第407話 閑話休題~オーク族の性癖~

女三人寄れば文殊の知恵…ではなく。

女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。


小人族フィダスのトニアが作ったスイーツに皆舌鼓を打ちながら、ミエの語る未知のスイーツの話を聞きながら瞳を輝かせている。


まあこの街の女性陣の場合、文殊の知恵と言い換えてもあながち間違いではないのかもしれないが。


「へー、そんな食いもんがあったのか。食って見てーな!」

「私も実家でケーキを口にした事はありますがそのような色形のものを食したことはありませんね…」

「あー、そう言えばエモニモさんの御実家って貴族さんでしたっけ」


ミエの問いかけにエモニモは少し皮肉気に笑う。


「はい。父や母の期待に応えることのできぬ不肖の娘でしたが」

「ええ…でもエモニモさんてすっごく才能あるようにみえるんですけど…」


剣も上手ければ交渉もできる。

貴族の礼儀作法などの知識も豊富だしキャスほどではないが指揮官としても有能だし指導力も高い。

この街の衛兵隊長として十分以上に働いてくれている彼女が不肖の娘だなどとミエには到底信じされなかった。


「いえ…その、貴族としての才覚がなかったわけではないと思います。ただ…

私の望みが、願望が、決定的に貴族に向いていませんでした」

「ああ…」


貴族としての己の在り方に疑問を抱き、貴族として生きることをいとううた。

結果的に家を捨て、騎士団に入り、そして今ではこの街で衛兵隊長となりオークの妻となって身籠っている。


貴族の本分が領土の保持防衛とそれに対する責任や矜持だというのなら、確かに彼女には貴族としてのはあっても貴族としてのがなかったのだろう。


「まあお陰でうちの街には頼れる衛兵隊長が来てくれたわけですし、人間万事塞翁じんかんばんじさいおうが馬ってやつですねー」

「…はい?」


ミエの呟きにエモニモは怪訝そうな声を漏らした。

彼女の故郷のことわざや訓戒などがこちらの世界でも同様に通用したり、あるいはほぼほぼ同じ言い回しに翻訳されて使用できたりすることもあるが、流石にこの故事成語はこちらの世界では通用しなかったようだ。


