第338話 和解
「うう~ん…」
ネッカは腕組みをしたまま街中を歩いていた。
しきりに首をひねり、深い思案の体である。
それというのも…
「見ろ…あの方が魔導の御業でこの村を救ってくださった…」
「ああ、ネカターエル様だ…」
「そろそろ旅立たれるのだそうな」
「そうか…お名残り惜しいな…」
(なんか…なんかすっかり村から出てくって流れになってるでふぅ~~~~!?)
これである。
確かに当初ネッカがこの村で働き始めたのは旅の路銀稼ぎが目的だったし、戦を前に逃げ腰になっていたのも確かだし、アーリに有用な巻物を
そもそもが魔術工房を建ててもらった時ですら彼らはネッカにこの村の定住を要求せず、いつでも帰ってきていいと言ってのけたのだ。
いつでも帰ってきていいということは、普段はこの村にいるな、ということと同義ではないだろうか。
などとネッカは愚にもつかぬことを考えてしまう。
「でも、でも、困るでふ~~~~~!!」
ネッカとしてはすっかりこの村に居座るつもりだったのだ。
なにせみんな優しいし魔導術への理解も深いしなにより金払いがいい。
(それになにより私は、私はクラ様の…!)
そう、ネッカは己がクラスクの所有物だと思い込んでいた。
自分の命の全てをクラスクに捧げるつもりでいたのだ
せっかくそこまで深く覚悟していたというのに、出てゆけなどひどいではないか。
…いやまあ、実際には誰一人彼女に出て行けなどと言ってはいないのだが。
(でも、でも、この空気の中で居座るのはなんか怖いでふ…)
確かにクラスクのために生きると心に決めた。
だがクラスクに尽くすことは決してこの村に留まる事を意味しない。
各地を旅してこの村に有益な情報を持ち帰る事だって立派な忠義ではあるのだろう。
けれど…彼女はそれでもこの村を離れたくなかった。
彼と離れたくなかったのだ。
「あ、いたいた! おおーい! ネカター!」
びくん、とその身を震わせる。
この村の者は皆彼女を『ネカターエルさん』と呼んでいる。
親しいものはクラスクが広めた『ネッカ』で呼ぶ。
『ネカタ』と呼ぶのは彼女の知る限り彼らしかいない。
脂汗が流れて落ちる。
この前はみっともなく逃げ出してし合った。
そのことでまた
でも…それでも。
今逃げ出したら、ダメな気がして。
ネッカは己の心を鞭打ってその場に立ち止まり、勇気を振り絞って振り向いた。
「ごめんなさいっ!」
「わふ……?」
目の前には頭を下げた小人族の盗賊娘…ライトルの姿があった。
「ええっと…?」
困惑したように首をひねるネッカの前に、かつての仲間達が集まって来る。
人間族の戦士、ヒーラトフ。
人間族の僧侶、アムウォルウィズ。
そして小人族の女盗賊、ライトルの三人だ。
「ほら! あんた達もあやまる!」
ライトルにぴしゃりと言われ、男たちがばつが悪そうに頭を掻いた。
「いやーその…なんつうか、悪ぃ」
「こちらからも謝罪させてもらいたい」
「え? わふ? どういうことでふ…?」
ますます自体が理解できぬネッカ。
「いや…その、よ。お前がいなくなった後にまた魔導師を仲間にしたんだが…」
「人間族の男のひと。イルゥディウっていうの」
戦士ヒーラトフとライトルが説明を始める。
「こう事情もわからずお前のこと愚痴ったら怒られたのなんのって」
「魔導師にも色んなタイプがあるんだねー…ごめんね、ほんとなんにも知らなくって」
「うむ。お主は物を作り事前に準備を整える…金と時間が必要なタイプだったというのに、我らはそのどちらも用意できなかった。すまぬ」
「あ、いえ、それは…」
それは…彼らだけのせいではない。
当時の彼らにはとにかく金がなかった。
金がないから生活も苦しく、それをなんとかするために次々に仕事を受けていた。
一方でネッカの得意分野である魔具作成はとにかく金がかかる
そして金が用意できても魔具を作成するためには十分な時間が必要だった。
いずれも当時に彼らには用意するのが困難だった代物である。
だが…役に立てないことに心を痛めつつ、けれど自分の得意分野を彼らに用意させるのは忍びない。
