第347話 檻の中
「なんだったんだろう今の子…すっごい…えーっと、キレイだったけど」
少しだけ言葉に迷いながらネザグエンが呟いた。
美人と呼ぶには可愛すぎるし、かといって可愛いと表現するには美しすぎる。
美少女と表現するのが一番適切だろうか。
ともあれ無事城内に入る事が出来た。
ネザグエンは改めて城内を見回してその日幾度目になるのかという嘆声を上げた。
「わあ……っ!」
城壁の中は下町に比べて明らかに整然とした街並みが広がっていた。
石造りの建物が並び、職人達が仕事をしていた。
あちこちから槌を振るう音が聞こえてきて、鍛冶屋などの重要な職能持ちが城内に集められているのがわかる。
他の建物の上から突き出した塔が見える。
中央付近やや北東寄りに鎮座しているこの城の中心部たる居館だろう。
あとは蜂蜜をはじめとした多種の商品で巨利を得ているアーリンツ商会の総本店もその付近にあると聞いた。
さらに城壁の内は外と明らかに違う点があった。
オーク族の多さである。
肩に木材を担いだオークが往来を歩いている。
石材を運搬しているオークがいる。
屋台を出して威勢のいい啖呵を切っているオークがいる。
鍛冶屋らしき店の中には、人間の職人に叱られながら金床で斧を鍛えているオークの弟子までいた。
さらにここではオーク族以外にも明らかに比率がおかしい存在がいた。
…女性である。
城壁の外に比べ、この中心街だけ明らかに女性の比率が高いのだ。
それも皆瑞々しい肌とつややかな髪をしており、びっくりするほど美しい女性ばかりである。
「何か気になる事でもおありですか?」
新しい発見ばかりですっかり舞い上がり、挙動不審レベルでネザグエンがキョロキョロとしていると、そこに横から声をかけてくる女性がいた。
この村の娘がよく着ている民族衣装のようなものを纏った美しい女性だ。
体格的には出ているところはしっかり出ていてスタイルもなかなか。
このあたりでは珍しい黒髪が特徴だろうか。
その黒髪に乗せられた麦わら帽子がまるであつらえたようよく似合っている。
「あの、えーっと…」
「先程からずっと色々興味深げに眺めておいででしたから知りたいことがたくさんあるんじゃないかなって…私ここに住んでますのでわかる範囲の事であれば何かお役に立てるかな、と」
「なるほど! 助かります!」
村人…もとい市民が声をかけるレベルで奇行に走っていたのかと思うと少々気恥ずかしくなったが、聞きたいこと自体は山のようにあったためそのまま彼女に尋ねてみる。
「ええっと…それじゃあお言葉に甘えて幾つか伺っても?」
「はい! ぜひ!」
にこにこと微笑む女性の顔からは溢れんばかりの人の良さを感じる。
数年前の自分にオークの村に住んでいる娘がこんなまばゆい笑顔ができるのだと教えてもきっと一笑に付していたに違いない。
「ええっと…この街がオークが開いた街だというのは知っています。なので街の中心部にたくさんのオークがいるのはわかるのですが…女性もだいぶ多いみたいですよね?」
「はい。元々この街はオーク達が略奪や襲撃に拠らずオーク族の女性出生率の低さを解決するために開かれた街ですから」
「ははあ…やっぱり。じゃあこの街に移住する際女性の方が有利だっていうのも…?」
「ええ。女性の方々に少しでも多くこの街に来てもらいたいですから明確に差はつけています。男性諸氏からは色々と不平が聞こえてきますが」
「でしょうね」
よどみなく答える娘に感心する。
もしかしたら説明慣れしているのだろうか。
「もしかしてこの街の案内役とかされている方ですか…?」
「…そうですね! はい! 案内とかいっぱいしてます!」
にこやかに笑いながらそう告げる。
嘘を言っているようには思えない。
「それじゃあ…その、簡単に街の中を案内していただいても…?」
「はい! おまかせください!」
娘に案内されながら街の各所を廻る。
人口密度が上がったことにより住居が垂直方向に伸びた、四階建て五階建ての石造りの集合住宅。
職人たちが軒を連ねる職人通り。
新鮮な肉や野菜を各店舗に卸す屋内卸売市場。
そして観光の目玉にして行列でにぎわうアーリンツ商会総本店。
この城内だけで様々な施設があり、娘の説明も相まってネザグエンをまったく飽きさせなかった。
「ここの卸売市場はいざという時には避難所にもなります。この街は幾度か襲撃されてますからねー」
「なるほど…屋内なのに店が露天売りや屋台売りなのはすぐに撤去できるようにですか」
「はい! あとはオーク族には元々職人があまりいなかったので職人関連の人は比較的優遇されてますねー。特に女性で職人の方とかは大歓迎です!」
「ふむふむ」
