第334話 集結
ミエの≪応援/軍隊・軍勢≫によって村の兵士全てが士気とステータスを高めている。
それがその城壁際の長い長い攻防の礎だった。
だが徐々に、徐々にその戦いは攻め手の、地底軍の優勢に傾きつつあった。
一つは数の差。
攻城戦は一般的に防御側が有利とは言われる。
堀や城壁などの多くの防御機構が数倍の人数差を埋めてくれるからだ。
逆に言えばそれより大きな差で攻め立てられればどうしても不利にならざるを得ない。
三倍の相手ができるからと言って三倍の人数に分身できるわけではないからだ。
また途中まで猛威を振るった魔導術の援護が途切れがちになってきたのも追い込まれている要因であった。
もはや当人の呪文はほぼ底を尽き、巻物にあらかじめ記しておいた呪文を読み上げるのみ。
それも疲労で精神集中が持たず危うく呪文を消散させそうになりかけていた。
手が足りぬ。
戦いの手が足りぬ。
城を守る衛兵たちの、オーク達の想いがそればかりに染まった時…
その人手が、現れた。
「うおっ!?」
「なんだなんだ!?」
「またなんか来たのかよ!?」
居館から魔法の角笛が響き渡る。
かなりの集団か、或いは巨大な何かがこの村目指して進軍している事を知らせる自動反応の角笛だ。
「大変です!」
「今より大変なことがあるかぁー!」
見張り塔からの伝令に衛兵の一人が怒鳴り返す。
「西の方角より…軍勢が!」
「うえええええ!? 敵の増援か!?」
「いえそれが…オークです」
「オーク…? でどっちのだ!」
なにせ敵にも味方にもオークがいるのである。
それが味方なのかそれとも敵なのか、わからぬことには聞いても対処のしようがない。
「旗…旗が見えます! あれは確か…そうだ! 以前祭りの時に来ていた部族の! 味方! 味方です!」
その報告と同時に北から、そして東からも角笛が響く。
「ど、どうなってんだ……!?」
兵士たちがわけもわからず混乱する。
だが混乱しているのは地底軍の連中も同じだった。
いや彼らからすればより大きな衝撃だったろう。
城で守りを固めている相手を遮二無二攻め立てればそのまま押し切れるはずだったのに、まさか城の周囲から向こうの増援が現れるとは。
これでは逆に挟み撃ちされてしまうではないか。
だが一体…一体彼らはどこから来た?
なぜ示し合わせたように現れたのだ?
文化程度の劣る地上のオーク族風情が、一体いつ、どんな手段で連絡を取り合った……?!
× × ×
「ハッハッハ! マサカ鉢合ワセニナルトハ! 『蹂躙』ノ!」
「貴様ノ村ノガ遠イダロウ。相当急イダナ『獰猛』ノ」
地底軍の背後に現れたのは二部族のオークども…その長、
「ナニ、スギクリィ殿ハモウ若クナイユエ遅レルヤモト思ウテナ。二人分働コウト急ギヤッテキタワケヨ。ハハハ」
「ハハハコ奴メハハハ……余計ナ心配ダ」
ギロリと凄まじい目つきで隣にいるスクァイクを睨みつけた『蹂躙』のスギクリィ…はや初老の域に達したオークは、ふんと鼻息を噴きながらこう告げた。
「年寄リノ朝ハ早イ」
背後の
笑っていいものなのかどうか一瞬思案した旬運した『獰猛』のスクァイクもまた、彼らに釣られた笑い出した。
× × ×
「エエイコチラニハ敵ガホトンドオランデハナイカ! ドコダ! 俺ノ得物ハ!」
東…正確には南東方面から現れたオークども…
背中に
「音カラシテ主攻ハドウヤラ西ノ方ラシイナ。スギクリィ殿トスクァイク殿ノ獲物カ…チッ」
耳をそばだて、目を見開きながら露骨に舌打ちする。
「族長、北ノ方モ
「アア。挑発ニ乗セラレタカ村ノオークガ外ニ吊リ出サレタヨウダナ。助ケタラ手柄ニナルダロウガ…」
