第399話 修道女

「えと…『こともある』ってことは修道女チュツオルの方が結婚されても聖職としての奇跡の力を保持したままの場合も…」

「もちろんあります。数としてはそちらの方が多いのではないでしょうか」

「ええー…?」


困惑するミエの横で、何やら石の箱を弄っていたネッカが顔を上げた。


「ミエ様、以前神聖魔術についてお話したことを覚えてまふか?」

「ええーっと…?」


確かに以前この村でネッカから魔術の講義を受けた事がある。

呪文の『主体』の話だ。

魔導師が頑張って全部組み上げている呪文を、神聖魔術の場合殆ど神様が作っていて、それを聖職者が共感してて用いるのだとかなんとか…


「あ……っ!」


ミエはそこで思い出した。

その時自分は神様が電波を放って聖職者がそれを受信するイメージを抱き、『ラジオみたいだな』と思ったことを。


「そっか…!」

「「「??」」」


ミエの呟いた意味不明な言葉に他三人が首を捻る。

だがミエだけははっきりと理解した。


つまりわかりやすく表現するとこういうことだ。

神様は神様ごとに『太陽神放送』『月の女神ラジオ』のような異なる周波数で神の力を放っている。

そして人型生物フェインミューブは神様とその性格や性質…つまり波長が合った時、神の声が耳に届き、奇跡の御業を振るえるようになる。

言うなれば受信側のラジオのようなものだ。


ただ当然ながら普通に市井しせいで暮らしていては雑念やら誘惑やらで神様のような心持ちになることは難しい。

そこで教会で寝泊まりしながら礼拝したり祈りを捧げたり神の教えを学んだりしながら己が信仰する神の性質を習い覚え、自らをそれに近づけてゆく。

これが昔のラジオで言うところのいわゆる『ダイヤルを回して周波数を合わせる』に類する行為なのだろう。


だが恋愛や結婚をしてしまうと価値観が大きく変わってしまう者もいる。

ミエがまさにその当人なので説得力は絶大だ。


価値観が変わったことにより当人の性質が一変し、結果神様の声が聞こえる可聴範囲からしまって、ラジオから聞こえてくるのは雑音ばかりとなり、奇跡の力を失ってしまうのだ。


