第369話 暖かかったり冷たかったり
「イエタさん、神様の奇跡で辺りの温度を変えたりとかそういったことってできないんですかね」
ミエの問いかけにイエタは少しだけ困ったように眉根を寄せて右頬に手を当てる。
「そうですねえ…初歩的な奇跡に〈
「そうですか…」
その呪文もそれはそれでびっくりするくらい有用だと思うけれど、ミエの考えているものとは少しずれている。
「あとは…そうですねえ、太陽の女神エミュアの最高位神官や
「なにそれすごい」
ミエとしてはなにか適当な効果で気温を変化させ暖かくするだけでいいのだが、ぽんとお出しされた答えは想像の遥か上を飛び越えていた。
さすがに太陽を呼び出すまではやりすぎである。
というか、そのレベルだとむしろ水田が干上がってしまうのではないだろうか。
「う~ん…やっぱり難しいですよね。ありがとうございました。色々参考になりました。すいません色々引っ張り回しちゃいまして…」
「いえこちらこそ。楽しいものをいっぱい見させていただきました」
互いに手を合わせにこやかに微笑む。
それを眼福とばかりに眺めているワイアント。
それを小突くゲオルグ。
かくして小さな船旅は大過なくその旅程を終えたのだった。
× × ×
「う~…なんかちょっとこう…」
「気分が…うっ」
調子の悪そうなゲルダと顔を青くしたエモニモが居館の円卓にてぐったりとしている。
ちなみに今日はクラスク市の定例会であり、いつもの面子が集合することになっているが、会議まで間があるため現在集まっているのはミエ、シャミル、ゲルダ、サフィナ、キャス、そしてエモニモの七人のみだ。
「これどーゆー奴だよー。くそー」
「つわりじゃな。妊娠しとるんじゃから当たり前じゃろ」
テーブルの上に突っ伏しながらゲルダがじたじたと手をばたつかせる。
少し愛らしい光景に見えなくもないがなにせ巨人族の血を引く怪力である。
シャミル辺りがうっかり触れようものなら天井近くまで放り飛ばされかねない。
「えーでもミエの時はこんなんなってるとこ全然見えなかったぞー」
「そのあたりは個人差があるからのう」
「えーずりー…ずーりーいー!」
まるで子供の用に駄々をこねるゲルダ。
「ずるくないわい! だいたいそこまで体調悪いなら家で大人しく休んでおればいいじゃろが」
「けどなー…うちのは会議出たがらねーからさー」
なんとも迷惑そうに眉をしかめながら、だが発言自体はラオクィクを気遣ったものだ。
「なんじゃ意外じゃの。お主ら思ったより上手くやれておるのか」
「シャミルさんそれ今更言います?」
「べ、別に仲良くとかしてねえよ?!」
「仲良くしとらんのに妊娠しておったなら女性の扱いが旧来のオーク族と変わらんしの。今日の議題に追加でかけねばならなくなるが」
「くそー…あー言えばこー言う……」
頭をぼりぼりと掻きながら、だが反論の言葉が出てこない。
いつもならなんのかんので言い返しているのだが、どうやら本当に調子が悪いらしい。
「おー…ゲルダもシャミルもだんなとらぶらぶなかよし…?」
「誰がらぶらぶじゃ!」
「誰が仲良しだ!」
だがサフィナの言葉に二人同時に突っ込み返す程度にはまだ気力は残っていたようだ。
「私だってつわりは結構酷かったですよー。ただ私の場合お腹が膨らんでからがつわりの本番でしたからねえ。モーズグさんもだいぶ珍しいって仰ってましたし」
「まじか。ミエもこれ乗り越えてんのか。すげーな」
つわりは母体が子供を腹に宿すため胎盤を作り出す時期に起きることが多い。
なので妊娠してから数カ月あたりに起きることが多く、大概は半年も経つ前に収まるのが普通だ。
なのでお腹が大きくなってから本格的なつわりを起こしたミエはだいぶレアケースと言えるだろう。
「私としてはどっちかというとエモニモさんの方が心配ですねえ」
「わ、私…ですか……」
明らかに青い顔で呻くように返事をするエモニモは本当に体調が悪そうだ。
「そうだぞエモニモ。家で安静にして母体を労わるのも母の務めだ」
「はい、隊長…そのこともあって…しばらく衛兵隊をウレイムさんに一任しようと思って、それで…今日はその引き継ぎに……うぷ」
「こら、こんなところで吐くなよ。大丈夫か?」
キャスがエモニモの背を優しくさする。
流石に今日はいつもの如くもう隊長ではないとまでは強く言えないようだ。
「なんじゃミエはゲルダよりエモニモの方が心配か。まあ確かに向こうの方がより調子悪そうに見えるの」
「ぐぞーミエのはくじょうものー」
シャミルの言葉とゲルダの恨み節にミエはふるふると首を振った。
「う~ん…今の心配というよりどちらかというと今後がですねえ」
「今後?」
「ほらエモニモさん小柄ですし、オーク族の子供っておっきいですから、その、おなかが大丈夫なのかなって……」
「「あー……」」
彼女らもこの村で娘達が妊娠しているのを幾度も見て来た。
ミエが三つ子を産む時の腹など相当なものだった。
けれどクラスクが族長になって
「うーん…なんとかしてあげたいのは山々なんですけど…こう何か食べたいものとかあります?」
「食欲ねえ…」
「私もです…」
「なんとゲルダの口から食欲がないなどという単語が聞ける時が来るとは…」
「うるへー」
シャミルの皮肉に力なく応じるゲルダ。
「う~ん…ですよねえ。つわりの時でも比較的食べやすいものって言うと…冷たいものとか酸っぱいものってよく言われますけど……」
「おーそうだな。酸っぱいもんなら確かに食えそうだ」
「…そうですね。冷たいものなら口に入りそうです」
言われて気づいたかのようにゲルダが呟き、口元を抑えながらエモニモが返した。
「とするとオレンジのシャーベットとかですかねえ」
「しゃーべっと?」
ミエの呟きにサフィナが不思議そうに小首を傾げた。
「なにそれしらない」
「ええっとシャーベットって言うのは……」
とそこまで言い差してミエの動きがぴたりと止まる。
「どうしたミエ固まりおって」
「あ そっか、考えてみたらそもそも冷蔵庫がないですね」
「レイゾウ……?」
きょとんとした顔でシャミルが眉根を寄せる。
「えーっと、こう、食べ物を冷やす装置、みたいな…?」
「なんじゃ。つまり氷室のようなものか?」
「そうですね。まあ効果だけ見れば似たようなものですけど…」
「遅れましたでふー!」
ばたんと扉を開けて魔導師…もとい今やクラスク市宮廷魔導師のネッカが飛び込んでくる。
その姿を見てミエの瞳がきらんと煌めいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます