第409話 ドワーフ流諧謔
殺気だった目つきでそれを睨む。
そこにいるドワーフ達全員が、忌々し気に、憎々し気にそれを
ところは山腹、そこに開いた坑道の入口が如き穴の前。
地下にある同胞の住まう街を守るため、ドワーフ族の屈強な衛兵達が十重に二十重に斧を構えそれを取り囲んでいた。
それは主に人間族やエルフ族などが乗る馬なるものに跨っていた。
ドワーフ族は馬は知ってはいるが利用することは殆どない。
彼らの耕す畑は地下にあり、耕作などには主に牛を用いる。
そもそも地底では馬を速く走らせることもできぬ。
なによりドワーフ族はあまり足が長くなく、彼らにとって馬の背は高すぎてなんとも御しにくいのだ。
ドワーフと言えば乗馬が苦手、というのは吟遊詩人などが物語を語る際の典型ともなっているほどである。
ただそれにしてもその馬は少々おかしかった。
まず大きい。
とにかく大きい。
青毛…というが見た目は黒い。
黒い黒い毛並みで恐ろしく馬体が大きい。
鼻息荒く
そしてその巨大な馬の上に跨って、なお遜色ないほどの巨体でドワーフ達を見下ろしている者…
それはドワーフ達にとって決して看過できぬ存在。
会えば殺し合いになることが避けられぬ宿命の相手。
そう、ドワーフ族の宿敵であり、仇敵であり、そして天敵でもあるにっくき種族…オーク族だった。
巨馬に全く引けを取らぬその巨躯、隆々とした筋肉、そしてなによりその歴戦の者のみが備えたる鋭い眼光…。
オークの中でも相当の強者であることが一目で見て取れる。
背に挿した斧の刃は見えぬがその柄を見ただけで多くの血を啜ってきたのがわかる。
それほどの禍々しさを感じるのだ。
身に着けているのは金属製の鎖鎧。
軽く、動きやすく、なにより腕のよい職人の手によるものであることがすぐにわかった。
きっと人間の街を襲って奪ったものに違いない。
一体あの斧で、幾人のドワーフを殺戮してきたのだろうか。
ドワーフ達は一流の細工師であり、鍛冶でもあり、ほとんどの者が細工物や武器を見る目利きの腕を備えているのだ。
ただ目の前のオークを評価する際のその鑑定眼には、少なからぬ負の視点が混じっていたけれど。
「
ドワーフの一人が吠えた。
その言葉を合図とばかりにドワーフどもが一歩、斧を構えながらその巨大な馬と馬上のオーク目がけて足を踏み出す。
「わっふ…!」
小さな声が、聞こえた。
その巨馬の上、そのオークの背後。
そこに、ドワーフがいた。
「…ネッカ?」
ネッカである。
この街の石工トーリンの娘、以前少しの間街を出て、珍妙なまじないを習い覚えて舞い戻ってきた後また街を飛び出たドワーフの娘、ネッカである。
そんな彼女が、そのオークの背後で、馬に跨っている。
あわあわと両手を振り回し、何かを喚きながら必死に何かを訴えかけている。
「
「
そんな会話の中…それまで無言を守っていたオークが口を開いた。
「
「「「ッ!?」」」
それはあの耳障りで意味不明なオークの喚き声ではなかった。
それはドワーフ語だった。
オークの口から、ドワーフの言葉が漏れてきたのだ。
「それト、話せルなら共通語を話セ。仲間が困っテル」
そして、その後
驚くべきことだが。
信じ難いことだが。
頑なに己の種族の言葉しか話さぬ、いや話せぬはずの低能なオーク族だというのに……目の前のこの巨大な豚野郎は少なくとも三か国語を話すようなのだ。
「それトもなにカ。誇り高き汝らドワーフ族ハ、己の言語以外ハ使うのも憚られるほドノ誇り高さなのカ」
そして…そのオークは共通語でそう語らいつつ小さく肩をすくめ、こう続けた。
「ならば仕方ナイ。彼女に汝らの言葉を教え込むゆえ一か月ほドこの場所デ夜営すル許可を戴きタイガ。
ドワーフ達は一斉に眉をひそめ、斧の柄を強く握り締める。
一触即発の空気…のはずなのだが、なぜだかそれが僅かに緩んだ。
なぜならドワーフ達はそのオークの皮肉に激昂したわけではなかったからだ。
むしろ逆である。
ドワーフ達はそのオークの発言に…ほんの少し肩の力が抜けたのだ。
