいい職人さんが多いでふ!」
「そうですねえ…確かに職人さん達がクラスク様の事を悪く言っているのを聞いたことがありません」
「…たとえお前が何者だろうと、魔族だろうとオークだろうと、職人にいい仕事ができる環境を提供できる奴は職人にとってはいい奴だ。ドワーフとしてでなく職人としてでなら貴様の話を聞く価値がある、そう思っただけだ」
「ナルホド」
クラスクはネッカの兄弟たちを指差しながらネッカの方へと顔を向けた。
「最初からこっち見せればよかっタ」
「そうでふね…」
クラスクもこの交渉が困難極まりないものであることは承知していたし、覚悟もしていた。。
ドワーフ達が仇敵であるオーク族の頼みごとに簡単に首を縦に振ってくれるとは思っていなかったからだ。
己が自ら乗り込めばオークの分際でドワーフの街に乗り込んでくるなんて…と言われるに違いない。
喧嘩を売りに来たのかと凄まれることだろう。
彼はそう思っていたし、実際そうだった。
だがだからと言ってもし彼がそれを危惧して他の誰かを寄こしたのなら、直接顔も出せぬような臆病者と交渉する気などないと突っぱねられた事だろう。
なぜならそもそもの根本的な原因はクラスク自身にあるのではなく、互いの種族の確執にあるからだ。
だからクラスクが何を言っても、何をやってもきっと反感を買う。
だがそんな中でも、ミエの望みを叶えなければならない。
この冷蔵庫を量産するためにはどうしたってドワーフ族の腕が必要なのだ。
そのためにクラスクは今日まで色々方策を考えて来た。
ああ言われたらどうする、こう問い詰められたらどうすると、色々考えてきたのだ。
けれど…それがまさかこんなあっさり覆るとは思ってもいなかった。
要は彼はドワーフ族のツボを突いたのだ。
彼らの信用や信頼に関わる核心をついてのけたのである。
オーク族にだってある。
肉と酒、そして戦い。
オーク達が本能的に好むもの。
つまり他の種族と交渉に及ぶ際には…そうした種族ごとの急所を押える必要があるのだ、ということを彼は今学んだ。
ともあれ話し合いができる。
クラスクはここからが本題とばかりにニヤリと笑ってドワーフ達にこう告げた。
「なら頼みタイ。この石造りの箱…『冷蔵庫』の量産をダ」
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