第340話 閑話休題~ご婦人方の勉強会~

「だからじゃな。こう…あるじゃろ。これをこうしてこう…」

「ふむふむ。ほうほう」

「成程。活用すべきところは活用する。戦術の基本だな」


ミエの家、その応接室。

そこでシャミルが身振り手振りを交えてなにやら説明している。

ミエが真剣にメモを取り、キャスが感心した風に頷く。


何かの説明会だろうか。

ただそれにしては二人以外の参加者の様子が些か妙だ。


ミエ達の隣ではエモニモが真っ赤になりながらもじもじと太股をよじらせつつも耳をそばだてているし、

そしてその背後ではゲルダがソファにどっかりと横たわって興味なさそうに腕枕をしている。


…ように見せかけて、ちらちらとシャミルの方をチラ見している。


どうやら彼女達の様子からするとシャミルは夜の営みについての講習会をしているようだ。

なにせオークに乱暴をされた時期は参加者それぞれなれど、妻女という意味に於いてはこの場にいる皆は等しく新妻と考えていい時期なのだから。


「じゃから伸ばした舌と唇を使ってこう…ほれ、先端の方のじゃな、こう横に少し出っ張っておるところがあるじゃろ? あそこをこう…」


皆の前で実演してみせるシャミルの姿に全員でごくりと唾を飲む。

ある者は己が夫に今目の前で行われているそれを為さんとしている様を想像し頬を染め、またある者はシャミルの艶姿そのものに眩暈を覚える。


「はい! シャミル先生! その時手指はやっぱりこうつまんだり握ったりした方がいいんでしょうか!」


ミエが生真面目に質問をし、となりのエモニモが層倍に赤くなって肩をすぼめ小さくなった。


「そうじゃな。肉体的快楽で言うならその方が相乗効果が得られて有効じゃな」

「なるほどー」

「ただあれじゃな。相手の前で跪いて、両手を使わずに唇と舌だけで奉仕するというのも男の支配欲を満たすという意味では効果的かもしれん。あえてたどたどしく奉仕することで男の方が目の前の女を屈服させたと感じて興奮する、という効果も見込める。ここらは個々のオークの気質にもよるがな」

「勉強になります!」

「ふむふむ、我々を隷属させるといういわば疑似体験を以って男の劣情を煽るわけか…」


ミエとキャスがしきりに感心し、エモニモが額から湯気を出しながらさらに縮こまる。

元から人間族としてもだいぶ小柄な方のだけれど、このままでは本気で消え入りかねない。


その背後では寝転がりながら何やら思い浮かべている風のゲルダが、急に真っ赤になったかと思うとぶんぶんと慌てて首を振っていた。


「それでですね……あー、えーっと…」


なおも質問を重ねようとしたミエは、キャスやエモニモと並んで座っている長ソファの横、一人用のソファに座り話を聞いている娘の方に目を剥けた。


「ネッカさん、大丈夫です?」

「しげき…しげきがつよすぎまふ……っ!」



そこには新人として新たにこの会合に加わる事となったネッカがいた。



彼女は耳先から額まで灯篭のように真っ赤となって、両手で顔を覆ってふるふると首を振っている。

どうやら少々刺激が強すぎたようだ。


「まあ初めは誰でもそうですから…」

「そうなのか。ミエもそうだったのか」

「あ、当たり前じゃないですかキャスさん! 私を何だと思ってるんですか!?」


キャスの素朴な疑問にミエが激しく反応し、シャミルが横を向いて噴き出す。


「じぃー………」


そんな和やか(?)な席に…先刻から一言も発せず椅子にも座らず床に座り込み、テーブルに肘を乗せてシャミルの話に聞き入っている娘がいた。


「サフィナちゃん、大丈夫?」

「…へいき」


ミエの言葉にこくりと頷く。


「あ、あの…サ、サフィナさんもその、するんでふか…?」


おずおずと、信じられないような面持ちで尋ねるネッカ。

確かにこの村の妻女には見た目が若い、或いは幼い娘が少なくない。


特にオークと小人族フィダスの夫婦は見た目の組み合わせもインパクトがあるが夜の営みもかなり犯罪的な絵面である。

同様に小柄な体格のノーム族であるシャミルがあまり犯罪的に見えないのは普段の態度と精神年齢の高さゆえだろうか。


ただ小人族フィダスもノーム族も種族的にそもそも小柄であって、嫁となっている者は皆立派な大人である。

小人族フィダスにして居酒屋『オーク亭』の料理長かつクラスク市名物料理担当であるトニアなども、見た目こそ幼いがそもそも職と連れ合いを探しに故郷を出立したのだ。


そういう意味で考えれば見た目ほどには不健全な関係ではない。

まあ見た者がどう思うかは自由ではあるけれど。


だがサフィナは違う。

人間族から見てもエルフ族から見ても明らかに見た目が幼いのだ。


それは色々心配にもなろうというものである。


「あー…サフィナちゃんはちょっと特殊で」

「うむ。こう見えて一応大人の端にはおるでな」

「おー…はしっこ」


サフィナが両手を掲げて己の正統性を主張する。


「それにあれだぞ。サフィナは確かまだ処女のはずだぞ」


そしてゲルダがソファから身を起こしながらそう言い添えた。


「そ、そうなんでふか?」

「おー…さふぃなきよらかなおとめ…」


ネッカはサフィナの夫たる人物を思い浮かべた。

確か普段は商品の管理や保管を受け持っており、戦場では兵隊長としてオーク兵達を率いていたはずだ。

以前の攻城戦の折にはクラスクを城の外に出すため囮役を買って出た勇敢なオークだったはずである。


ただ…その性格はやや素朴というか素直というか、少々オークらしからぬところのある人物だったような記憶がある。

確かにサフィナとお似合いには見えるけれど、ネッカには二人の夜の営みはうまく想像できなかった。


「サフィナもはやくけがれたい…」

「言い方!」


しょんぼりとするサフィナに思わずミエがツッコミを入れる。


「まだ手を出してこないんですよねえ。サフィナちゃんこんなに可愛いのに」

「可愛すぎるからじゃねえの? 逆に性欲そそられねえとか」

「そうじゃなあ。サフィナを大切にしておるのは間違いないんじゃが」


初期の頃から二人を見ているミエ、ゲルダ、シャミルにとってはよく知っている流れである。


「おー…さふぃな魅力ない?」

「そんなことはありません。サフィナさんは人間族の私から見ても十分以上美しいとは思いますが…」

「そうだな。半分エルフの血が混じっている私から見ても美姫の部類だと思う。ただ…」


エモニモとキャスがフォローを入れつつも言い淀む。


そう、ただなんというか、とにもかくにも見た目が幼すぎる。

それがこの場にいる一同の共通見解であった。


「でもサフィナちゃん一応年齢的には大人ですし…」

「そうじゃな。小人族フィダスやノーム族のわしのような例もあるからオーク族が見た目の幼さゆえ興奮せんということはないと思うが」

「お前は言動が幼くねーんだよ」

「やっかましわ!」


ゲルダのツッコんにシャミルががなり立てた。

これも常の流れではある。


「おー…わかった」


膝の埃をはたきながらサフィナがゆっくりと立ち上がる。


「サフィナちゃん?」

「なにがわかったんだよお前」


ゲルダに尋ねられたその少女は…両拳を握り締めて高々と宣言する。



「サフィナ、わっふーをゆーわくする」








サフィナの瞳は…強い決意に燃えていた。






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