そんなことを想って自己主張をしなかったのはネッカだった。
言わなければ伝わらぬことをしっかり言えていなかった。
伝えられていなかった。
彼らにきついことを言われていたとしても、その部分は間違いなくネッカの責任でもあるのだ。
「だから今度会ったらちゃんと謝ろうって思ってたんだけどさ…」
「そうそう。この前会ったときはついなつかしさに勝手に話し始めちまって…」
「まさか逃げられるとは…」
「そんなに気に病んでたってことだよねー…ほんとにごめん!」
「いえいえ! その、勝手に逃げ出して私の方こそ悪かったって…その、ずっと謝りたくって…」
そこまで言ってようやく気付いた。
ネッカの性格が内向的なのは元からではあるのだが、気弱になったのは彼らとの冒険での経験によるところが大きい。
クラスクに喝を入れられ己を取り戻した後、自信を喪失したのは彼らにずっと嫌味を言われ続けてきたからだと、そのせいで自信をなくしたのだと、自己評価が低くなったからだと、そんな風に分析できていた。
けれど…違った。
それだけではなかった。
ネッカがずっと気に病んでいたのは彼らに攻撃されからだけではない。
彼らの前からちゃんと理由も告げず勝手に逃げ出した事。
彼らに捨てられたのではなく、彼らを見捨ててしまったこと事。
そう、ネッカの歪みの要因は…自分自身への断罪、己自身が許せないことに起因していたのだ。
彼らにちゃんと謝りたかったのだ。
「ごめんなさいでふ! 私の方こそ…勝手に逃げ出しちゃって! ずっと! ずっと謝りたいって! そう想って…そう想ってたのに……!」
「…なんだ、じゃあ私達と同じじゃん」
くす、と笑ったライトルが、もう一度頭を下げた。
「ほんとごめんね」
「こっちこそ、ごめんなさいでふ。ホントはこの前会ったときにちゃんと言うべきだったのに…」
互いに頭を下げ合おうネッカとライトル。
それを見ながら苦笑する戦士ヒーラトフ。
「誤解が解けてまた一緒に…戻ってきてくれとは言わねえよ。うちのパーティーじゃお前の得意分野を生かせねえもんな」
「あ、いえそれは…」
「お前の本気。見せてもらったよ」
「わふ?」
首を捻るネッカに、ヒーラトフは指で村を囲う城壁の上を指差した。
「避難指示で収容所の中に引っ込んでろって言われたときにさ、夜にこっそり抜け出して見ちまったんだ。お前が戦ってるとこ」
「ああ…」
「いや凄かったよ…お前あんなすげえ戦い方できたんだなあ」
「あー…それはでふね…」
正確に言えばあの戦いはかつての彼女には出来なかった。
アーリが用意してくれた『有能魔導師呪文セット』のような巻物をまとめて魔導書に書き写したからこそ唱えられた呪文が多いのだ。
とはいえそれらは金さえあれば用意できたものなので、そういう意味ではヒーラトフの言い分も正しいのだが。
「いい居場所、見つけたんだな」
「!! …はいでふ!」
咄嗟に、はっきりと口にする。
その表情を見て…かつての仲間達は顔を綻ばせた。
ネッカの顔が、とても輝いていたからである。
「てなわけで、俺らはそろそろこの村を出ようと思うんだ」
「最後に会えてよかった! ずっと言いたかったことも言えたし!」
「うむ。機会があればまた会おう」
「はいでふ! お元気で!!」
そうして…彼らは村を出ていった。
ネッカはかつての仲間達を手を振って送り出した後、深く深く息を吐いた。
胸のつかえがとれた。
気分が晴れ渡る様にすっきりとした。
たとえ得意分野を生かすことができず、共に冒険することはできなくても…
理解することはできるのだ。
分かり合うことはできるのだ。
かつてできなかったそれを、今日する事ができた。
それはとても素晴らしい事だと思ったから。
そして…かれれに言われたことを思い返して、ネッカはあらためて青くなる。
「ああっ! そういえば村の人の誤解が何一つ解決してないでふぅっ!!?」
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