第341話 閑話休題~サフィナのゆーわく~

「あらサフィナちゃん、こんにちわ!」

「お仕事? 散歩?」


てとてとと村の広場を通り過ぎるサフィナに、葡萄を踏み潰しワインを作っている娘達や蜂蜜関連の品を作っている娘達が声をかける。


「おー…おしごとじゃない」


そこまで言い差したサフィナは、だが途中で腕組みをしながら首をくくく…と傾けて、その後くいっと元に戻した。


「…ちがう。一番大事なおしごと?」

「?」「?」


矛盾した言い回しに村娘達が不可思議そうに首を傾げる。

その後手を振って彼女らと別れたサフィナは、そのまま村の外へと向かった。


「なんだったのかしら」

「さあ…」


無得娘達は作業に従事しつつ口々に噂しあう。


「それはそれとして…」


そしてサフィナが通った後を、背を屈め忍び足でついてゆく村の首脳陣達に眉をひそめた。


「なになさってるんですか、ミエ様」

「えーっとえっと、む、村の重大事……?」



×        ×        ×



「フゥー…コレデイイダカ」

「きゃー! 助かりますー!」


ここは果樹園。

そこでワッフは果物の運搬を手伝っていた。


箱詰めした果物は水気がある分かなり重い。

収穫したそれらを果樹園の奥から街道脇まで運ぶのは結構な重労働である。


「ンダバ次ノ仕事ガアルカラ失礼スルダ。御夫人方レッビュート


ディアンドルのような民族衣装を纏った村娘達から黄色い声を集めるワッフ。

だが彼は特段気にする風もなく片手を上げて挨拶し、その場を去ってゆく。


その後ろからこっそりこそりと近づいてゆく影がある。


「とー」

「な、なんだべ!?」


サフィナである。

サフィナがワッフの背後から飛びついて、首に腕を回して抱き着いて来たのだ。


「むにゅー」

「ナンダサフィナダベカ。オンブシテホシインダカ」


おそらくサフィナの企図したことは女性が背後から抱き着いておっぱ…ふくよかな胸部を押し付け男性をどぎまぎさせる行為だったのだろうが、残念ながら彼女にはまだふくよかと呼べるほどのふくらみはなく弾むような弾力も足りず、さらには身長差のせいで抱き着くというより飛びつく形になってしまった。

これでは幼女をおぶる父親も同然である。


「あーちがう! 違いますサフィナちゃん! それは自分の特性をわかってなーい!」

「むむ、不向きな事をしておるのう」


木陰にに隠れながら好き勝手に批評する出歯亀…もとい村長夫人とその助役。

そしてその背後で己の胸部に手を当てて複雑な表情を浮かべているエモニモとその肩を叩くキャス。


「…すりすり」

「オードウシタダ。今日ノサフィナハ甘エン坊ダベ」


ワッフの背後に飛びついたまま、彼の頬に頬ずりするサフィナ。

それを笑顔で受けるワッフ。


「あ! いいと思います! とっても愛らしいです!」

「おー、やりゃあできんじゃん」


きゃいのきゃいのと小声で盛り上がるミエとゲルダ。

その背後で己の頬をさすさすした後恥ずかしさに両手で顔を覆うエモニモとキャス。

そして己の頬を軽くさすってショックを受けるネッカ。


…ドワーフ族は女性でもお髭が生えるのである。

まあ男性に比べるとだいぶふわふわで柔らかいものだけれど。



さてサフィナを背負ったワッフはそのまま果樹園を出て花畑に向かう。

そこで施肥をしつつ桶に水を汲んで水撒き、花の育成具合はサフィナに見てもらいながら色づきをチェック。


毎日やっているからだろうか。

だいぶ手慣れた様子である。


「しかしまめまめしく働きますねえ。フツーに男性として好感度が高いと言うか…」

「オークにしちゃあ珍しいタイプだよなあ」

「まあじゃからこそ市長殿が上に立つまでは不遇をかこっておったわけじゃが」


やいのやいのと好き勝手に言い合うミエ、ゲルダ、シャミルの三人。


「あ…サフィナちゃんが動きましたよ!」


ミエが指差した先で…作業中のサフィナがワッフの様子を窺いつつ、てちてちてちと近寄って彼の腰あたりにしがみつき上目遣いで見上げる。


「うるんだひとみ…」

「オー、ドウシタダサフィナ。撫テテ欲シイダカ」


にへら、と顔を綻ばせたワッフは、そのままサフィナの頭を優しく撫でる。

サフィナは目を見開いたまま撫でるに任せていたが、やがてうっとりと目を閉じて静かにワッフに身を寄せる。


「いかんのう。意図は悪くないんじゃが…」

「駄目だなアレ。どう見ても性欲とかじゃねーだろ」


ゲルダとシャミルがそう呟きながら互いに顔を見合わせ眉根を寄せた。


「…というか、そもそもワッフは彼女にその…なんだ、性欲を感じているのか?」

「そうですね。隊長の仰る通り夫婦的というよりむしろ父性的なものを感じます」


キャスとエモニモの言葉にこくこくと頷くネッカ。


「うんにゃ一応抱くつもり自体はあるみてーだぞ。サフィナが大きくなるまで待つっつーてたけど」

「純粋なエルフ族だぞ。それは何十年後の話だ」

「オーク族の寿命ってどれくらいでしたっけ…」


ゲルダの言葉に即キャスが返し、エモニモが顎に指を当てて考え込む。

ちなみにオーク族の寿命は人間族に近いがそれよりやや短い。

人間族より寿命の短い人型生物フェインミューブはかなり珍しい部類である。


「…それはいいんですけど」


と、暫くの間会話に参加してなかったミエが眉を寄せて共犯者達の方へと振り向く。


「えっちの話は置いといて、むしろ私達の方にああいうの足りてなくありません…?」


ミエの言葉に皆が一様に首を捻る。


「ああいうのってなんだよ」

「イチャイチャすることです」

イチャイチャフラルス…?」


馴染みのない単語にゲルダが眉根をひそめる。


「こう…あれですよ、男女で親し気に会話したり体に触れたりとかですねえ…」

「あーベッドの中でまぐわう後とかにする…」

「それはピロ-トーククレス・ユィラヴ!! そういうのじゃなくてですねえ…」


ミエは言葉で説明しようとするがなかなか上手くゆかぬ。

そもそも『イチャイチャする』をイチャイチャする以外のどういう言い回しをすればいいのだろうか。

ミエは色々考えて頭を抱えた。


「要はあれじゃろ。男女が体を寄せ合って触れたり戯れたりすることじゃろ?」

「そう! それですシャミルさん! こうスキンシップ的な!」

「あー、あれか、ヤる前にこう色々触ってほぐしたいする…」

「それは前戯リラヴリューー!」


ゲルダのボケに怒涛のツッコミを入れるミエ。

その背後で己がその身で受けた該当行為の数々を思い起こし真っ赤になってへたり込んでいるエモニモ。

その肩をぽんと叩くキャス。

なにせエモニモだけでなくキャスの方にも身に覚えがありすぎることなのだ。


「でもなんとなくわかりまふ。私もクラ様とああいうことしたいでふ…」

「ですよね! ですよね! めっちゃわかります!」


ぼそりと呟くネッカに我が意を得たりと振り返りその両手を取ってぶんぶんと振るミエ。

そんな彼女達に気づいているのかいないのか、ワッフと仲睦まじく仕事するサフィナ。






その日…各御家庭の夜の営みは、少しだけいつもと違っていたという。






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