第335話 戦の終わり

戦の終結は早かった。


なにせ東西北の三方向からオーク達の援軍が群れ集結したのである。

地底軍がクラスク村の戦力相手に終盤優勢に立ち回れたのは相手が城から動かない、動けないことと、防衛側の有利をすり潰す数の差があったからだ。

背後から自由に動ける遊軍が来たとなると話はまるで変わってくる。


なにせオーク達は戦いが好きで、殺し合いが好きで、そして戦争が大好きだ。

そんな彼らの、それもこの地方を代表する四部族が集まって参戦するとなれば当然獲物の取り合いが発生する。

彼らは戦うのが好きな上に負けず嫌いなのだ。


敵に負けないというのは当然の前提として、他部族に、そして身内同士ですら負けまい、負けたくないと鎬を削り獲物を奪い合う。

地底軍の後衛…弓兵や兵站管理の守備兵などは、彼らの恰好の餌食として瞬く間にすり潰されてしまった。



これは、ダメだ。



すぐに彼らは察した。

これは勝てない。

敵の総兵力を見誤った。


さらには総司令からの連絡も一切ない。

もしや自分達は見捨てられたのでは?


そう判断すると同時に地底軍のオーク兵の一人が黒い角笛を吹き鳴らした。


城の壁を登りかけていたゴブリンやコボルト、オーク、トロルやオーガ、そして蜥蜴族その他の地底軍の兵士どもはすぐさま地上に飛び降りて、死体が埋まった堀の浅瀬を渡り全速力で撤退する。


城壁の上から矢が浴びせられるが、オーク兵の構えた大盾によって大半が防がれ、たちまち彼らは弓の射程外へと逃げ出した。

が、そこには増援たる他部族のオーク達が手ぐすね引いて待っていた。


たちまち血みどろの乱戦となり、互いの腕や脚、それに首が吹き飛んで行く。

群がるオーク達に次々と首級を上げられながら…地底軍の連中は這う這うの体で逃亡していった。



そして…戦場に静寂が訪れる。



「終わった…?」

「終わった、のか…?」


城壁の上の歩廊にて、槍を持ち剣を構え緊張を保っていた兵士たちが疑心暗鬼となって呟く。

だが…そんな彼らに雄弁に戦の終わりを告げる証拠が示された。



夜明け、である。



地底軍は地底の中でいびつに進化し、闇に適応した凶悪な種族が多い。

地上の同種の種族が持ち得ていない≪暗視≫などの種族特性を有している者がほとんどだ。


だが…彼らは闇の中に適応した代償として、≪光への脆弱性≫という欠点を抱えてしまっている。

簡単にいえば太陽光を過剰に眩しいと感じてしまうのだ。

そのため地底軍は夜でこそ地上の者達を凌ぐ圧倒的強さを発揮するけれど、昼の戦では著しく不利を被る。


ゆえに地底の者どもと事を構えるならば、夜明けまで戦う、というのが勝利条件の一つとして数えられる事が多い。

なぜなら夜明けまで持ちこたえれば少なくとも次の夜までは相手から攻めが止む可能性が高いからである。


「終わった…終わったあああああああああああああああああ!!!」


兵士たちが大声で勝利の凱歌を叫び、そして次々に崩れ落ちてゆく。

緊張が途切れ溜まっていた疲労が一気に噴き出たのと、もう一つ。

戦が終わったことによりミエの≪応援(軍隊・軍勢)≫の


「も、動けん…」

「俺も…」

「オレモ」

「ワシもじゃ」

「なんでさっきまであんなに動けてたんだ俺達…」

「「「わからん……」」」


無理を無理として強引に押し通してきたスキルの恩恵が失われたことで、彼らを奮起させ限界を越えさせていた気力がふっつりと切れてしまい、誰一人立ち上がることができぬ。


「お、お、終わったでふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~!!」


どたーんという音と共に城壁上部の歩廊に大の字に倒れ込むネッカ。

ぱたぱたと見張り塔の階段を降りて来て、彼女の元に走り寄るサフィナ。

その肩には小鳥が数羽止まっていたが、階段を降りる時にどこかへ飛んで行ってしまったようだ。


「ばいばい。


その台詞は小鳥に向けて呟いたのものだろうか。

まるで返事でもするかのように小鳥たちがちぃと鳴き、彼女の頭上を数度旋回した後南の方へと飛び去って行った。


サフィナはそのままネッカの隣までやってきて、すぐ隣にしゃがみこむ。


「おー…おつかれさま…」

「ほ、ほんとに疲れたでふ……」


ぐったりと力なく呟くネッカ。


「結局最後の方はへろへろであまり役に立てなかった気がしまふ…」


ネッカの力ない呟きを聞いたサフィナは、彼女の隣にしゃがみこみ、石床をじっと見つめた後さっと埃を払いその場に正座で座り込むと、ネッカの頭をつかんでおぶおぶと苦労しながら己の膝の上に乗せた。


「な、な、なんでふ?!」

「役に立ってるかどうかを決めるのは…自分じゃないと思う」


サフィナが指差した先には、

石畳に倒れ込み、胸壁にもたれかかりぐったりとしている兵士達。


だがそんな彼らは…ネッカが自分達の方に顔を向けているのに気づくと一斉に大歓声を上げ手を打ち鳴らした。


「すごかったぜアンタ!」

「マジで助かったぜ!」

「ドワーフスゴイナ! 考エ変ワッタ! 尊敬スル!」

「よっ! 大魔導師!」


口々に歓呼の声を上げ、ネッカを称賛する。

幾度も幾度も幾度も幾度も、彼女の呪文にサポートされ、彼女の呪文で敵を追い散らしてもらって、そしてこの城を破壊せんとした敵術師の攻撃を防ぎ続けた。

その献身的で必死な姿を、彼らはしかとその目に焼き付けていたのだ。



そんな彼女を讃えるのは当然と言えるだろう。



「少なくともみんなは、ネッカが凄かったって思ってる。なので、がんばりました。よしよし」


そしてサフィナは、こくこくと頷きながらネッカの頭を優しく撫でた。


「ふぐ…っ」


耐え切れず、堪えていた涙腺が溢れ出す。

暖かい拍手の中、彼女は…



初めて、自分自身を誇りに思えた気が、した。



×        ×        ×



城壁の上から響く歓呼と拍手。

城の外から轟くオーク達の勝利の凱歌。

そして城壁の向こうから差す太陽の光。


戦いの終結を感じ取った村人たちが家々から顔を出し、避難所に収容されていた旅人や商売人などがひょこひょこと外の様子を窺っている。


「ふう………っ!」


そんな中、怪我人の手当が一段落し、居館からよろめきながらも這い出て来たミエは朝日を浴びながら大きく伸びをした。


「なんとかなったみたいですねえ」


北門の向こう聞こえてくるのはワッフの声だ。

そして彼と話しているらしきオーク共の言葉はこの村のオークとは異なる訛りがある。


つまり他部族…おそらく北原ヴェクルグ・ブクオヴのオーク達にワッフが感謝を述べているのだろう。

他の四方からも、城壁越しに聞こえてくるのはオークの豪快な笑い声であって、それぞれ異なる部族のオーク達が集っているのがわかる。


なぜわかるのかと言えばこの村が彼らを呼んだからであり、

誰が呼んだかと言えば、当のミエが呼んだからに他ならぬ。


無論オーク達はごく一部を除いて魔術への造詣が浅く、通信呪文なども使えない。

…が、そんな手段を使わなくとも、もっと原始的で確実な方法で彼らと連絡を取る事ができる。


「…さて、じゃあ片付けちゃいますか」


ミエの視線の先は居館前の広場で、その広場の中央には焚火のような跡がある。

そこで焚かれていたのは家畜の糞と森で取れたヨモギナジルスの葉。

それらを組み合わせて焼くことで…濛々とした白い煙が立ち昇る。



…そう、である。



地底軍から城内に火矢を射かけられた時、ミエは兵士たちに指示し最速で類焼を消し止め、すぐさま四筋の狼煙を上げた。

あたかも敵の火矢によって村に被害が出たかのように見せかけて。


四筋の狼煙の意味は『村の危機』。


夜陰に立ち昇るその煙は人間族には見えないが≪暗視≫を有するオーク族にはよく見える。

そしてクラスク村の危機を知った各部族の長達は急ぎ村のオーク達を引き連れ援護に現れた、というわけだ。



かつてクラスク村と不可侵条約を結んだ各々の部族…

だが実はその条約はつい先日変更されていた。



例の肉肉祭りの日、各部族が集まって大いに盛り上がったあの日。

彼らは競技の勝敗とは別に大量の酒や肉を土産に持たされていた。


昨今は襲撃可能な隊商も減って生活も苦しかろうというクラスクの大盤振る舞いである。


元々生活が困窮しクラスク村の援助を受けていた彼らは大いに恐縮し、そこで条約の変更を申し出た。

この借りを返すため、もしクラスク村が危機に陥った時はすぐに駆け付け戦力を提供する、と。


クラスクは大いに喜び、そこに新たな条約が結ばれた。

そして今回ミエはその新たな条約を活用し、彼らを呼び集めたのだ。



…まあ彼らが困窮している根本的な理由は襲撃すべき隊商が減ったからで、なぜ減っているかと言えばこの村のオーク護衛隊がほとんどの隊商を護衛しているからで、つまりはまあ事の主因はこの村…というかミエ当人なのだけれど、



「あら…?」



ミエは少し怪訝そうな顔をして耳をそばだてた。

村の外の様子が変わった。

なにやら待ちかねた者が現れた…そんな空気を感じる。



「もしかして…!!」



ミエは急ぎ村の西へと駆け出し、城壁の上へと続く階段を息を切らしながら駆け上る。






外から響く大歓声…

そう、総大将クラスクの帰還である。




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