第337話 村長vs大オーク

地底軍は全軍撤退した。

前族長たる故ウッケ・ハヴシによって一時撤退を余儀なくされていた紫焔騎士団の姿もいつの間にかに失せており、どうやら夜陰に紛れてこちらも撤退したようである。


当面の危機が去って安堵が広がるクラスク村。

もっとも秘蔵の蒸留酒の瓶がすっからかんになっていたのを見てクラスクは目をまん丸くかっぴらいてしばらく立ち尽くしていたけれど、まあこれは全体から見れば些細な話だ。


それから二日後…キャス達が帰還した。


銀時計村で地底軍の『天窓』を破壊し、彼らの地上侵略の拠点かつ通路を完全に破壊したことをクラスクが宣言し、村人たちから大きな歓声が上がる。


そんな中…一人街の外れで天を仰ぐ娘がいた。

ハーフの黒エルフブレイ、ギスクゥ・ムーコーである。


己の実の父、そして母の仇。

そんな相手がこの世からいなくなったことに、流石に木石ではいられなかったようだ。



×        ×        ×



「それで…その村のノームさん達のご遺体は…?」


シャミルの家で、ミエはビーカーに入れたお茶(研究中)を飲みながら話を聞いている。


「うむ、それなんじゃが…ほれ、わしらの帰還が少々遅れたじゃろ」

「ホントですよ! なにかあったのかと本気で心配したんですからね!」


ぷんすかぷーと頬を膨らませるミエにシャミルが苦笑した。


「事が済んだ後…ノームの部隊がきおってな」

「ノームの?」

「ほれあれじゃ、ミエが念のためにと手紙出したじゃろ」

「あ…あー! あー!!」


そう、ネッカの占術によって銀時計村の現状が明らかになった時、国際法レイー・メザイムトがあるのだから他の諸国にやらせればいいのでは? とミエが意見したことがあった。

結局政治的理由などであまり意味がないからとその時は却下されたが、その後多島丘陵エルグファヴォレジファートの各小国に念のためにと書簡が送られていたのだ。


信じてくれればそれでよし、信じてくれなくとも自分達が無事成し遂げられれば事前に危機を訴えていたという証明になる。

さらに言えばこの村に留まらぬ危機を前に周辺諸国諸都市に情報共有しておく、というのはその後の村の信用にも関わってくる問題でもあるからだ。


「で、これまで疑われずにやり過ごしてきたあの村に、半信半疑ながら地底法レイー・アムヲルジア・ムーの案件とあらば捨て置けぬととりあえず調査に来たノームの一団がやってきてな。例の眼鏡で幻覚を破らせたらいやまあ驚くこと驚く事」

「それはまあ…そうでしょうねえ」


なにせつい先日まで普通に交流のあったはずの村が総て幻だったというのである。

疑おうにもかつての友人たちは全て骨になってまとめて放置され骨となっているのだ。

それを驚かずに嘆かずにいられるはずがない。


「それでまあ…わしの方から事情を説明してな。調査隊の中にわしの当時の論文を読んだことのある学者がおったから話も早かった」

「まあ!」

「それに小国の方でもわしらの村の事がだいぶ噂になっておったようじゃ。吟遊詩人どもがこぞって広めたんじゃろうな。まあわしがその村でオークの嫁となっておる事までは流石に知らんかったようじゃが、ともあれわしらの言い分は信用に値するということととなった。後であの村に占術と再調査で確証を取りに行くはずじゃ。おそらくこの村にも聞き込みに来るじゃろ」