もちろん誰かを愛しても神への敬愛が変わらずその信念や信心がブレない者もいて、そういう人物であれば夫の存在でダイヤルが多少ズレても神の声がまだ届くのだろう。


「なるほど…恋愛のインパクト大きすぎて当人の性質が変わっちゃうと神様の声が聞こえなくなっちゃうってことですね…すっごくよくわかります」

「さっきの言葉だけでよくその結論に辿り着けまふねミエ様」


説明しようとしていたことを当人にスラスラと言われ目を丸くするネッカ。


「そうですね…そのような者がいることは否定できません」


そして少し残念そうにそう語るイエタ。


「要は恋愛とかもひっくるめてもちゃんと信仰できてる人と、外界から完全に遮断された状態で純粋培養した人の違いとかなんですかねえ」

「教会の連中にはさぞ耳が痛いことじゃろうな、その結論は」

「それは…はい。否定できません」


イエタは小さくため息をついて、二人の言葉を認めた。


「実際幼い頃から教会で修行して外を知らぬ者の方が、恋愛を経て価値観が変わり奇跡の力を失う者が多いのです」

「やっぱり…」


己の思い至った理屈が正しいなら当然そういう事になる。


「流石ネッカさんですねえ」

「そこは流石ミエ様というべきなのではないでふ?」


箱の前で何やら作業をしていたネッカが腰を叩きながら立ち上がる。


「準備ができたでふ。後はお客人が来れば始められまふね」

「客人…? 私達が客人ではないんです?」

「ミエ様、わたくしは招かれたわけでは…」

「お主らも客人じゃよ」


ミエの疑問にシャミルが答える。


「ただあともう一人だけ呼んである。む、来たか」


部屋の扉の上の方でジリリリリリ…と音が鳴り、シャミルが眉を吊り上げる。


「ミエ様、今の音はなんでしょうか」

「来客を伝えるベルじゃないですかね。っていうかいつの間にこんなギミックを…?」

「まあ。ノッカーではなくこの部屋まで直接音を届けているのですか。魔術の力ですか?」

「錬金術じゃ」


イエタの言葉に憮然とした表情でシャミルが答える。

学者として、錬金術師としてなんでも魔術で片づけられるのが気に食わぬのだろう。


シャミルは部屋の扉の横まで歩き、そこの壁に備え付けてある掌サイズの銀色の円錐を掴み口元に持っていった。

純粋な円錐というよりは縁ほど大きく広がるラッパのような形状で、その末端からは管が伸びていて壁の中に消えている。


「構わんぞ。そのまま入ってくれ」

「伝声管!? なんか知らない間にどんどん知ってる感じの家になってってますねここ」

「まあ。ここから玄関まで声を? これで? 魔導の力ですか?」

「錬金術じゃー!」

「えーっと…こういうのなんて言うんでしたっけ…天窓? 天井?」


イエタとシャミルのやり取りに汗を流しながらミエが慣れぬ知識を想起する。

だがそのどちらも誤りである。

彼女が言いたいのはおそらく同じ諧謔の繰り返しを指すのことだろう。


「失礼しますぅー」

「失礼するニャ」

「失礼すル」


どやどやと入ってきたのは三人。

小人族フィダス獣人族ドゥーツネムとオーク族というなかなかバラエティーに富んだラインナップである。


「トニアさん?!」

「クラスク様!」

「なんでお主もおるんじゃ、商人殿」


やって来たのは酒場『オーク亭』の女将にして料理長たる小人族フィダスのトニア、この街の商売を一手に握るアーリンツ商会の社長、獣人族ドゥーツネムのアーリ、そしてミエの夫たるこの街の市長、大オーククラスクだった。

全員手に何やら布にくるまれた何かを持っている。

クラスクが特に大荷物だ。


「わしらが呼んだのはトニアだけなんじゃが」

「頼まれたぁー、お料理をー、作ってぇーですねぇー…」

「この村に運ぶときにうちの荷馬車でついでに運んだニャ。その時面白そうだからってちょっと時間作って見学しに来たニャン」


のんびり間延びしたトニアの言葉を継いで端的に説明するアーリ。


「もしかして秘密の会合だったかニャ? そうとは聞いてニャかったけど…」

「別に構わんぞ。ただ商売のベースに乗るかどうかは微妙じゃぞ。お主の管轄ではないやもしれん」

「なるほどニャー。じゃあ純然たる興味で見学させてもらうとするニャ」


シャミルの言葉に少し興味を失ったのか壁際まで下がり、だが久々に訪れたこの屋敷の中を興味深げにふんふんと検分するアーリ。


「旦那様はどうしてここへ?」

「この二人が大荷物持っテえっちらおっちら歩イテタ。危なっかしイから運ぶの手伝っタ」

「ああ…」


確かに三人の手には布でくるまれた何かがぶら下がっている。

これをクラスク抜きで運んでいたとしたらかなりの大仕事だろう。


「さて…役者は揃った。そろそろ始めるとするかの」


もったいぶったシャミルの言い回しにくすりと来たミエは、こちらの世界にも同じ言い回しがあるのだな、などと妙な感心をする。


「で…それが今回の目的のブツかニャ?」

「うむ。どう見える」

「石で…箱だニャ」

「箱ダ」

「箱ですぅー?」


シャミルとネッカに挟まれたやや後方にあるそれは、一見するとただの石の箱に見える。

横幅と奥行きがそれぞれ2フース(約60cm)、高さ3フース(約90cm)ほどの、石製の直方体だ。


「ミエはどうと見る」

「ええっと…? シャミルさん、ちょっと触ってみてもいいですか?」

「うむ、構わんぞ」


ミエはその石の箱の近くまで行き、よくよく観察する。

まず正面の部分が板状になっており、ノブが付いているところを見ると開けることができるようだ。

試しにノブを掴んで見ると簡単に中身を見ることができた。


中は空洞となっており、壁の厚みは半アングフ(約1.25cm)ほどもないだろうか。

試しに掴んで見て軽く揺すって見ると、石製だと思っていた割に簡単に動いて驚いた。

よくよく見ると下に車輪が備え付けられている。

これなら移動も簡単だろう。


内側の壁には二カ所ほどやや盛り上がった縁取りがある。

今は箱の中身は完全に一つの空間だけれど、例えば薄い板のようなものをその縁の上に乗せれば、最大で三段ほどに分割できそうだ。


次に箱の周囲をぐるりと見て回る。

特徴的なのは左右の壁だ。

真横の壁面には直径2アングフ(約5cm)程の六角形の穴が幾つも開いていて、何かをはめ込む部位のように見えなくもない。

逆にそれ以外に特に外壁に特徴らしい特徴は見受けられなかった。


「う~ん……?」


腕を組んで考え込む。


「どうじゃ、わかるか?」


ニヤニヤと尋ねるシャミル。

少しおどおどとしているネッカ。



「よくわからない部分も多いですけど…」



箱の形状と大きさ、そして中身から類推できること。

自分が思い至らない点はネッカとの共同開発なのだから魔術によって補っていると考えれば説明がつく。

そしてわざわざ料理長のトニアに何かを作らせて呼んだことを考え合わせれば……







「…もしかして冷蔵庫ですか?!」

「なんでわかるんじゃー!?」







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