第330話 大解放

「な、に…?!」


エルフ達の口から同時に同じ口調の声が漏れる。

嬲るつもりで引き入れた向こうの村の長。

必勝の策で臨んだはずなのに、突然彼の被弾が減ったのだ。


傀儡どもを次々に切り裂いて、こちらの攻撃をその仕留めたエルフで


そうした時、本来なら彼ら彼女らを起爆させて巻き込めばいい。

なにせエルフなど地上に潜み、旧く惰弱な恩恵に縋っているだけの愚劣な種族なのだ。

幾らでも使い潰せばいい。


まあ中には失態を犯したり彼を裏切ったり彼の秘密を知ったりした同族も含まれているけれど、それは大した問題ではない。

彼らの生命力を己の魔力に変換し自在に使い、魔力が枯渇してきたら適当に破裂させ惨めに死んでもらうところまでが彼らの役目であり用途なのだから。



そのはずなのだが…それができぬ。



そのオークはこれまでよりエルフ一人に費やす時間を増やしているようだ。

そしてそうするとなぜか彼らを起爆させることができなくなってしまう。


なぜ起爆できないか…答えは明白、対象の傀儡に魔力が一切ないからだ。


傀儡を炸裂させ兵器として用いれば当然元には戻らない。

基本使い捨てである。


ゆえに彼が破裂させるエルフは基本魔力をほぼ使い切った、役立たずとなったエルフどもになる。

だが魔力は『ほぼ』使い切っただけで完全に枯渇させてはならない。

魔力が枯渇すればそもそも起爆に必要な魔力自体が足りなくなってしまうからだ。


だが…そのオークに攻撃を長く受けると


エルフ族の魔力は主に血に宿るのだ。

彼は儀式によって彼らの精神を封じ、壊し、その血に宿った魔力を自在に引き出すすべを手に入れた。


その魔力がそのオークの攻撃によって完全に消失してしまう。

起爆する火種がなければ彼らを炸裂させることができぬ。


「ぐ…っ!」


少し離れたエルフの一体に、意識を覚醒させる。

クリューカは己が傀儡と化したエルフどもに自由に命令を下すこともできるが、彼らに精神を乗り移らせて自在に操ることもできた。


命令を下すだけではそのエルフにできることしかできないが、彼が宿れば彼自身の呪文を行使することができる。

これを利用して己自身は高みの見物を決め込みながら前線で強大な魔力を振るうことも可能なのだ。


我は唱え念じる 解凍展開クサイクゥブェシフ・ファイクブク・イベグ・フヴ・ルカソ…」


だが詠唱に入るか入らないかの内にクラスクはくわと目を見開き、クリューカの宿ったエルフへと突撃する。

邪魔せんと前に出した傀儡たちを右に左に切り伏せて、瞬く間に目の前へとたどり着いたクラスクは、クリューカの宿ったエルフを問答無用で両断した。


一瞬早く離脱したクリューカは事なきを得るが、唱えていた呪文は霧散した。


原子分解イラクハーヴォコフ〉…対象を原子の塵へと変えてしまう凶悪な魔導呪文。

まともに喰らえばクラスクとて無事では済むまい。

ただ強力な効果の反面射程は短く、ある程度相手の近くで唱えなければならぬ欠点があり、そこを突かれて詠唱中に呪文を散らされてしまったのだ。


そのオークは異様にタフで、絶対安全な距離からの攻撃魔術は全てかわされるか受けられる。

絶対回避不能な呪文も存在するが、その手の呪文は威力にやや難があり、叩きつけても耐えられてしまう。

かといって確実に仕留められるクラスの呪文では唱え切る前に潰される。


ただの野蛮なオーク族。

己の野望を一度とはいえ邪魔した相手を無様に叩きのめし留飲を下げてやろうと招き寄せたのに、これでは時間ばかりが無駄に浪費されるばかりだ。


クリューカはぎりと歯ぎしりをした。


「ン……ンン~~?」


…が、そこで突如異変が起きる。

クラスクが手にした斧が突然血を吸わなくなってしまったのだ。


クラスクは相手にばれぬよう走りながら慌てて己の斧を凝視した。

よくよく見ると先程までと比べ随分と様相が変わっているではないか。


先刻…この斧が血を啜ると気づいたとき、彼が斧を掴んでいる柄の部分あたりがまるで血染めのように赤黒く変色していた。

だが今やその変色が柄から斧刃まで進んでおり、斧全体が血のように赤く染まっているのである。


そしてクラスクは見た。

クラスクは聞いた。


背を丸めた悪魔のようにも見える己の斧が、あたかも腹がくちくなったのを訴えるかのようにげっぷを放つのを、確かに目撃した。


