第410話 一触即発、実家への挨拶

地底に広がるドワーフの街、オルドゥス。

多島丘陵エルグファヴォレジファート北端に位置するドワーフ族の小国グラトリアの中で最も人口が多い街である。

とはいってもグラトリアは所詮小国であり、街と呼べる規模の居住地は三つほどしかないのだが。



さて、地の底の街、というと随分と陰鬱なイメージがあるが、ことドワーフ族の街に関してそれは当てはまらない。


地中に住まうがゆえにオーク族同様≪暗視≫を種族スキルとして獲得している彼らだが、さらに深く深くに棲息する『地の底に住まう者ども』と異なりドワーフ達は陽光を忌避しない。

ゆえに彼らの街も優れた職人の手によって、様々な手段で採光の工夫が凝らされていた。


通路の天井は高く、特に広場ともなるとそれが一気に広がって、地底でありながら開放感がある、というなんとも矛盾した様相を呈する。

なにより大広場などは地の底でありながら燦々と陽の光が降り注ぎ、さながら山腹で日光浴をしているかのような気分を味わうことが可能だ。


これは大広場の天井に設けられた幾つもの穴…幾度か角度を変えながら地上に通じているその穴の角に磨き上げられた鏡面が設置され、陽光を地底に届けているのである。

それも地底に降り注ぐ個所には特殊な研磨を施された水晶などが配置され、宝石の煌めきが如く眩い光が降り注ぐように工夫が凝らされている。


地の底に広がる畑などもこうした採光により成立している。

初めて訪れた者達は地の底とは思えぬその壮麗さに感嘆し、次にそれがドワーフ族の職工の手によるものと知り驚嘆するという。




つい先刻クラスクとイエタがまさにその反応を示した。




ただし、確かにこれらの明るく美しい街並みは地底というイメージからどうしても消えてくれぬ陰惨さを拭い去ってくれるけれど、それはドワーフ族が陰気ではない、ということを意味はしない。


