第371話 ミエの一日
「ふー…こんなもんかな…っと」
「まあ…!」
ミエの前に置かれたのは金属の棒である。
ただしそれがUの字型に曲がっている。
ミエはその曲がった鉄棒を片手で掴みぶんぶんぶんと幾度か縦に振り、瞳を輝かせた。
どうやら注文通り物ができたことに満足しているようだ。
「ありがとうございますユーロさん! はいお代金!」
「ヘヘ、いつもすいませんね」
「こちらこそです!」
街に住みついた金属細工師ユーロからその金属の棒を受け取り代金を支払うミエ。
彼女の求めたそれは、これまでこの世界に存在していないわけではなかったが、それでもあまり一般的ではないようで、一般的でないため需要がない。
需要がないからそれを造る者がおらず、造る者がいないため手に入らなかった。
そこでミエはこの村に定住希望する金属加工を生業とする職人達に色々尋ねていた。
いわば就職面接である、
そして希望の職能を持った相手を無事迎えることができた。
それがこの金属細工師ユーロである。
彼はオーク族のために女性を求め、なるべくなら男を採用したくないこの村で比較的初期に村に迎え入れられた男の職人であり、それだけ有している技術が高く希少であるということがわかる。
「いつも見ても惚れ惚れする職人芸ですねえ」
「ありがとうございます。シャミル様に造っていただいた器具のお陰ですよ」
工房の奥の方にあるのがどうやらその装置らしい。
なにやら真ん中が凹んでいる細長い台座のようなものがあり、その上に同じ長さの鉄の板のようなものが設置されている。
その上の部分はレバーを回すと横に移動するようで、その脇には台座と同じように真ん中が凹んだ金属の板のようなもの…ただし上下が逆になっている…が見える。
「いえいえ道具を上手く使うのも技術ですよー。といっても設計は全部シャミルさんだから私も詳しい使い方は知らないんですよね。どんな感じで作るんです?」
ミエに問われてユーロは少しだけ考え込む。
「えーっと、金属はほら、叩いたり押したりすると色々な形が造れるじゃないですか」
「ええっと…金属の展性って奴ですよね?」
「はあ、ええ、まあ。ミエ様は本当に色々お知りでいらっしゃる」
「何でもは知らないですよ?」
確かにミエは豊富な知識をもっているが、興味のないものの知識はさほどではない。
例えばファッションや宝石などにはまるで詳しくない。
若い女性としてそれはどうなのかという話もあるが。
「それを利用して…こう上から潰すようにしてですね」
「あー…なるほど、だからその形なんですね!」
なにやらミエには納得いくものがあったらしく、手を叩き幾度も頷く。
「ありがとうございます。参考になりました」
「毎度ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございますね」
幾つもの曲がった鉄の棒を受け取ったミエは、それを麻袋に入れて肩にかけ、そのまま二重城壁を抜け北部の下町に向かう。
通りの左右にはこの短い間に商店が軒を連ねていた。
元々卸売市場となっていた場所は現在教会となっており、そこに勤めていた商人達がこちらに移ってきたのである。
「あ、ミエ様! いつもお変わりなく!」
「ミエ様ー、今日は蕪が安いですぜー!」
「ミエ様! 取れたてのお豆はいかが?」
口々に挨拶し売り込みをしてくる元商店街の住人達。
彼らがかつて卸売市場をしていた場所は元々聖職者が来てくれたら教会にする予定だったため、中の店舗は皆可動式か組み立ての簡単なものばかりにならざるを得なかった。
だが今は違う。
クラスクが他部族のオーク達を率いて石材を運び込み、あらかじめシャミルに用意してもらっていた街計画の図面を参考に沿って即席で店の形を組み上げて、彼らのために店を用意させた。
この時彼の趣味であるジオラマづくりもだいぶ役に立ったようだ。
お陰でこの一角はまるで最初からそうであったかのように見事な商店街を形成している。
「う~ん…どれも目を引きますけど私今からお外なので! 後でまた寄らせていただきま~す!」
ミエは彼らに手を振って別れると、そのまま街の北門の衛兵に挨拶して外に出た。
北街道には直近に街や村がないため、人通りは殆どない。
ただ見渡す限りの畑や牧草地が広がっているのみだ。
「え~っと鶏舎があるところは……あら?」
手をかざし目を細め探していると…遠くから何かの咆哮が聞こえた。
そして地面を蹴る音と共に西の方からやや周囲の畑との遠近感がおかしい狼が駆けて来る。
「ばう!」
「あらコルキ! 手伝ってくれるの?」
「ばう、ばう!」
畑を荒らすことなく、その間の畑道を駆けて来たコルキ。
その巨体はミエの姿を丸ごと隠してまだ余りある。
彼は魔物である。
もし魔物に関する詳しい知識がない者であっても、彼が肉食の獣であることはすぐに見て取れるはずだ。
だというのに畑仕事をしている者達も城門を守る衛兵達も全く緊張した様子がない。
むしろ通り過ぎる際に彼に声をかけ、コルキの方も元気よく吼え返している有様だ。
一体、彼らに何があったというのだろう。
コルキは前の地底軍との戦いで大いにクラスクを助けた。
クラスクとミエは相談の上それを大々的に喧伝し、コルキが『高い知能を持ち、人の言葉を解する特別な獣』だということにしたのだ。
まあ実際間違ってはいない。
そして吟遊詩人などを用いてそれを近隣の街や村に広めてゆく。
今でいう宣伝工作といったところだろうか。
かつての戦の折、今や教会となっている旧卸売市場は旅の者や商人達を匿う収容所となっていた。
そしてそこで彼らは見ていた。
巨大な狼がこの村の村長夫人の言う事に従い城の外に飛び出すのを。
そんな噂が噂を呼んで、今やコルキはこの村の者にとって、そして周辺の街や村において、この街を守る賢狼のような立場に収まっていたのだ。
いや吟遊詩人たちが色々盛り過ぎたお陰で、コルキはいつの間にやら神の使いやら街の守護神やら色々あることないこと尾ひれがついて、今では旅人が遠間に彼の姿を見かけたらなにか御利益があるなどと言われるまでになり、すっかりこの街のマスコット…もといシンボルと化していたのである。
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