「お前…満腹カ!?」


斧は答えない。

斧は応えない。


ただ手にしたクラスクにはその斧が満足そうにニヤリと笑っているように感じられた。


もしやして一度血を啜り切ったらもう終わりなのだろうか。

ずっとこのままなのだろうか。

それは少し…いやだいぶ困る。


「お前血吸エ! そうシナイト俺困ル!」


武器に話しかけるなど村の者が見たら正気を疑うやもしれぬ。

だがクラスクはその斧がまるで嫌そうに顔を背けたような気がした。

いや実際斧がそのような動きをしているはずはないのだが。


エルフ達の攻撃を避けながら丘を縦横無尽に駆けつつ、クラスクはその斧の態度(?)に業を煮やしぎろりと睨みつける。


「顔逸らシタッテ事ハ血を吐きダす方法ガあルンダナ! 教エロ! さもナイトお前ノ斧柄を今すぐへし折ル!」


両手で己の斧の端と端を掴み、膝をちらつかせながら恫喝する。

無論魔法の斧なので通常よりは遥かに頑丈になっており、喩え木製部分だろうとそうそう簡単に折れないはずなのだが、クラスクの声には己の意思を完遂させる有無を言わせぬ迫力があった。

最近とんとつかっていな≪威圧≫スキルが斧相手に全開で使用されている。


クラスクの斧はなにやら驚き慌てふためいた…ように見えなくもない。

こんなところで破壊されてはたまらんと思ったのかもしれない。


クラスクの脳裏に…何か聞いたこともない『言葉』が浮かんだ。


「それを言えバイイノカ? アー…『ヴェオラクィポクライカ』…?」


それは魔導の呪文。

『大いなる解放』を意味するその魔斧まふ合言葉ギネムウィル

大解放ヴェオラクィポクライカ』。


呟いた瞬間…は起こった。


斧の柄から、斧腹から、斧背から、斧頭から、刃先から刃末から、どろりとした赤黒い液体が溢れ出る。


血だ。

『彼』が、その斧がこれまで啜って来た血が、血液が、血潮がみるみると零れ溢れ出す。


だが『それ』は地面には落ちなかった。

傷口から垂れた出血がそうであるように、地べたへと滴り落ちはしなかった。

それどころかその溢れた血潮はゆっくりと螺旋を描き、渦を巻きながら上へ上へと昇ってゆき、そこで不気味にうねりながら何かを形作ってゆく。


「これハ…!」


クラスクは驚いた。

頭上に浮かんでいるのは彼が普段からよく見慣れている…というか今も目の前にあるものだった。


…斧である。

血潮で組み上げられた赤黒く巨大な斧がそこにあった。


形はクラスクが手にしている斧にそっくりである。

ただし大きい。

とても大きい。

それは斧の柄から斧頭まで20フース…約6mはあろうかという巨大な斧だった。


ぶおん、とその斧が軽く動き、クラスクを再び驚かせる。


その巨大さからは考えられないほど軽々とそれは動いた。

そしてその動きは…沿


簡単に言えば、クラスクが手にした斧の背をずっと上に伸ばした先、その延長線上に鮮血の大斧が浮いていた。

そしてその巨大な血染めの…いや紅蓮の血潮そのものの斧は、クラスクが手にした斧の動きを、その先でそっくりそのままトレースしていたのだ。


「成程ナ…つまり…こうカ!」


ぶうん、と斧を横薙ぎに振るう。

その己が振るった斧の先で、赤黒い巨斧がまったく同じ動きでその遥か向こうまで薙ぎ払った。


いや正確にはまったく同じではない。

クラスクの斧の軌道をトレースしながら、その途中で鮮血の魔斧はみるみるとゆく。


斧の形状を失い、血潮となって跳ね飛び迸りながら、それでも切れ味を失わず、その射程を伸ばしてゆく。



飛び散る腕、脚、首、胴…

クラスクが腕を振り切ったその時…彼の斧の軌跡の延長線上には、まるで紅蓮の薔薇の園のような血の斬禍が広がっていた。



「ウオー…?」


己が引き起こした結果の凄まじさに目を見開き口をあんぐりとあけて驚嘆するクラスク。

まさかにこれほどの惨状を生み出すとは思ってもみなかったのだ。



それが…彼の斧の『いわく』。



クラスクの父が、祖父が、そしてその先祖たちが代々その斧に染みつかせてきた戦乱と狂乱の体現。

幾多の血をその斧に浴びるように吸わせてきた禍々しき来歴の顕現。






血餓けつが』と呼ばれる…呪われたいわくである。








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