まあそもそも故事成語の場合過去に起こった事象などからの教訓なので、こちらの世界で同様の事件や事故や出来事などが起きていない限り通用するはずもないのだが。


「まあその仕事も今はこうして休業中ですが…不甲斐なくて申し訳ありませんミエ様」

「いえいえとんでもない! これまでずっと多忙だったんですからこういうときくらいゆっくりしてください! ラオクィクさんもそう言ってましたよね?」


ミエの言葉にゲルダとエモニモが少し困ったように視線を交わす。


「あー言ってた言ってた。あいつほんとうるせえんだ」

「その、こちらを気遣ってくれてのことだとは思うのですが、確かにあれは少し過剰かもしれません」

「無理矢理休ませたりとかなー」

「……はい」


二人とも仕事に出たいようだが、どうにもラオクィクが色々と止めているようだ。


「それはまあほら、お二人の事が心配なんですよー」

「そうかあ? 必要なのは跡継ぎのほうだろー?」

「そう…なのでしょうか」


ミエのフォローにゲルダが軽口で返すが、エモニモが思った以上に深刻に受け止めて青ざめている。

これは単に彼女の性格だけの問題ではない。

妊娠していることで情緒不安定になっているのだろう。

すぐにそれに気づいたミエは慌てて彼女をフォローしようとする。


「そんなことありませんって! ラオクィクさんお二人の事はとても大事にしてらっしゃいますとも! 見てればわかります!」

「そうか?」

「そう…でしょうか」

「ホントホント、ホントですってば!」


なかなかに二人の落ち込みは深いようで、あわあわと慌てるミエ。

そんな彼女を見ながら…トニアは不思議そうに首を傾げた。


「おふたりともぉー、旦那様のこときらいなんですかぁー?」

「いや別に…いや実際どうなんだ」

「嫌い、ということはないと思いますけど…」


素直ではない二人が少し顔を逸らしながら言い繕う。

「それですー!」という表情で両拳を握るミエ。


「ですよねぇー。お二人ともとってもお強いんですからー、イヤならイヤってちゃんと言うと思いますしー、抵抗もすると思いますぅー」

「ま、まあなー」

「そうですね。抵抗は、まあ…」

「…だよな」


ゲルダとエモニモが互いに相手を見つめ合い、その後何を思い出したのか少し頬を赤らめて視線を逸らす。


「おや?」

「あらー?」


同じオークの妻としてすぐに何かを察するミエとトニア。


「なんですか今の反応」

「気になりますぅー」

「あ、いえっ! 別に!」

「ななななななんでもねーよ!」


二人の問いかけに一気に顔に朱を入れて慌てふためくゲルダとエモニモ。


「怪しいですー」

「同じオーク族の妻として! 是非ご教授をお願いします!」

「教授、教授って何をですか!」

「それはもちろん…ねえ?」

「はいー、旦那様がよろこぶ…えーっと…」

「性癖ですか?」

「それですぅー」


互いに顔を見合わせて、その後興味津々と言った顔を瞳を輝かせるミエとトニア。

椅子の上で追い詰められるように後ろに下がろうとするゲルダとエモニモは、けれどこの二人から逃れられぬ事を肌で感じて覚悟を決めた。


「あー、いや、その…なんだ。別にアイツとするのがイヤってわけじゃねーんだけどよ…」

「その、嫌がりは、するんです」

「ほえー…?」


二人の矛盾した言い回しにトニアが不思議そうに首を傾げる。

ただミエは何かを察したらしく、少し赤くなって頬を掻いた。


「えーっと、お二人とも、それってつまり…」

「ああ。まあ、そういうことだ」

「その、はい。方が、その、彼も興奮するとかで…」

「なるほどー!」


大柄なゲルダと小柄なエモニモが、同じように手を揉みながらもじもじと告げる。

両手を合わせて顔を輝かせるミエ。

どうやら二人の気落ちはなんとか消えてくれたようだ。


「ほえー…そうなんですかぁー…」


そして二人の話の真意が理解できているのかいないのか、丸い瞳をくりくりとさせながら聞き入っているトニア。

女たちの雑談…やや猥談交じりの雑談は、まだ当分終わりそうになかった。



×        ×        ×



「それでぇー、新しく作った甘味をですねー、ミエちゃんと一緒にー、お二人に振る舞ってー」

「ソウカ」


その夜…以前よりだいぶ大きく改装されたクラスク市の酒場『オーク亭』、その奥にある彼らの住居にてトニアが夫たるクハソークにその日の出来事を語っている。

かつては花の村クラスクにあった彼らの家は、ここが城壁に覆われクラスク市となった後で引き払われ、今では彼らは住むのも働くのもこちらの街のみとなっていた。


「それでぇー、皆さんからぁー、色々と教わったんですー」

「ソウカ」

「知りたいですかぁー?」

「…アア」


寡黙なクハソークはただ短く返事をする。

話の内容に大して興味もないが、女がこうした会話それ自体を好むことはよく学んでいた彼は、とりあえず話の腰を折らず妻が満足し話し終えるのを待つことにした。


「えーっとぉ、オーク族のせーへき? についてなんですけどー」

「アン…?」


だがトニアが言い出した単語に明らかに眉をひそめ、上体を起こす。

ここは彼らの寝室で、クハソークはベッドに寝転がり上半身裸。

そして隣には…同じく上体を起こし、ワンピース状のネグリジェを着たトニアが彼を見つめていた。


「オーク族の殿方ってぇ、女の子が嫌がってる方がこーふんするんですかぁー?」

「ア、イヤ…」


どう答えたものだろう。クハソークは思案した。

正直なところ嫌がる娘を無理矢理犯す行為は闘争本能が刺激されるせいかオーク達全般に嫌われていない…というかだいぶ好まれる傾向があるようだ。

そういう意味では確かにオーク族に共通する性癖と言ってもいいかもしれない。


だがトニアは『花のクラスク村』でオーク族に嫁いだ娘としては珍しく監禁や凌辱などの過程を一切経ていない。

そんな彼女にそうした事を赤裸々に告げていいものだろうか。


「…オ前ハ、今マデ通リデイイ」

「そうなんですかぁー?」

「アア」


短く、だがきっぱりと言い切る。

そしてそれは確かに彼の本心であった。


「わっかりましたぁー。じゃーあー、今までどおりにぃー、ねぇー?」


よじよじ、とその小人族フィダスの小さな体躯でシーツ越しに夫クハソークの下半身によじ登ったトニアは、そのまま彼の上に馬乗りになる。

その表情は昼間のように微笑んでいて、だが仄暗い灯火を映したその瞳はどこか熱っぽく、そして艶っぽく見える。


「いっつも通りがいいですかぁー? それとも新しいことしますー?」

「ア、新シイコトデ……」

「はぁーいぃー♪」


嬉しそうに、蠱惑的に微笑んだトニアは…いつも料理をするときのように、その手に白い手袋をはめて…


自らの夫を、その手指で快楽の渦に突き込んだ。








その後己の行為でいちじるしく興奮し欲情した夫に、激しく求められるために。






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