第370話 それは遠きひんやりスイーツ
「ネッカさんネッカさん! ものを冷やす呪文ってないんですか!?」
「わふんっ!? こ、この前は暖かくするで今回は冷やすでふか…?」
ネッカが目を丸くする前で、ミエがぶんぶんぶんと首を縦に振る。
「そうでふね…ネッカは未修得でふが〈
「そこまではもとめてないかもです」
「でふよね」
目を点にしたミエの言葉にネッカがこくりと頷く。
「というかそもそも何をどうやって冷やしたいんでふか?」
「ええっとですね…」
ミエが軽く事情を説明する。
「なるほど。
「あー、こっちでも氷菓って言うんですね」
「雪を貯蔵する氷室自体は普通にあるからのう」
「う~ん…じゃあ私達も冬に雪をかき集めておけばよかったですかね」
「そうかもしれんな。じゃが…」
「ですよね。このあたりあまり雪が積もらないというか」
広大な盆地であるこの地方は季節によって風が強く、夏は比較的冷涼で冬やや寒い。
雨は夏よりも冬に多めに降り、雪は降るがあまり一部地域を除きあまり積もらないのだ。
「あとは…これもネッカは未修得でふが壁創成系の魔導術に
「あそっか、氷の壁は残りっぱなしですね!」
「まあ氷なので放っておけば自然に溶けてしまいまふが」
ネッカの助言に強く食いつくミエ。
「でもでも! 穴を掘って麦藁とかかぶせれば結構もつんじゃないですかね! ね!」
「まあ氷室の原理そのものじゃからな」
「ならなら! 冷やしたいものをその氷柱…氷壁? の近くに置いておけば…ひんやりスイーツが食べられますね!」
「まあ冷やそうとする対象が暖かかったら熱伝導で氷の融解が早まるかもでふが、可能でふね」
食事を摂っていなかったのか、ネッカが外の屋台で買って来たらしい焼き肉サンドを取り出して頬張りはじめる。
つわりのせいで食欲のないゲルダが肉とその臭いで珍しくうへえと顔をしかめていた。
「気になりまふか!?」
「あーだいじょぶだいじょぶ。食ってくれ食ってくれ」
ネッカが気づいてあわあわするが、ゲルダが片手をひらひらと振って落ち着かせる。
「んー…でもそれって毎回毎回ネッカさんに呪文を唱えてもらう必要があるってことですよね」
「というかそもそもその呪文はネッカの魔導書に載ってないでふからまず魔導学院から巻物を買ってきて書き写さないとならないでふが」
「買ってくれば解決するなら買ってきましょう」
「気軽に言ってくれまふね…」
〈
だがこの街なら、そしてミエなら必要ならばその程度の出費は平気でするのだろう。
ネッカは己の置かれた立場がいかに特異で恵まれているか今更ながらに思い知った。
「それはいいんですけど…できるとわかるともうちょっと欲が出てきちゃいますねー」
「今度は何を企んでおる」
「企むとか人聞きの悪いこと言わないでくださいません?!」
シャミルのツッコミに真顔で返しネッカの方に向き直るミエ。
「で…どうなんでしょうネッカさん。その氷の柱…でも壁でもいいんですが…を作る呪文って魔具にできたりしません?」
「う~~~~ん…?」
ミエにそう尋ねられたネッカは腕を組んで長考に入った。
「悩む…ってことは、可能な不可能化なら可能ではあるんですね?」
「可能は可能でふけど……」
わくわくするミエの前で申し訳なさそうに己の悩みを告げるネッカ。
「ええっと…確認なんでふがそれは何度も使えるものでふか?」
「はい! そうできたら嬉しいなって」
「魔導師じゃなくて普通の人でも使えるものでふよね?」
ネッカがこういう質問をしたのは魔具の中には種族や職業によって使用制限のあるものが存在するからだ。
「そうですね。一般家庭に広まってくれたら素敵だと思うので」
「回数に制限は…」
「ないです」
一通り確認した後、ネッカはぶつぶつと魔具を造る工程と費用を考えてゆく。
「そうでふね…たぶん制作に丸一か月、製作費は…金貨三万枚かそれより若干少ないくらい。仮に魔導学院が造るとしたら市価は大体その倍でふから金貨六万枚、といったところでふかね」
「そん
なに」
ミエの一家に一台冷蔵庫計画は潰え去った。
金貨どころか銀貨一枚でもあれば一日生活できるのに、その価格では流石に庶民に手が出るレベルには出来ないからだ。
