第四部 大オーク市長クラスク

第七章 天より舞い降りた聖女

第342話 見学と驚愕と

ローブを深く引き被り、その人物は街道を西に西に歩いていた。

杖をつきながら歩くその姿は一見すると老人のように見えなくもないが、その割に肌は瑞々しい。


白い肌、細い手首、そしてローブ越しにもわかる張りのある胸。

そこからからわかるのはその人物があまり労働に従事した経験がなく、そして貧しい身分でもない若い女性である、ということだ。


「ふう…もう少し!」


娘は気合を入れて歩を進める。

目的地はほど近い。

それは周囲の景色が変貌したことからすぐに分かった。


街道の左右に畑が広がっている。

それもただの畑ではない。

まるでチェック柄のように小さな四角に区切られた畑が延々と、そう延々と地平線の果てまで広がっている。


畑には幾つかの種類があった。

まず目立つのが麦畑だ。

芽が出たばかりの畑とそれなりに育っている畑がある。

夏麦と冬麦だろう。

いずれにせよ収穫するのは秋だが種まきの時期をずらすことで季節あたりの労働を軽減しているのだ。


ただそのあたりまでは近隣の村々でもやっている。

彼女の目の前に広がっている畑は、ここからが少し違う。


麦以外にも根菜…この地方ではあまり見ないものだ…が植えられており、さらには1/4ほどが牧草地として柵で仕切られ、その中で牛や豚や羊がのんびりと草を食んいる。

牧草以外に生えているのは豆類だろうか。


牧草地の中にも種類があり、大型の家畜がいない場所もある。

そういうところは小さな鶏舎が置かれていて、その中で鶏が地面をついばんでいた。


「あ…あの鶏舎移動できるんだ…へえ!」


農夫らしき男が鶏舎を掴むと鶏を追い立てるようにして横にずらす。

底に床板がないため鶏たちは移動した先で再び食事を再開した。


糞尿などを一か所に貯めて汚したりしないようにしつつ、適度な排泄物を肥料として役に立てよう、というわけだ。

なかなかに無駄のない造りと言える。


聞くところによるとこの街のずっと東にある商業都市ツォモーペ…首都ギャラグフを除けばこの国最大の都市…が、これから向かう街の方式に大変強い興味を抱いているらしい。

旅人を装ってこの村を幾度も調査し、そのノウハウを吸収しようと躍起になっているようだ。


ただ…その進捗はあまり芳しくないようである。


この街の方式を踏襲しようとするなら広大な畑を計画的に、綿密かつ一括で管理する必要がある。

だがこの一括で、という時点で他の街にはだいぶハードルが高い。

なぜならこの国は生まれてまだ五十年ちょっとしか経っていないからだ。


瘴気を晴らすために『瘴気法レイー・ニュートゥン』にのっとり各国から小作人を募って開墾を進めた結果、彼らの多くが地主となった。

自ら土地を開墾して己のものとした農家達は己の耕した農地に対する愛着が強く、畑を手放すことを頑として受け入れぬ者が多いのだ。

そうなれば当然一括管理というのは難しくなる。


またこの国は前述の通り瘴気を晴らすために打ち建てられた国家…いわゆる『瘴気国家』である。

瘴気国家は瘴気を晴らすために入植と開拓を続け、開墾地を次々と広げてゆかねばならぬ使命がある。

当然その分人口は増え、それに応じて必要な食料も増える。

そうなれば耕地に於いて最重視されるのは当然広大な麦畑であり、農家の多くは麦の増産に対する多くのノウハウを学ぶこととなる。


そこにいきなり別の作物を育てろ、と言われてもなかなかに上手くゆかぬのだ。

なにせ新しい作物を育てるには新しいノウハウを学ばねばならぬ。

いつごろ種蒔して、どんな肥料が必要で、どんなケアをしてやればいいのかを一から試行錯誤で調べてゆくしかない。


当然育成に失敗することもあるだろう。

そうなればその作物を植えた畑はすべて無駄になる。

麦の需要がひときわ高い時代にあって、そんなリスクを背負ってまでわざわざ新たな作物に転換するモチベーションが農家には存在しないのだ。



「わあ……!」



小さな林を越えた先に、目的地が見えてきた。


街である。

ツォモーペほどではないがかなりの大きさだ。

あの街が…いや前身たるその村が生まれたのがほんの一年ほど前と考えると驚異的な規模と考えていいだろう。



彼女が半年前に目撃した時には、村を囲うように四つの塔が立ち並び、その塔と塔の間に高い城壁がそびえていた。

