第350話 主塔と監視塔

「まあまあ、そんなことより本題に入りましょう」

「本題…?」


ミエの言葉にネザグエンの心は急速に冷静さを取り戻す。

そうだ、本題である。


ミエは半年前にこの街を襲わんとした騎士団に随行してた従軍魔導師ネザグエンに用があると言った。

そしてこの街の護りの要たる居館の中にわざわざ案内して中を見せた。


もしこのジオラマを見せるのが目的でないとしたら、別の何か重大な…そう、敵に回るかもしれない魔導師に重要拠点をわざわざ観覧させるほどの重大な要件があるはずなのだ。


「なのでこっちに来てください、こっち!」


手招きするミエに誘われるままネザグエンは城内を再び歩き出した。

真新しい石材で造られた新築の城…これがまさかたった1,2カ月で急造されたものだとは誰も思うまい。

村を守るためそれを成し遂げたクラスクなる市長が村の者から絶大な支持を受けるのも当然と言えるだろう。


「凄い方ですね、この街の市長は」

「おほめに預かり光栄ですー」


満面の笑みを浮かべながらその夫人が振り返る。


社交辞令なのか。

素直なだけなのか。


この娘の本性が計りかねてネザグエンは困惑した。


「でも子供っぽいところもあるんですよー。お人形遊びが好きだったりとかー」

「それは意外ですね」


人形遊びと言えば普通娘のするものだ。

男の、それも戦闘と肉と酒しか知らぬと揶揄されるオーク族がするのは少々意外である。


「あの街の模型の中にですねー、こう兵隊さんを置いてこの通りからどーん! とか城門から兵隊さんが出てきたー! みたいなことやってらしゃって…ホント可愛いですよねー」


可愛くない。

それはぜんっぜんかわいくない。


だってそれはお人形遊びではない。

どう考えても立体地形を用いた実戦的軍事シミュレーションではないか。

地底軍の猛攻を退けたというその知略と軍略でこの国やバクラダ王国の首都を陥落せしめんと戦略を練っていると言う事ではないか。

ネザグエンはゾッと背筋を凍らせた。


「さ、こっちです、こっち!」


ミエの案内で扉をくぐり、その奥の狭い螺旋階段を登る。

扉の横の出窓から光が差していたことを考えるとどうやら螺旋階段は外壁に備え付けてあるようだ。


(…ってことは監視塔かな?)


監視塔は見張り塔とも呼ばれる城の角にある高い塔だ。

字の如く城の外を監視し異常がないかをチェックする重要な施設である。


「失礼しまーす…」

「ミエ様!? 一体何の御用でしょうか!」


長い螺旋階段を登ると生真面目そうな衛兵が一人待機していた。

他より群を抜いて高い場所。

対角線上に同じような尖塔が見える。

やはり監視塔のようだ。

ネザグエンは貴重な情報だとばかりに目を皿のようにして周囲を見分する。


その塔の視界は四方に開かれており、城壁の外までよく見える。

なかなかの広さがあり、武器をかける棚や矢筒なども置かれているため単なる見張り要員なだけでなくここから攻撃もできそうだ。


途中で幾つかあった扉はどこに続いているのだろうか。

見張り任務だけでなく防御に重点を置いた場合は防御城塔などとも呼ぶが、ここもおおそらくそうした性質を有しているのだろう。


殆どの建造物より高いこの塔だが、ここより明確に高い場所が一か所だけある。

この塔の東側、城の中央東寄りにある主塔である。

主塔は監視目的である同時に防御の要でもあり、居館の中に潜入された際の最後の砦でもある。


そのため入口が高い場所にあり縄梯子などを使用しないとそもそも中に入れないことも多い。

入室に用いられない一階部分は牢獄や拷問部屋などとして利用されることもあるそうだ。


「ここでちょっとお話がしたいので、申し訳ないですけど少しの間下に降りていただけます?」

「わかりました! お気をつけて!」


敬礼をして兵士が階段を降りてゆく。

態度からして相当に敬意を抱かれているようだ。

まあ市長夫人なのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。


「うわあ…!」


あらためて外を見たネザグエンは思わず感嘆の声を上げた。


美しい街並みである。

それは天然自然の美しさではなく、理知の美しさだ。

整然とした街路と建造物は明らかに知性と理性の為し得る業であって、相当計画的な設計であることが窺える。


「この景色をネザグエンさんにも見て欲しかったんですよー。例えばあそこはですねえ…」


にこにこ笑いながら眼下の街並みを指差し、楽しげに説明してゆく。

まるで観光案内のガイドのようだ。


「……………………」


彼女の説明を聞きながら横目でその様子を観察しつつ、ネザグエンは一つの疑問を抱いていた。



…もしかしてこのミエという女性、腹芸が苦手なのでは?