爛々と瞳を輝かせたヌヴォリは…だがすぐにつまらなそうに眉をひそめた。
「ダメダ。モウ
「ジャアアッシラハ誰ヲ殺セバインデス?」
「仕方ネエ! 手ガ回ッテナソウナ南ト東ノ壁全部ダ! ゴブリン一匹生カシテ返スナ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
× × ×
「やれやれ…ドうやら間に合っタようデすね」
北の荒野からオークの一団が現れた。
比較的視界が開けているはずなのに、忽然と、いっていいほど唐突に城の近くに姿を現した。
無人荒野 《ミンラパンズ・アマンフェドゥソ》の南…オーク達が
その族長代理たるゲヴィクルは、オークにしてはやや細身の、柄に装飾の施された片刃斧を右手に落ち、手首の返しだけでくるくると器用に回す。
「ったく、ミエちゃんの村を襲うたあふてえ野郎どもだぜ!」
「リュット、言葉遣い!」
「ミエ様助けるミエ様助けるミエ様助けるミエ様助ける……」
ゲヴィクルに協力している人間族の三姉妹、長女の聖職者ルミュリュエ、次女の剣士オウォリュット、三女の魔導師グロネサットもまた、かつての冒険者の出で立ち…すなわちフル装備持参で参加しているようだ。
「族長! ゲヴィクル族長!」
「オイオイ、僕はまだ代理ダよ君タち。族・長・代・理。族長ハまダ父のモサイワヴさ。間違えなイようにね」
「ズ、スイマセン!」
ゲヴィクルが村の若きオークをたしなめる。
「デ、なんダイ?」
「アレ見タイ! アレ!」
「俺モ!」
「俺モ!」
「やれやれ…グロネ、頼めるかい?」
「は、はいゲヴィさん!」
三角帽子を深くかぶり直し、杖を片手に呪文の詠唱に入る末妹グロネサット。
同時にその背後で詠唱に入る長女ルミュリュエ。
「
「
グロネサットの杖から放たれた青白い光がゲヴィクルの斧に注がれ、彼女が手にした斧がみるみると大きくなってゆく。
まるで巨人族が振るう斧のようだ。
だがゲヴィクルの手首の動きだけでそれが彼女の頭上で自在に空中でくるくると回り、オーク共が歓声を上げる。
その扱い方から見てどうやら大きさが変わっても当人にとっての重さに変化はないようだ。
一方で聖職者ルミュリュエが唱えた呪文は白い光を直上に放ち、それが彼女の頭上で花火のように弾けて淡く白い雪のような光を降り注がせた。
それを浴びたオーク達の瞳がなにやらやる気と自信に満ちてゆく。
まあ元々オークは大概自信家なのだけれど。
「相も変わらずイイ腕デすね。助かります」
くるくると水車のように斧を回しながら敵陣を見据えるゲヴィクル。
配下のオークともどもすっかり士気が高まり突撃する気満々のようだ。
「あまり戦向きの呪文じゃないからねそれ。長持ちしないの知ってるでしょ」
「わかっテますよ。すぐにケリをつけます」
「おおいグロネ! 私の武器にもかけてって!」
次女オウォリュットが己の長剣を構えながら妹にせがむ。
その背後で長女ルミュリュエが突撃前にもう一つ全体サポートの呪文を唱え始めていた。
「〈
「いんや。〈
「わかった」
素早く詠唱に入るグロネサット。
「デは…ルミュリュエの詠唱完了ト同時に突撃します!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
各々斧を構えた構えたオーク共が…鼻息荒く地面を蹴る。
そして彼らはクラスク村の北壁…城壁の外でワッフ達を取り囲んでいる地底軍の兵どもめがけて突撃を敢行した。
…長女ルミュリュエの神聖魔術の叫びと共に。
「〈
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