こちらの世界風に言えばいわゆる幕壁カーテンウォールである。



だがその日彼女が目撃したその街は様相が一変していた。



半年前は方形だったはずの城壁が八角形になっている。

この短期間で城壁の石を崩し組み替えたのだろうか。


いや、違う。

防御塔と防御塔の間、そのさらに奥に見張り塔が見える。

そちらがおそらくだ。


とすると元からある方形の城壁を取り囲むようにさらに八角形の城壁を築いた二重防壁によって城の防御力をさらに高めているのだろう。

いわゆる集中式城郭コンセントリック・キャッスルである。


遠くからの目視からでははっきりとはわからないが、元の壁と新しい城壁との間はかなり狭そうで、おそらくその間に居住地はなさそうに見える。

純粋な防御目的の多重城壁なのだろう。



そしてその二重の防壁の外側に…大きな街が広がっていた。



彼女がかつて目撃した、元からある…もとい辺境に忽然と出現した一夜城…クラスク村。

その城を取り囲むようにいつの間にかに街が広がり、そしてその街をさらに取り囲むようにして多角形の城壁が広がっている。

こちらの壁は先程の二つの防壁に比べ半分ほどの高さしかない。


その低い壁の向こうには多くの屋根が見え、居住区や商業区が広がっているようだ。

おそらくこの半年で一気に増えた人口をまかなうためにあつらえた追加の城壁、といったところだろうか。


「んー…あの面積から考えると…」


目の上に手をかざし目算で計算する。

ローブの端から漏れだした銀の髪が風に揺れた。


手にした樫の杖、白銀の髪、整った面立ち…個々の造作は間違いなく美女のそれなのに、全体の印象がどうにも可愛い寄りとなってしまうその娘は…

半年前に紫焔騎士団の従軍魔導師としてこの地を訪れていたネザグエンであった、


その魔導師ネザグエンは脳内で計算を続ける。

以前のあの村はあの城壁の中のみが『村』だった。

だが今やその規模はもはや街と呼ばれるに相応しく、さらに拡大を続けているようだ。


「前の村があの城の中でー、当時の報告から考えてあの開戦時の人口規模がだいたい百人から三百人の間くらいだったとするとー…ん~今は千人は超えてるかな? 二千人は行ってない? かな?」


そう、村は急速に拡大を続けていた。

オークが市長のオークの街だというのに、である。



そしてその大発展の裏には…半年前の一件が大きくものを言っていた。



半年前……彼らは地底からの侵略を受けた。

地上を侵略し、蹂躙し、殲滅して、地の上に住まう全ての人型生物フェインミューブをを一掃し、地底の者達の棲むべき土地とする。

それが地底からやってくる者達の目的とされている。


ゆえに喩え地上の国同士で戦争の真っ最中であろうとも、地底からの侵略者に対しては手を取り合って立ち向かわねばならない…

それが『国際法レイー・メザイムト』のひとつ、『地底法レイー・アムヲルジア・ムー』である。


クラスク市…当時のクラスク村はその地底軍の侵攻を見事に撃退し大いに名を上げた。

彼らが嘘を言っていないことは、その後銀時計村の調査によって確かめられた。


さらにこの村の市長であるオークは現在大オークを名乗っている。

大オークは複数の部族の族長を従えたオーク族のいわば王のような存在だ。


この街の市長は、その智謀と指導力で人々を導くのみならず、この地方一帯の各部族のオーク達を力によって従え平伏せしめたのだ。


この近辺ではもはやオークに襲撃される危険がなくなった。

さらに地底からの襲撃を受けても持ち堪え撃退できる武力があると証明されている。


つまり…この街は、襲撃と略奪の代名詞であるオークによって治められながら、この近辺に於いて間違いなくどこよりもなのである。


奪われることがない。

蹂躙されることがない。


それは居住しようとする者にとって、そして商売をしようとする者にとって、この時代においては圧倒的に魅力的なセールスポイントである。

さらにこの村は高級嗜好品である蜂蜜を始め砂糖、塩、肉などの名産品が多く、それらの流通に一口乗ることができれば莫大な利益が得られるはずだ。


そうした商機を求め商人どもが群れ集まり、彼ら相手に商売する者達がこの地に居着いて、結果人口が増え続けてゆく。






そんなわけで現在…

この街、クラスク市は絶賛発展中なのである。







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