最初に街を案内してくれたときには純然たる好意が見て取れたし、その後も他国の政治の一端に関わる者を平気で城内に招き入れたり軍事機密たるあのジオラマを特に秘匿するでもなく説明したりと、為政者の態度としては少々疑問が残る。


最初にこちらの身元を正確に洗い出されたことで過剰に警戒していたけれど、そもそもあれも魔導師が占術で調べた事を教えてもらってだけであって、彼女自身の有能さを示すものではない。


そこまで考え、ネザグエンはあらためてそのミエを名乗る市長夫人をしげしげと見直した。


豊満といっていい胸、大きめのお尻、健康的な腰回りは見る者に安心感を抱かせる。

その容貌は確かに美人寄りだが表情と言動はむしろ可愛い寄りで愛嬌があり、有体に言えば魅力的だ。

男性からはその肉感で、女性からはその性格で好かれるタイプだろう。


つまり…この町のブレーンは別にいて、彼女は表の顔として街を上手くまとめている、いわゆる街の顔のような存在なのではなかろうか…

などとネザグエンは心の内で結論付ける。


政治的な事に疎くとも魅力的な女性であれば仕事は幾らでもある。

例えば接待や饗応の役として彼女ほど相応しい女性はいまい。

魅力に溢れ語りも上手く、その上市長夫人であれば肩書も申し分ない。

特にオーク族というだけで警戒度が過剰に跳ね上がることを考えると、市長ではなく彼女に交渉事を任せるのは最良の判断と言っていいだろう。


…問題はなぜ敵対関係に近いアルザス王国の、それも従軍魔導師としてこの街の討伐をしに来たこともある己をわざわざ饗応する必要があるのか、それがさっぱりわからないのだけれど。


「ネザグエンさん、この街並みどう思われますか? 率直な意見をお聞きしたいです」

「そうですね…」


少しミエに対する警戒心を緩めながら街を見下ろす。


「整った美しい街並みだと思います」


以前この街を訪れた徴税吏の報告によれば、当時この村は木造の家が立ち並ぶ、それこそ『大きな村』と呼ぶのに相応しい有様だったという。

推測だがおそらく自分達が半年前に目撃したあの城塞…あの壁の内側もおそらく当時木造の家が多く残っていたはずだ。


だが今はそんな木造家屋はなりを潜め、かわりに石造りの建物が街を埋め尽くしている。

特に住民の家は四階建てから五階建ての高い石造りの建物に取って代わっていた。

おそらく石材と漆喰の組み合わせにアーチを上手く組み合わせ強度を上げているのだろう。


生鮮卸売市場、アーリンツ商会を中心とした商店街、職人たちが腕を競う職人通り、公園、広場、そして出店や屋台…喧騒と雑踏とが渦巻く、だが整然とした街だ。

オークの街だと言う事を一瞬忘れそうになるほどである。


「ただ…そうですね」


それでも、高い知性を備えた魔導師の目から見れば気づくことはある。


「あの場所…今賑わっているのは朝市でしょうか。活気があるのはいいことですが少し勿体ない気もしますね」


城の西の監視塔から見て右側、つまり街の北寄り、城の近くに広場があり、そこに露天商が集まって様々なものを売っているのが見える。

それ自体はとても活気があって大いに繁盛している。


ただ場所的には城の近くにある極上の立地だし、少し歩けば別の公園も整備されている。

この城内にあってあの場所を平地として使い潰すのは少し勿体ない気がするのだ。


「何か立体的な…こう有用な施設でも建てれば土地の有効活用ができますしデザイン的にも街に合っているような…」


ネザグエンの呟きにミエが我が意を得たりと嬉しそうに微笑む。


「ですよねー。実は以前からずぅっと建設予定地として考えてたんですけどなかなか手続きが難しくって…」


そして両手を合わせ、首を傾げながら、ミエは字の如くな提案を持ち出した。






「ネザグエンさん。あそこに魔導学院を建てる気はありませんか?」






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