第400話 冷蔵庫

「冷…?」

「蔵…?」

「庫…?」


アーリとイエタとクラスクがそれぞれ呟き、顔を見合わせる。

一方トニアはほわほわとしたまま特に反応しない。

あらかじめ知らされていたから驚かぬのか、それとも驚いているのだがはた目にはわからぬだけなのか、彼女の表情からは判別がつかぬ。


「物を冷やす箱…って要は氷室の事かニャ?」

「正確には雪がいらん氷室、じゃな」

「ニャ…ッ!?」


しっぽをぴぴんと立てて瞳孔を縦に開くアーリ。

だいぶ興味をそそられたらしい。


「成程。その実験のタめにトニアに料理を持っテこさせタのか」

「そういうことじゃ、市長殿」

「…自分デ作れば良かっタのデハ」

「実験の検証には旨い飯のがよかろうよ」

「ナルホドヨクワカッタ!」

「それはそれで腹立たしいのう」

「…ミエ、今のシャミルみタイなのなんテ言ウ?」

「へそを曲げた、でしょうか。心の機微って難しいですからねえ」

「勝手に人の心持ちを察するでない」

「へそ…曲がル…」


しばらく考え込んでいたクラスクがハッと顔を上げる。


「つまりシャミルのへそ長イ!」

「なんでそうなるんじゃあ!!」


驚愕した表情のクラスクの足をシャミルがひっぱたく。


「っていうかで通じちゃうのがむしろちょっと驚きです。慣用句の収斂進化的な奴なんですかね…?」

「なにをゆうとるかお主は」


ミエの呟きにシャミルがむっつりとした顔で返すシャミル。

どうやらあまり料理が得意ではないらしい。


「料理は科学…じゃなくて錬金術みたいなものだって言いますしむしろシャミルさん向きだと思うんですが…」

「それはそうなんじゃがオーク族とは味付けの好みがの」

「ああー…」


ミエはその発言に一旦は納得したがすぐに別の疑問も抱いた。

結果として己の夫が混じってしまったが今日彼女から呼ばれている者の中にオーク族はいなかったはずだ。

それなら別に自分の好きに味付けしても良い気がするのだけれど。


…とは思いつつ、これ以上機嫌を損ねるのもなんなので黙っておくことにした。


「ええっと…これが冷蔵庫だとして、冷却機構みたいなのは何もついてないですからこれって魔具…なんですよね?」

「はいでふ」

「まあそうじゃな」

「シャミルさんとの共同開発した意味はなんだったんです? 特殊な材質の石とか…?」

「ふっふっふ…これじゃ!」

「ふぇ? それって…?」


シャミルが取り出したのは奇妙な道具だった。

大きさは掌から少しはみ出すくらい。

色は漆黒。

円盤状の胴体の中央部に六角形の短い柱のようなものが屹立している。


ちょうどネジやボルトをものすごく横に太くしたような見た目で、そのネジ部分が太めの六角レンチに置き換わったようなものと言えばイメージしやすいだろうか。


「魔石の欠片と火輪草を基本素材に作り上げたものじゃ」

「ああ実験農場で火輪草を大量に採取してたのってそういう…」

「うむ。この村の花畑では足りんかったでのう」

「そういえば先程村の外のお花畑を見て回ってきましたが、確かに赤い花だけなくなっていましたね」

「あー…」


イエタの言葉にミエが困ったように頭を掻く。


「火輪草が育てるのが楽で色も綺麗だから花畑の赤はだいたい火輪草で間に合わせちゃってるんですよねー…まさかシャミルさんが全部食べちゃうとは…」

「喰っとらんわ!」


本気で突っ込むシャミルの方にミエが真面目な顔を向ける。


「形からすると…これ冷蔵庫の側面の穴にはめ込むんですよね」

「うむ。トニアや、頼んどいた物を頼む」

「はぁーいぃー」


風呂敷包みを開いてトニアが取り出したのは白い皿に盛りつけられた料理であった。

透明なゼリー状のようなものの中に牛肉が浮いていて、その上からソースが流麗にかけられている。

ミエはその料理の美しさに感嘆すると同時に、よくもまあこれの形を崩さず街から持ち込めたものだと別に意味で感心した。


「これをー、この石の箱にぃー入れまぁーすぅー」

「そして扉を閉じる」

「はぁーいぃー、閉じまぁーすぅー」


口調はのんびりしたものだが手先はなんとも正確でてきぱきと指示に従ってゆく。

まあ料理は火加減などの問題もあってのんびりしたままでは作れぬものもあるのだろうけれど、それにしても口調から抱くイメージとは随分と違っていて、初見のイエタなどは思わず拍手してしまったほどだ。


「…で、この装置を箱の横にはめ込む」

「まあ形状的にそうなりますよねえ」

「そしてしばらく待つ」

「まあ冷蔵庫ですものねえ」


机の上にあった砂時計をひっくり返してシャミルが時間を測る。


「そろそろよかろう」

「じゃ開けてみますね」


扉を開けると中から冷気が漏れ出て来る。

ミエが手に取った皿はすっかり冷えていて、先程のゼリーのようなものを指先でつつくとひんやりとした触感と共にぷるんと揺れた。


「めっちゃ冷えてます!!」

「うむ、成功じゃな」

「大成功でふー!」


ハイタッチするシャミルとネッカ。

その横をとてとてとミエの前まで歩み寄るトニア。


「どれどぉーれぇー…?」


そしてスプーンでひとすくい、そのゼリーを掬って口に入れた。


「ん~~、とっても美味しいですぅ~~。牛肉のエトヴァッグの新たな味の方向性ですねえぇ~~」


ほっぺたに手を当ててご満悦の体だ。

どうやらプロから見ても合格のようである。



「エトヴァッグ…ああ要するにテリーヌのことですか?」



ミエがこの世界の料理を自分なりの知識で解釈するが、厳密には少し違う。

テリーヌはテリーヌという呼称の器や深皿のことであり、その深皿で作る料理だからテリーヌと呼ぶ。

形状が異なるトニアの料理はだからそもそもテリーヌとは呼べない。


ミエの言いたい意味でなら煮凝りアスピックの方が製法自体に対する呼称であり、より正確と言えるだろう。


「私にも味見を…ってホントに美味しい!」

「ドれドれ…ム! 美味イ! 酒に合うナ!」

「ふむふむ、ってこら! わしにも食わせい!」

「ネ、ネッカも食べたいでふ!」


みんなして取り合うようにその煮凝りを食べ、その美味さに感嘆する。


「これは…料理自体の美味しさも勿論ですけど……!」

「はぁーいぃー、シャミルさんに頼まれたとーり、冷えた方が美味しい料理を作ってみましたぁー」

「「「おおおー」」」


トニアの言葉に皆からどよめきが上がる。


「すごい発明ニャ!」

「すごい発明です! すごい発明ですけど…冷蔵庫はコスパが見合わないとかいってませんでしたっけ?」


ミエの指摘した通り、以前彼女が冷蔵庫について尋ねたところ、製造費がかかりすぎるということでお蔵入りになったはずである。


「それが…今回作ったものはそこまで高くないんでふ」

「製作費一つ金貨百枚。まあ売りに出したら金貨二百枚といったところかのう」

「そん」

 だけ」


前回とのあまりの差額にミエが愕然とする。


無論金貨二百枚は高い。

貴族ならいざ知らず庶民には高根の花である。


だがそれでも前回金貨六万枚と言われたのに比べたら遥かに安くなっていると言えるだろう。






ただ…なぜそこまで破格に安くなったのか。

それがミエにはすぐには理解できなかった。






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