「わかりました。みんなに伝えておきます」

「頼む」


アーリが吟遊詩人たちと交わした約束…今まで行った事のない村や国の話をすれば小遣いがもらえるというあの約定。

あれのお陰で彼らは次々に新しい村や街に自らの歌と語りでクラスク村の事を広めていった。


その際小国が群れ為し国家群となっている多島丘陵エルグファヴォレジファートは格好のの場として活用され、結果村の噂は随分と方々に広まっていたようだ。

お陰でノーム調査隊の得心も早かったというのだからミエとアーリの情報戦略は見事功を奏したと言えるだろう。


「それでその…村のノームさん達のご遺体は…?」

「調査隊とわしらだけでは人手も足りんかったしわしらもなるべく早くこちらに戻らねばならんかったからのう。それにそれぞれの遺体をしっかり検分し記録してから、ということになって、まあそういうわけじゃから未だに墓には入れてやれとらん。そういうわけじゃから現地の調査隊が再編成される頃わしはもう一度あの村にゆかねばならんのじゃが…構わんか」

「それはもう! その…安らかに眠らせてあげてください」

「ああ。すまんの」


シャミルの言葉には力がなく、見た目よりもだいぶ老けたような印象を受けた。

色々と張りつめていたものがなくなって、少し気が抜けているのかもしれない。


…と、そこになにやら粉末の入った瓶やら植物の入った皿などが入った木箱を運んでいたリーパグが声をかけた。

どうやらアーリが仕入れた錬金術の素材を運搬しているようだ。


「ダイブ疲レテルナ。シワガ出ルゾ」

「なんじゃとー!? わしの肌に! 今まで! 一度たりともシワが出た事があったか! お主が! お主だけが一番知っておるじゃろうが!!」


目くじらを立てたシャミルががたんと席を立ち、鼻息荒くかつかつかつとリーパグを追いかけ、足早にリーパグが逃げる。

どちらも駆け出さないのはリーパグが手にした錬金術の材料をひっくり返さないためだろうか。

怒っている者、怒られている者同士だというのに随分と理性的な二人の挙動がおかしくて、ミエは思わず軽く吹き出してしまった。


また先刻までのどこか疲れた表情だったシャミルが一転して妙に生き生きとしており、かつて前族長が村を治めていた頃の関係性を知っているミエは、そうした二人の在り方が微笑ましく思え目を細めた。


「なんだったら今から確かめてみるか! 夜ではなく! 昼日中に! 日のもとでお主の目でこの肌の張りを確かめてみるがよい!」

「ソウイウコトナラ望ムトコロダ!」

「ちょっ! シャミルさんそれはさすがに! ってもう上着脱いでるしー!? 真っ昼間からさすがにそれは……っていうかせめて私が家を出てからにしてくださーい!?」


あわあわと慌てつつ頬を染めるミエ。

顔を覆いながらも指の隙間から思わずそっと覗き見て、二人の様子を見た途端真っ赤になってばたばたと家の外に飛び出した。


「うう…仲が良すぎるのも考え物ですねえ…」


耳先まで赤くしながらシャミルの家の前でうずくまるミエを、村の娘達が不思議そうに見つめていた。



ミエはその足でそのまま外村の方へと向かう。

村は今再建の真っ最中であり、皆がせわしげに働き喧騒と雑踏に包まれていた。


いや再建という言い方は正確ではない。

城塞戦が行われたとはいえ戦いの殆どは城壁際で食い止められており、城内には攻め込まれていない。

また外から撃ち込まれた火矢による火攻めも、密かに同盟を結んでいた他部族のオーク達に危難を知らせるための狼煙を偽装するため最速で消し止めたこともあり、城内に被害はほとんど出ていなかった。


…のだが、そもそも城壁を造るために引き直したシャミルの図面は街の構造自体を大幅に変えるものであり、今の街はまだまだ彼女の図面の通りには至っていない。

戦が控えていたこともあって、とりあえず城壁と居館を最優先に組んだ結果である。


ゆえにいま行われているのは街の再建というよりは中途にあった街の改造計画の再開、といったところだろうか。


街中には怪我人も少なくない。

彼らは戦の際兵士として戦っているが、普段は衛兵以外の仕事に就いていることも多いからだ。


ただ戦の際に北原ヴェクルグ・ブクオヴの集落から友軍として馳せ参じてくれた三姉妹、その長女であり聖職者であるルミュリュエが重病人を優先して治してくれたお陰で、戦場で直に死亡した者以外は皆酷い後遺症などは残らなかった。