「う~ん…街の財源で助成するにしたって限度がありますしねー。流石に難しいですか」
だが…残念がるミエの背後でシャミルがなにやら神妙な顔で腕組みをして考え込んでいた。
「ふむ…熱…熱か…」
× × ×
「やっぱり難しいですかねー冷蔵庫」
「冷蔵庫というのはなんだ。氷室では駄目なのか」
子供達がすっかり寝静まった夜の寝室。
服を脱ぎ下着姿になりながらミエとキャスが会話している。
「う~ん…できればいつでも物を冷やすことができて、なおかつ移動可能な奴がいいんですよ」
「確かにそんなものがあれば便利だろうが…」
「ですよねー。なんでこの世k…このあたりでは発達しなかったんでしょうか」
「…そもそもミエ様はなんでそのレイゾウコ? が欲しいのでふか?」
隣の部屋からおずおずと入ってきたネッカが二人の会話に加わった。
彼女も下着姿だが、二人に比べてやや…もといだいぶがっしりした体格を気にしてもじもじしているようだ。
「それはほら、つわりで苦しんでるゲルダさんやエモニモさんに冷たいものでも食べさせてあげたいなーって。飲み物だって冷たい方が美味しいものも多いと思うんですよね」
「む…確かに冷えたワインというのは美味そうだな」
「はい。上手く作れたら他の街との差別化になるかなーって」
「この上さらにか。ミエは貪欲だな」
冷蔵方法の限られているこの世界では基本食べ物や飲み物は熱いものか常温が基本であり、冷たい、あるいはひんやりした食べ物や食感というものは滅多にない。
麦酒ですら常温が普通だ。
「それにほら、冷蔵庫って言えばやっぱり長期保存ですよ。冷やせば長持ちしますし」
「でもそういう用途でしたら聖職者たちが〈
「あー…そう言えば…」
「あれも低位の呪文でふから些少の寄付金で割と多用できまふしね」
魔術による効果は素晴らしい。
素晴らしいけれどなまじ魔術が発達しているがゆえに科学や技術の発展が阻害され遅れている部分があることは否めない。
呪文一つで軍の糧食が二十年もつのなら、魔術で重い荷物を軽く運搬できるなら、誰も冷蔵技術や瓶詰缶詰などの発明に躍起になったりしないだろうからだ。
「ダガ冷えタ酒ト言うノハ面白イナ」
闇の中、寝床の方からクラスクの声が響き、女性陣がびくんとその身を震わせた。
全員下着姿で顕わになった肌が朱に染まっている。
そしてこの後に待ち受けていることを考え自然その身がみるみると火照ってゆく。
「で、でもでも! 今日は一味違いますからね! さあネッカさん! やっちゃってください!」
「は、はいでふ! クラ様申し訳ありません!」
「!?」
だがいつも三人がかりでクラスクの前にいいようにやられてしまう女性陣は、その日本気だった。
下着姿のネッカの手には杖が握られていたのだ。
「
「魔導術カ! ずルくナイ!?」
「ずるくない」
仰天したクラスクを前にキャスが腕組みをして冷静に返す。
以前もこんなやり取りがあったような気がしないでもない。
「〈
ネッカの杖から放たれた光が己自身に注ぎ、そしてその光がネッカからミエに、ミエからキャスに連鎖するように放たれてゆく。
「ふっふっふ、味方全員の耐久度を底上げする呪文をお願いしました! これで旦那様の猛攻だって三人がかりなら耐え切れ……」
そして、キャスから放たれた光が味方であるクラスクに降り注ぐ。
「「「あ…」」」
クラスクの口元から白い息が漏れ、闇の中で獲物を狙うようにその眼が鈍く光る。
「ちょちょちょちょっとネッカさぁぁぁ~~~ん!?」
「すすすすすすいませんでふっ! 当たり前のようにクラ様の事味方認定してたでふぅぅぅ~~~~!!?」
「確かに! 確かにクラスク殿は味方というなら最高の味方ではあるが!!」
わきゃわきゃと動転する妻たちを前で…ただでさえ大柄な体格をさらに一回り大きくさせたクラスクがのそりと立ち上がった。
「全員コレナラ、イロイロ、楽シメル、ナ」
「「「きゃぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!?」」」
翌日、クラスク家の寝所は…
それはもう、すごいことになっていたという。
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