村の女性に説明を聞きながら街の様子を眺めていると、他の街では決して見られない光景があちこちに見受けられた。
並んで歩いているオークと女性の組み合わせである。
楽し気に談笑している者、恋人のように頬を染めながら手指を絡めている者、オークの赤子を抱いて歩いている夫婦…
これれらはいずれも他の人間族の街では決して見かけることのできない光景だろう。
いやオーク族本来の習性を考えればオーク族の村でさえ決して見ることができぬ光景のはずだ。
「ええっと…その、この街の移住希望者って以前に比べだいぶ増えたと聞いてるんですが…」
「そうですねー。半年前の地底の方々の襲撃が終わった後から
「その…こういった事を聞くのは差し出がましいかもしれないんですが、女性の移住条件にオーク族と交際する事や婚姻する事を盛り込んでたりは…」
本当に差し出がましいと思っているならそもそも聞かなければいい話なのだが、どうしても好奇心を抑えることができない。
魔導師の中では比較的一般人寄りの感性を有するネザグエンではあるが、このあたりはやはり魔導の徒の一員であることをうかがわせる。
「うーん…そうしたかったのは山々なんですが、最初はオークの村に女性達がどれくらい集まっていただけるかまるでわからなかったものですから、女性の入村希望者に関しては条件をすごく緩くしてたんですよねー。そのせいで後からなかなか上げられなかったというか」
「ふむふむ、なるほど…?」
そこまで言い差して違和感に気づく。
彼女の言い草はいささか妙ではないだろうか。
『そうしたかったのはやまやまなんですが』
今彼女はそう言わなかったか。
それは入村条件を定めた側の台詞ではないだろうか。
この村の為政側でなければ発する事のできぬ言葉ではないだろうか。
「あの…貴女が一体…」
「ところでネザグエンさん、折り入ってご相談があるんですけど…」
質問を遮るように彼女が発した言葉にびしりと体が硬直する。
自分は、彼女に、名を告げていないはずだ。
ならばなぜこの村娘は、さも当たり前のようにこちらの名前で語り掛けてくるのか……!?
「あの…」
「はい」
「私、その、名前…」
「あれ、違いましたっけ? 以前騎士団の方達と一緒に地底軍の尖兵と戦われた従軍魔導師のネザグエンさんですよね?」
背筋が、凍った。
己の名前を知っている。
己の立場を知っている。
さらにはこの街と敵対する発言ができぬゆえに、王国が苦汁を飲んで宣言した公式見解の内容さえも知悉している。
一体何がどうなっているのか理解できず、ネザグエンの脳は一瞬で混乱を来たした。
「ああ…すいません」
口をぱくぱくさせ己を指差すネザグエンの様子に困ったような頭を掻く。
「自己紹介がまだでした。私はミエ。この街の市長、大オーククラスクの第一夫人です」
「クラスク市長の…第一、夫人……!?」
急速に頭の中でパズルが組み上がる。
オーク族は肉体的には優れているが知性や精神性で他種族に大きく劣る。
いかに強大な大オークが誕生したとて、この街を作り上げるほどの知性と理性と計画性を有するとは思えない。
だからネザグエンはそこに別の誰かの影を見ていた。
もしこの街を支配する強大なオークの配下に優れた知性の持ち主…いわゆるブレーンのような存在がいたとしたなら…こうした街づくりも可能になるのでは、と。
もしかしたら…もしかしたらこのミエと名乗る人物が……?!
「いやー好奇心旺盛な魔導師さんなら呪文じゃ中が見通せないうちの街の中身に興味を持って直接訪ねてきていただけるんじゃないかなーって、ずーっとお待ちしてたんですよー、半年間!」
「あ………っ!!」
唐突に理解した。
今更気がついた。
この街に妙に魔導師が多かったのはこの街が気になったからだ。
オーク族が作り上げた街、というなんとも好奇心をそそられる特性。
さらには占術で調べてみようとしても城にかけられた防御術のせいで中身を見通すことができぬという秘匿性。
わからないものがあるなら調べたくなる。
それがこの世の全てを解析し、世界の真理を解き明かさんとする魔導師のの拭い難き習性である。
つまり魔術で簡単に調べられぬこの街は、魔導師を集める格好の餌になり得るということだ。
そして…まさに彼女の思惑通り、半年前の経験からこの街がずっと気になって気になって、ネザグエンはこの街に吸い寄せられるようにやって来た。
まるで向こうの掌の上で踊るように……
己を今か今かと待ち受けている相手の敷いた罠の内、檻の中へと、自らのこのこ乗り込んでしまったのである。
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