一見相手の意に沿うようでいて可能な限り相手の嫌がる事をする。
それもなるべく時間のかかるやり方で。
それはドワーフ族がとても好む彼ら一流の皮肉である。
ドワーフ達ははそうした言い回しでいかにうまく相手…主に仲の悪い他種族だが…をやり込めたかを酒の席で自慢しあったりする程だ。
それをオーク族にやられた。
それも自分達の発言の上げ足を取られ、見事にしてやられた。
そう、困ったことに。
非常に困ったことに。
彼らは…顔に出さぬだけでそのオークの放ったドワーフ流の
あらためて気を落ち着けてそのオークをまじまじと観察するドワーフ達。
そのオークの皮肉の効いたユーモアの陰での
まずこちらが斧を構えているにも関わらず背に挿した斧を抜こうとしていない。
背後からそのオークにしがみついているネッカも別段首輪などが付けられている風もなく、自由の身のようだ。
まあ馬上であることに関してはだいぶ不自由そうではあるが。
そして
また魔導術や精霊魔術をまじないとひとまとめにして敬遠するドワーフ族も自らを産み落とした神に対する信仰は篤いようで聖職者には寛容ではある。
あるのだが閉鎖的な彼らはその聖職者を自らの種族の中から神の声を聴いた者のみに限り、他種族をあまり受け入れたがらない。
そして羽を持つ
ではあるが…そんな彼らでも
そんな
これまた彼女にも縄や鎖の跡があるでもなく、手錠や足枷が付けられているわけでもなく、その表情や口調には隣にいるオークに対する恐怖や忌避が一切感じられない。
いや聞きようによっては敬意や誠意すら感じさせる。
つまるところ…にわかには信じ難いことだが、同胞であるドワーフ族の娘ネッカも、その
ドワーフはドワーフの判断を信じる。
そして
それら客観的な証拠から考えると…どうにも奇妙なことながら、そのオーク族は無害な存在であり、信頼のおける相手、というなんとも矛盾した結論が導き出されてしまうことになる。
とても困ったことだが。
「あー…すまない」
と、そこにもう一つ声が聞こえた。
そしてその大きな青毛の馬の陰から彼らドワーフ族の同胞がもう一人現れる。
「サットク! 無事だったか!」
先程眼下の崖下で大蜥蜴に追い回されあわや噛みつかれる寸前まで追い詰められていたサットクの無事な姿に、ドワーフの衛兵達は改めて胸を撫で下ろす。
そして同時にそのオークと彼を交互に見つめ、そして口をあんぐりと開けた。
彼を何者かが助けた事は知っていた。
突如現れたその謎の助っ人を山の上から応援しながら固唾をのんで見守っていたからだ。
だがその時点では距離が遠すぎてそれが何者なのかまではわからなかった。
まさかにそれが善意でドワーフを助けに来たオーク族、などという珍奇で突飛な存在だなどと、その時点では想像だにしていなかったからだ。
だがもはや間違えようがない。
先程の黒い騎馬の姿とも一致する。
このオーク族は、この街の同胞の命を救い、ここまで届けに来たのである。
「…何が、望みだ」
呻くような声で、ドワーフの衛兵達の隊長が告げた。
ドワーフ族は他種族に簡単には心を開かぬし、受けた恨みは決して忘れず、一度でも彼らの勘気を買った種族はその後長い長い間険悪となる。
けれど…同時に彼らは非常に義理堅く、一度恩を受けた事も決して忘れない。
そんな彼らが同胞の命を救ってくれた相手に相応の礼を尽くすのは当たり前のことと言える。
あろうことか相手は宿敵にして仇敵のオークなのだが、少なくとも彼には敵意がない。
いかに仇敵とはいえ、平和裏に交渉してくる恩人相手に無遠慮に斧を振るえるほどに、ドワーフ族は不義理ではないのである。
さて、どうやらようやく会話が成立するらしいと知ったそのオーク…クラスクは、ニヤリと笑って己の背後で縮こまっているドワーフ族の娘、ネッカの頭をぽむぽむと軽く叩く。
「ネッカの家族に会イタイ。娘の旦那が挨拶に来タト」
ドワーフ達の口は…再びあんぐりと大きく開かれた。
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