第346話 不思議なお店

目的地の城を間近に控えながら、魔導師ネザグエンはついつい寄り道をしてしまう。

この街で売られているものがとても興味深いからだ。


新鮮な野菜、豊富な肉類、そして屋台から漂って来る芳醇な香り、香り、香り!


「この臭いの元は…肉の香ばしさと…ソースかな?」


そうだ。

軒を連ねた屋台で出している様々な料理…その多くに豊富に肉が使われ、そしてその肉に様々なソースやタレが塗られ、垂らされ、かけられている。

それが肉の焼ける臭いや肉汁と相まってなんとも言えぬ食欲をそそる香りとなっているのだ。


この村が広大な農地を分割し、野菜や麦や牧草地として利用していることは知っていた。

その広大な農地があってこその豊富な肉と野菜なのだろう。


だがこのソースは明らかにそれとは別の、料理人の手によるものだ。

おそらく相当腕のいい料理人がいるに違いない。

そしてその人物の生み出した味を街の者が真似することで町全体の料理のレベルが上がっているのだ。


とするとこの先、もしやしてあの城の中にその店があるのかも…

ネザグエンはごくりと喉を鳴らした。


「おっとっと…いけないいけない」


食べ物ばかりに気を取られていてはいけない。

そうだ、この街には他にも豊富なものがある。

そう、酒である。


「ってちがうちがーう!」


香りに釣られてあっちへふらふらこっちにふらふらしていたネザグエンは、ふとした拍子にまた裏路地へと入ってしまう。

このあたりはだいぶ落ち着いた雰囲気で、食物を扱っているところも八百屋やパン屋など、観光客用というより地元の買い物用の店が多いようだ。


閑静な通りにやっと気が落ち着けられたのか、ネザグエンは歩幅を緩めてゆっくりと通りを歩いて。

流石に先程のように好奇心に任せたうろちょろとした歩き方は…



てってって…



一度通り過ぎた店に後ろ歩きで戻りながら窓から覗き込み、目を輝かせるネザグエン。

そして扉を開け店の中に飛び込んだ。


「うわあ………!」


店の中で思わず嘆声を上げる。

彼女の前に広がっていたのは…


いや正確には村そのものではない。


確かにそこには豊かな森と小さな川に囲まれ、田舎風の家と畑が広がっている。

ただそれは全て小さい。

家ひとつが拳よりもずっと小さい。


家だけではない。樹木、人、家畜…果ては小さなペットまで、まるで本物の村であるかの如き箱庭がそこにはあった。


そう…彼女が見かけたのは

そして今感嘆しているのは模型を使ったである。


「お嬢ちゃん、このあたりじゃあ見かけないね、旅の人かい?」


と、店の奥から壮年の男性がのっそりと姿を現した。

この店の店主だろうか。


「はい! なんですかこれ!」


即答し即尋ねる。

魔導師は皆好奇心が旺盛であり、彼女もまた例外ではなかった。


「これはミニチュアだよ」

「ミニチュア!」

「家や人とかの小さなやつだね。これが全部別々の売り物なのさ。もちろんこの家だけとかこの牛だけとか買ってもいいけどね、こうして集めて小さな村とか街とかを作ったりして楽しむものさ」

「へえええええ~~~~!」


ネザグエンは再度感嘆の声を上げてそのジオラマを見つめる。

上から見下ろしたり、腰を落として水平に見てみたり、とにかくいろんな角度から眺めてみる。

そして見事な出来栄えに思わず呻いた。


彼女とてこうした工芸品を知らぬではなかった。

ツォモーペの土産物屋などでも売ってはいる。


ただ彼女の知るそうした工芸品は今彼女が眺めているそれらに比べたらもっと造りが荒いと言うか素朴というか、ともかく旅の記念の土産物以上の何物でもなかったが、今目の前にあるものはそれらとはまるで違う。