さて、そんな街の一角、壁に掘られた一軒の家。

その家の前には大きな馬がたまに前脚を掻きながらも大人しくしており、通行人たちが物珍し気に(だがやや遠巻きに)見つめ通り過ぎてゆく。


そしてその家の中では…今まさに一触即発の事態が勃発していた。


「……………」

「………………」

「…………………」

「……………………」

「はう、はうううぅぅぅ~~~~……」


家の住人たるドワーフ達の刺すような視線がそのオークに突き刺さる。

それをあわあわと手をばたつかせながら押し留めようとするものの、他のドワーフ達の厳しい視線を前に委縮してしまうネッカ。


心細くなった彼女は知らず夫であるクラスクの複の裾をつまんでしまい、それがより一層他のドワーフ達の勘気を買う。


「お前がネッカの父親カ」

「オークに父と言われる筋合いはない!」

「はわっ! はわわわわわわわわわわわわっ!」


そう、ここはネッカの実家…

そしてその一室でクラスクを今にも血祭りにせんと身構えているのは彼女の父親と兄弟たちである。


ネッカの弟にして四男、ルセコー。

ネッカの兄で三男、サットク。

ネッカの兄で次男、ナクブ。

ネッカの兄で長男、ヘグーンウルク。

そしてネッカの父、トーリン。


サットク以外の全員が、なんとも厳しい目つきで、彼にしてはだいぶ小さな椅子にテーブルからはみ出すように座っているオークをめつけている。


まるで大事な娘をどこの馬の骨ともわからぬ男に奪われ、二人の仲を認めて欲しいとやってきた男に殺意を向ける家族のようだ。

いやまあ実際全くもってその通りなのだけれども。


「お前ネッカの兄弟ダッタカ」

「………………ああ」


先刻クラスクに助けられたドワーフ、サットクが口をへの字に曲げて応じる。

ドワーフとしてオークの言葉に返事もしたくはないのだが助けられた恩義は無碍むげには出来ぬ。

そんな複雑さが顔に滲み出ている。


「それで、何を言いに来た」


父であるトーリンが苦々し気に問い質す。


「用事の一つ。ネッカ嫁にもらっタ。家族に挨拶に来タ」

「「「巫山戯ふざけるな!」」」


どんと机を叩き、ドワーフ達が一斉にがなり立てる。

びりびり、と机が、部屋の空気が震え、ネッカがぴぃと肩を寄せ縮こまった。

その隣でイエタもまたびっくりして目を丸くしている…が、特段慌てた様子はなく、落ち着いた佇まいのままだ。


ドワーフ達の大喝にその身を軽く揺らしたクラスクもまた特に動じる気振りもなく、脇にいるネッカの方に顔を向けながら彼女の家族を指差す。


「仲イイナ」

「は、はいでふ…」

「「「おおい!」」」


自分達の恫喝が家族であるネッカを委縮させたのみであることが却って彼らの憤怒を買って、クラスクはますます強い敵意に晒されることとなった。


「大体俺達は貴様とネッカのこ、こここ婚姻なぞ…!」

「そうだ! 認める気などない!」

「だいたいネッカお前もなんだ!」

「そうですよ姉さん! よりにもよってオークですよ!?」


口々にがなり立てる兄弟たち。

ますます縮こまるネッカ。

だがクラスクは一切動じた様子はなく腕を組んだままふんふんと彼らの言葉に耳を言傾けている。


「成程。お前達の言い分はよくわかっタ」


そしてドワーフ達が怒鳴りつかれて言葉が続かなくなった後三拍ほど置いて、落ち着き払った声で語り始める。


「ダガ勘違イすルな。俺はお前達に婚姻のをもらイに来タわけじゃナイ。婚姻のをしに来タダけダ」

「ぜえ…ナ、ニ、イ…ぜえ」

「ハァ…ふざけ、る、な……ハァ」


なおも言い返そうとする兄弟たちは、だが散々怒鳴り散らして息が切れ、喉も半分枯れかけていた。

それを見越して彼らの罵詈雑言を馬耳東風とばかりにやり過ごしていたクラスクは、そのまま滔々と己の意見を述べる。


ちなみに馬耳東風はミエの故国のことわざらしい。

クラスクとしては馬は耳がいいのでその喩えはあまり正しくないと思っているのだが。


「そもそもネッカの人生ネッカが決めル。親兄弟デモ勝手ハデキナイ。ドうシテモ止めタかっタらが街を出ル前に止めルべきダ。違うか」

「ぐ……っ」


長男ヘグーンウルクが言葉に詰まる。


「ネッカはこの街ヲ夜逃げしタカ。違ウ。お前達に挨拶しテ出テ言っタのだロウ。お前達はそれを止めなかっタはずダ」

「ぐぬ……っ」


次男ナクブが歯ぎしりをする。


「出テイッタ後に連れ戻す気なら方々に探しに出ルはずダ。自分達デ探しに出なくトモこの街に来タ行商や吟遊詩人などに頼むことダっテ出来タはずダ」

「ぐぬ、ぬ……っ」


三男サットクがうめき声を上げて、


「俺の街それなりに大きイ。交通の要衝ダから往来も盛ん。ダガこれまでドワーフの娘探しテル話なんテ聞イタこともナイ」

「む、む…………!」


そして四男にして弟のルセコーが押し黙った。


「つまりお前達はネッカを『認めタ』か『見捨テタ』ンダ。『認めタ』ンならネッカは一人前ダ。ドコデなにをしようト本人の選択ト責任デお前達の知っタ事デハナイ。もし『見捨テタ』ンならますますお前達が口出しすル話ジャナイ。違うカ」

「「「「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ………!」」」」


ネッカの兄弟たちはよりにもよって低能の代名詞であるオークに口先で負けて歯噛みをし、殺気を込めた眼で射殺さんばかりにめつけるが、そのオークは一向に堪えた様子がない。

街全体がほぼほぼ全員仇敵であるドワーフ族だ。

その気になれば全員で彼を誅殺する事だってできるし、それだけの憎悪が互いの種族の間には存在する。

そのただ中にあってこの泰然自若とした態度は、いっそ見上げたものではないか。


ドワーフ達は憎きオーク族を前にそんな矛盾した感銘を受けてしまう。

クラスクの、ミエの≪応援≫によって範囲拡大している≪カリスマ/人型生物フェインミューブ≫の効果によるものだ。


「……俺の街、と言ったな」


と、そこでこれまで沈黙を守っていたネッカの父、トーリンが口を開いた。


「言っタ。言っタがドうしタ」

「つまり貴様は最近噂に聞く『オークの街』の首長か」

「…そうダ。クラスク市市長、クラスク。それが俺の名ダ」






クラスクの言葉に……その場にいるドワーフ達の眼の色が変わる。






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