第344話 下町の賑わい

「わあ…!」


王都の魔導学院の才媛にして宮廷魔導師ヴォソフの高弟ネザグエンは、クラスク市の東門に並ぶ行列の最後尾について嘆声を上げた。


門の左右には石材を組み上げた見事な城壁が延々と続いており、少しずつ角度を変えながら街を囲んでいる。

こちらの城壁は城ではなく城の周囲に広がる街…いわばを取り囲むためのものであり、街の中心にそびえる城壁ほどの高さはないが、使用されている石材は全て同じ大きさに切り揃えられていて技術の高さが伺える。


「あら…?」


門をくぐる際に衛兵から軽い質問を受けるが、特に許可証などが必要な事もなく無事街の中に入ることができた。


だがその門をくぐる際にネザグエンは少しだけ首を捻る。

城壁の形が少し妙だ。

石材がぴっちり積まれておらず、ところどころに小さな隙間が見える。

中央に建っているあの堅牢な二重城壁に比べるとずいぶんと荒い詰み方なのだ。


「これってもしかして…土塁?」


土塁とは土を盛って作られた防壁のことであり、石を組んで造られる城壁より初歩的かつ原始的な防衛施設一種である。

安土あづちと呼ぶこともある。


おそらく調達できる石材の数かなにかの関係でまず最初に土を盛って土塁を造り、その土塁を覆うようにして石材を積み並べていったのだろう。

こうすることで使用する石材の量に比べより広い範囲に高い壁を築くことができる。


ただ城の外から見た時は整然と並べられていた城壁だが、元が土塁であるためか石材を周囲に敷き詰める際ぴっちりと揃える事ができず、内側から見ると少しだけ隙間が目立つわけだ。


「うわあ……!」


街に入って彼女が上げた第一声は感嘆のそれであった。


目の前の道がまっすぐ中央の城の東門へと続いており、その左右に屋台や店舗が軒を連ねている。

料理を売っている店が多いが、それ以外にも土産物屋、パン屋、軽食屋、酒場、宿屋など、旅人や地元民に向けた店が所せまし立ち並んでいたのだ。


そしてそこをたくさんの人々が往来している。

その活気ある様は人口こそ未だ至らぬが商業都市ツォモーペにも負けぬと思えるほどだ。


「あら…あ、どうも」


道行く旅人とすれ違い、軽く会釈をする。

そこでほんの少しだけ違和感を覚えたが、それを詮索するよりも街に対する好奇心が勝った。


主街道を外れて一つ横の通りをひょっこりと覗いてみる。

人通りはだいぶ少なくなっているがこちらにも店が多い。

これより奥の通りになると今度は宅地が増えるようだ。


「ははあ…なんとなく見えてきました」


ネザグエンはこの街の構造をつぶさに観察しながら脳内でしてゆく。


半年前、ここにはこの道の先にあるあの城しか存在していなかった。

だがあの地底軍との戦いに勝利したことで、この村には大きな価値が生まれたのだ。


『安全性』と『発展性』である。


地底軍を撃退できるだけの武力、襲撃された際に巻き込まれた旅人を二度に渡り守り切った信頼性、これまで懸念されていた王国との軋轢を華麗に回避してのけた政治力、そして近辺のオーク諸部族をまとめ上げ襲撃のリスクを大幅に下げたこの街の市長のカリスマ…それらは全てこの街が安全に住み暮らせるという証左となる。


そして主街道の交差路にあるという恵まれた立地、広大な荒地を開墾する深い智謀と計画性、この地では見たこともない農法を定着させ高い生産性を獲得する先進性、水不足になりがちな辺境の開拓に於いて遠隔地から川を引き堀と用水路に充てるという高い治水技術、そして嗜好品としての蜂蜜、調味料として重要な塩と砂糖を一手に扱う商業上の有利さ、さらには他の地方より生産性の高い麦を算出することで食糧不足の不安が少なく、さらに冬でさえ肉を購うことができる食事の自由度の高さ等々が、この街の今後の発展性の高さを強く示している、