精巧で、綺麗で、まるで現実の家や人を縮めてそこに陳列したかのようだ。



…と、彼女は感嘆してるが、実際にはそこまで大したものでもない。

ミエがかつて住んでいた世界の精巧なフィギュアやミニチュア模型、ジオラマ展示などと比べたら技術的には雲泥の差である。

ただそれでもこの世界、この時代の人間にとっては驚嘆すべき存在なのは間違いないのだろう。


ネザグエンはそのジオラマ展示を眺めながら己がなぜこれほど驚嘆しているのかと考えてみて、ある結論に辿り着いた。

である。


先程も言った通り、彼女が知る中にも陶器でできた小さな家の工芸品などは存在していたし、小さな人型の人形なども存在していた。

ただしそれらはサイズも色合いもまちまちバラバラで、単品で眺めるには不足はないが並べた時に些かバランスが悪い。


家の屋根より背の高い人間の子供などがいては話にならぬ。

まあ想像力を膨らませて巨人の子供などに扮するならともかくとして。


だが今彼女の前にあるそれらはサイズ…すなわち『スケール感』が統一されている。

それがまるで本物のようなリアリティを生み、臨場感を生み、技術的にやや拙くとも彼女を感嘆せしめる完成度に至らせしめた。


「すごいですねえ…私こんなの初めて見ました!」

「ハハハそりゃそうだろ。なにせここの市長さんが広めたもんだからね」

「そうなんですか!?」


市長と言えば当然噂に聞くあのクラスクであろう。

だが彼はオークのはずだ。


オーク族がこんな高尚で文化的な趣味を持つだなどと、彼女はついぞ聞いたことすらなかった。


「市長の趣味でお抱えの職人に造らせてたのが始まりでねえ。いつの間にやらこの下町にまで広まったのさ。市長さんたまにこの店にも見に来るよ。ごくたまに買ってくれたりもする」

「へえー! へぇー!」

「なんか数が必要だとかでねえ。の職人さんみたいに市長さんのとこへの納品契約でも結べたらうちもだいぶ楽になるんだけど」

「へえー! へぇー! へぇー!」


へえボタンがあれば連打しそうな勢いでネザグエンが感心する。


「最近は近くの街でも評判でね。趣味人の貴族が買いに来ることもあるし、家まで持って帰るのが大変だからってコイツ目当てにこの街に引っ越してくるもの好きまで出てくる始末さ」

「へえええええええええええええええ!!」


どうにもこの街とここの市長に対する評価を大幅に上方修正せざるを得ないようだ。

ネザグエンは小さな家と牛をお土産として購うとほくほくした顔で店を出た。


「よい買い物をしました。ではそろそろ本命に乗り込みますか!」


気合を入れ直したネザグエンは、改めて街の中央部目指して歩を進める。

近づくにつれその城はますます大きくなってゆき、見上げるほどのその壁の高さに思わずその日何度目かの嘆声を発する。


クラスク市の中央の城、その東門の前には長い行列ができていた。

ただあまり待たされはしないようで、列はスムーズに流れてゆく。


「よーし通れ!」

「よし通って良し!」


城門には左右に衛兵が二人控えていたが、軽く質問するだけであっさりと通行人を通してゆく。

人も馬車も滞りなく通行してゆき、ネザグエンもまた観光と伝えるだけであっさりと中に入る事が出来た。


見物に来た身としては大変ありがたいのだけれど、少々危機意識に欠けているのではないだろうか、などとネザグエンはいらぬ心配をしてしまう。


まあそもそも地図で見る限り市の中心部で交差路となっているのだから普通に通れて当たり前なのだが、それにしても通行税が一切取られないのは新鮮である。


城壁は二層になっており、城壁と城壁の間には堀があった。

攻め手からすると必死に城壁を突破してもその先でもう一度城壁を登らなければならぬわけでだ。

それも下が足場のない堀である。

正面突破を試みるのは相当にきつい城と言えるだろう。


仮にこの城を落とそうとしたら魔術などで土中を掘り進み坑道を作るか、或いは浮遊呪文や飛行呪文、もしくは飛行生物などを利用して攻めるのが主体となるのではないか…などとネザグエンは一応従軍魔導師らしきことを考える。



ともあれこれでようやく目的地たるクラスク城の内に入る事ができた。

ここが本丸、クラスク市の前進たるクラスク村のあった場所。


喧騒と人ごみの中、ネザグエンは大きく深呼吸して…



てってってー…



と、そこに雑踏をすり抜けるようにして何者かが駆けて来た。


エルフである。

人間でいえば10代前半に見えるエルフ族の少女とててて…とやってきて、ネザグエンの前で止まった。

そしてその愛らしい顔をくくく…と傾けて、彼女を下からじぃっと見つめる。


「あのー……?」


困惑したネザグエンがおずおずと尋ねると、少女はにこ、と微笑んでこう告げた。



「ようこそ、クラスク市へ!」





そしてそのままてってってーと走り去っていったのだ。






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