ミエは彼女から治療すべき優先順位をきっちり定めてくれたおかげで助かったと感謝された。


一方のミエはミエで、聖職者のもたらす奇跡…呪文を唱えることで傷を直接治す、という神の御業に目を丸くした。

そしてこの分野に関しては彼女たちの世界よりも遥かに優れているのではないか、とも感じたのだ。


「あ、ミエ様!」

「ミエ様ー!」


作業しながらも通りすがるミエに口々に挨拶する村人たち。

そんな彼ら彼女たちに挨拶を返しながら激励して廻るミエ。

そしてミエが去った後、やる気と気力に満ちて作業に戻る村人たち。


彼女のこうした日々のこまめな≪応援≫が、この村の能率を格段に上げていることに、彼女自身は気付いていない。


「旦那様ー!」


そして…愛する夫の元に辿り着いた。

クラスクは屋内商店街として使用され、攻城戦の際収容所として使われていた石造建造物を姿に戻すべく、シャミルの引いた図面を元に指示を出していた。


いや、そもそも人材の問題で本来の用途で用いられたことは一度たりとてなかったその建物を、『元に戻す』という表現は不適切かもしれないが。


「…旦那様?」

「うーん…ムムム……」


ただ…クラスクの様子がいささか妙だ。

所用のあったミエは、けれどクラスクが深く思い悩んでいる様子に首を捻った。


「どうかなすったのですか?」

「ムム…ミエか」

「はい、旦那様!」


懊悩している体のクラスクの前で破顔するミエ。


「なにかお悩みですか?」

「アー…ウム」

「私にお手伝いできることです?」

「アー…そうダナ」


クラスクは腕組みをしながらミエに己の深い悩みを打ち明ける。


「俺村長」

「はい」

「この前周りのオーク族うちの部族に下っタ」

「そうですね」

「俺大オークになっタ」

「大オーク…そう言えばそんなこと言ってましたね」


幾つものオークの部族をまとめ上げた強大なオークのことを大オークと呼ぶ。

言うなればオーク族の王とも呼ぶべき存在である。


オークの歴史の中でも大オークが生まれることはほとんどない。

希少で、そして偉大な存在なのだ。


「族長より村長偉イ! デモ大オークと比べルト…ウ~ン…」

「ああ悩みってそういう…」


どうやらクラスクは己の今後の呼称について真剣に悩んでいたらしい。

ミエは顎に指を当ててしばし考え込んでいたが…


「そういえば旦那様、この村なんですけど…もう村とは呼べないと思います」

「そうなのカ?!」


ミエの言葉に驚愕するクラスク。


「はい。城壁もできちゃいましたしお城もできちゃったので村っていうよりはもう街って呼んでもいいんじゃないでしょうか」

「マチ!」

「はい。ですので…旦那様も村長さんじゃなくて町長…いえ市長ってお呼びした方が良いかと…」

「シチョウ!!」



しゅぽーん。



そう音を立て、クラスクの脳内で己の呼称の座を争っていた村長と大オークが新たなる呼称『市長』に蹴り飛ばされた。

なにせ村長の上の呼称である町長のさらに上に君臨する呼称というではないか。

つまりオークの上である大オークよりもう少し上の呼称! …の、ような気がする。

クラスクはそんな感想を抱いた。


「それにオーク族の呼称を組み合わせても別にいいんじゃないですか?」

「組み合わせル?」

「はい。例えばとか…」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」


組み合わせる。

その発想はなかった。

クラスクは驚嘆しながらもミエが授けてくれた己の新たな呼称を繰り返す。



「大オーク…クラスク市長!!」

「はい!」


満面の笑みで両手を合わせるミエ。







こうして…クラスク村長は、その日から大オーククラスク市長となったのだ。







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