結論として、多くの者がこう思っわけだ。



「この街は大きくなる」

「この街には旨味がある」

「この街に住みたい」

と。



当時のクラスク村は大幅な移住希望者の登録制限をしていた。

伝え聞くところによれば職人や女性を多く採用し、男性を弾いていたと聞く。


だが下町に住んでいる者達にはそう言った極端な男女の偏りは見受けられない。

若干女性が多いかな…といった程度である。


となればおそらく移住希望をしながらも村に弾き出され、なおもここに住みたいと願った者達が、おそらくは城の外に勝手に店を出し始めたのだ。


店があれば商品を買う者が現れる。

売り上げが発生すればそれを使ってクラスク村の職人たちに頼み、店舗を大きくしたり品ぞろえを充実させることができるようになる。

つまりクラスク村との間にが発生する。


こうして生まれたのが…この下町の、あの城へと向かう主街道に軒を連ねる店たちなのだろう。


あとの流れは簡単だ。

単に店を出すだけでは生活できぬ。

住むためにはそこに居を構えなければならぬ。

字の如く『居住』というわけだ。


そうして彼らは店の近くに家を建て、そこに住まう者達の食料が必要となる。

そうなるとクラスク村の内にあった市場だけでは供給が足りなくなり、彼らの食料を賄うために自然発生的に村の外に市場が生まれる。

そしてそれにより多くの者の需給が発生し、それを商う者達が家を建て…といったことが連鎖的に発生し、どんどん拡大していって、結果としてこの下町が元々あったクラスク村の思惑とは別にできあがっていったのだろう。


「ただ…それにしては街並が整ってるのよねー」


旅人に対する見栄えを重視する主街道はともかくとして、先程入り込んだこの裏手の通り、ここも綺麗に整備されている。

都市が計画された以上の外側に拡大した際、そこには混沌とした街並が発生しやすい。

本来計画にない街づくりが民主導で行われるからである。


そうした都市外縁部の無秩序で無計画な街づくりの事を都市のスプロール化と呼ぶが、この際に最も大きな問題となるのが道の狭さである。


人が住むには居住地が大事。

少しでも居住区を広く取ろうとすればその分道が狭くなる。

この辺りは平地だからまだいいが、ある程度起伏のある場所だと地形に沿って道が細く、ねじくれた形にならざるを得ず、非常に管理しづらい街となってしまうのだ。


だがこの街はどこを覗いても道がちゃんとした太さで整備されており、非常に歩きやすい。

街の周りの城壁といい、かなり早期にクラスク村側からのなんらかの介入があったと推測される。


自分達の計画にない村…いや街の自然発生的な発展を、自分達主導で整った街づくりに変えてしまったわけだ。

なかなかに優秀な設計士がいると考えていいだろう。


「ん? 道の太さ?」


屋台で肉串を1本購入し、そこの店主に軽く探りを入れてみる。


「あー、このあたりはぜーんぶここの市長さんの土地なのさ。後で知ったことだけどな。勝手に家建てて勝手に住んだらオーク達がやってきてたちまち略奪されちまう。だからうちらは後付けになっちまったけど全員地代を払ってこの土地を借りてるってわけ。ま、借りるつってもだいぶ安いけどな」

「借地ですか!」


それで色々と得心がいった。


通常瘴気地開拓において土地は畑は開拓した当人のものとなる。

そしてこのあたりはここの市長である大オーク、クラスクが己の手勢を使って開拓したものだ。


つまりこの辺り一帯は、国際法レイー・メザイムトの理屈上全て彼の土地であると主張できる。

その土地を『売る』のではなく格安で『貸す』…一見損とも思えるこの方式は、だが非常に大きな意味を持つ。


都市計画を行う際、地主側が己の土地のままであるがゆえかなり強引に立ち退き政策を行うことができるのだ。

それに反抗しようにもなにせ相手はオークである。

力で対抗しようとして敵うわけがない。


結果として自然発生的に生まれたはずのこの下町は非常に整然とした、暮らしやすく、それでいて清潔感の溢れるものに仕上がっているわけだ。






そう…野蛮で、暴力的なオークの手によって管理されることによって。






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